隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第20話 心眼の剣姫が、初めて"心"を見失った日

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──どうして、こうなったんだろう。

俺──神田ゆういちは、今、剣道着に身を包み、木の床が軋む道場に立っていた。
目の前には、真剣な眼差しの安城恵梨香。
推しとの、ガチの剣道対決。まさかこんな展開が待っているとは。

時はさかのぼり、放課後。
「聖~、そろそろ帰るぞ~」

「ごめん、ゆういち。補習に引っかかっちゃって……先に帰ってて」

上目遣いでそう言う聖に、思わず笑ってしまった。あの小動物みたいな表情、ズルい。
「じゃ、がんばれよ」
手を振って別れ、校門に向かった……が、ふと足が止まる。

(ちょっとだけ、覗いてみるか)

吸い寄せられるように剣道場へ向かう。
扉をそっと開けると──

一人、静かに正座している安城の姿があった。

誰もいない静寂の中、差し込む西日の光に照らされた彼女は、まるで風景の一部のようで──思わず息を飲んだ。

「……だれ?」

ビクリとした瞬間、安城がこちらを見た。どうやら気配に気づかれたらしい。

「すまん、邪魔するつもりはなかった」

「いいわ。今は誰もいないし、入ってきなさい」

道場に上がると、彼女は鋭い眼差しで問いかけてきた。

「で、用件は?」

──推しの剣道姿を拝みたかったなんて、言えるわけがない。

「なんとなく、だよ」

「ふふ、てっきり入部希望かと思ったのに。……少しやってみる?」

「マジかよ、やり方なんてわかんねぇぞ」

「いいのよ、自由で。それに──ハンデとして、私は片手でしてあげる」

舐められた。

なのに、なぜだろう。推しに対して、燃え上がる闘争心が湧いてきた。

俺は剣道着を手渡され、着替え、構えた。

「始めるわよ。礼──」

竹刀と竹刀がぶつかる。カン、カンと乾いた音。
最初は軽く交わすだけの打ち合いだったはずが、次第に熱を帯びていく。

「あなた、本当に初めて? 格闘技でもしてたの?」

「いや、何も。でも──(姫花がいじめられたあの時からいつでも守れるように、体は鍛えてる)

バシッ、バシッ──音が鋭くなる。
身体が動くほど、俺の中で何かが目覚めていく。

「……これが初めて? 嘘でしょ……」

安城の目が鋭くなる。まるで、心を読んでいるかのようだ。

いや、実際読んでいるんだろう。
“心眼の剣姫”──その異名は伊達じゃない。

右面、左胴、右小手。次々と繰り出される竹刀。
けれど俺も、集中が増していく。
意識が研ぎ澄まされ、世界がゆっくりと動き出す。

(……あの時の感覚に似てる)

気づけば、ギャラリーが増えていた。剣道部員たち、その噂を聞きつけた聖、そして妹の姫花も来ていた。

誰もが口を開けて驚いていた。
俺が、“推し”を追い詰めている──!

「こういうタイプは稀にいるのよ。生まれ持って才能に恵まれた人間が」

「でも私は負けない…今まで積み上げてきたものは決して裏切らない」

安城は両手で竹刀を握る。
それは──本気になった証。

竹刀と竹刀が、激しくぶつかる。
だが俺の剣術は型破りだった。重く、鋭く、そして本能的。そしてあまりの集中に余計な雑念が消えていく。

「嘘でしょ…!?こんなの初めてよ……」

安城が、目を見開いた。

(人の心が聞こえない……?)

そう、安城にとっては異常事態だった。
試合中、相手の心の声が聞こえる。それが彼女の“常識”だった。

──俺の心は感覚が研ぎ澄まさ無心だった。

(心が……読めない?)

「私は負けられない…」

その言葉とともに、怒涛の連撃。だが──

「……あの時と同じだ……」

ぽつりと呟いたのは、観客席の端にいた妹・姫花だった。

剣道場に漂う張り詰めた空気の中、ふっと何かが“変わった”。

静寂の中心にいる、神田ゆういちの瞳孔が、わずかに開く。
その目は獣のようであり、無垢のようでもあった。

「感情」ではなく、「意志」でもない。

ただ、“本能”だけで動くかのような、その目。

──その瞬間だった。

ゆういちの左目の瞳孔が、わずかに開く。

周囲の空気がピンと張り詰める。
まるで時間そのものが、一拍だけ遅れたような錯覚。

床の軋む音、観客の息遣い、安城の汗が落ちる音――
それらすべてが、異質な静寂の中に封じ込められていく。

そして、彼女の心の奥から――ふと、言葉が漏れた。

「……最後に、フェイントを──」

声にしたつもりのない“心の声”。

それを――

ゆういちは、確かに“聞いた”。

(今どうして私…声を…)

竹刀が、その“嘘”に合わせるように、加速した。

「終わりだ──」

鋭く、深く、竹刀が打ち込まれる。

視線の先、安城の髪が揺れ、オッドアイが一瞬、光を反射した。

「…嘘でしょ!?」

──負けた。

そう彼女は思った、その瞬間。

(私より、強い人……)

かつて聖に聞かれた言葉が、胸をよぎる。

「安城さんって、どんな人が好きなんですか?」

「……私より、色んな意味で“強い人”かしら?」

その時──

「そこまで!」
顧問の声が飛び、試合が中断された。

ゆういちはぼんやりと辺りを見回す。

「……あれ? なんでこんなに人が集まってんだ?」

汗を拭きながら、平然と呟く彼はいつもの“ゆういち”に戻っていた。

安城は無言で面を外し、背を向けたまま静かに歩き出す。

(……何なのよ、あれは)

──“心が読めない”というのが、こんなにも……不安で、そして愛しいなんて。

安城は無言で礼をして、道場を離れる。マスクを外すと、顔がわずかに紅潮していた。

「引き分け……だな」
汗を拭きながら、俺は笑う。

「最後、なんで手加減したんだ? 自分の手の内を晒すような──」

「……見直したわ」

握手の手が、夕陽の中で重なる。
その影が、道場の床に、静かに揺れていた。

「引き分けじゃないわよ。私の負けよ。……色んな意味で」
安城はゆっくりと手を離すと、わずかに視線をそらしながら言った。

「……変な意味じゃないわよ。負けたって言ったのは、あくまで“今日”だけだから」

「そりゃ……もちろん」

俺は苦笑しながら返す。

でもなぜか、その横顔が少しだけ震えているように見えた。

(……あれ? 推しって、あんな表情するんだな)

そんなことを考えていたら、ふいに安城が俺の顔を見つめ直した。

「でも……少し、楽しかった」

そう呟いた声は、剣のような鋭さも、氷のような冷たさもなかった。

ただ──少女の、それだった。

安城はふっと目を伏せ、ネクタイの端を指でいじる。

「……明日も同じ時間に道場、空いてるわよ」

「……ん?」

「べ、別に! 続きがしたいとか、そういう意味じゃ──」

「うん、わかった。また行くよ」

その返事を聞いた瞬間、彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

──夕日の中で揺れる金と蒼の瞳が、どこか少しだけ柔らかく見えた。
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