隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第22話 推しが我が家に来た日、俺は理性を失った

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「え? 姫花、急にどうした?」

スーパーの駐車場でぴたりと足を止めた妹が、くるりと振り返り――安城の方をまっすぐに見つめる。

「私、もっと安城さんと仲良くなりたいの。……ダメかな?」

その声は真剣で、それでいてどこか甘えてくるような響きを帯びていた。

――えっ、上目遣い炸裂……!?

子猫のように潤んだ瞳で見上げる妹の一言に、俺は思わず息をのむ。そしてその熱量を帯びた視線は、次の瞬間、こっちへ向けられた。

「ね、お兄ちゃんも……安城さんに来てほしいよね?」

「え? あ、ああ……」

動揺のあまり、俺は思わず視線を逸らす。
いや、待て。なんで俺が照れてんだ!? 誘ったのは姫花だろ!?

……だけど。

目の前には、期待に満ちた妹の笑顔。
隣には、静かに俺の反応をうかがう金髪オッドアイの剣姫。
その空気圧、まさに“無言の圧迫面接”。

「ま、まあ……でも安城も忙しいだろうし。無理は言えねぇよ」

理性的なフリをして言葉を繕ったものの、心の中はすでに大洪水だった。

(来てほしい来てほしい来てほしい来てほしい来てほしい)

俺の脳内は、“欲望の大合唱団”がフルボリュームで大合唱中。
……当然ながら、その声は彼女には筒抜けである。

「……アンタ、言動と心が一致してないわね」

ジト目と共に放たれたその一言は、鋭利な竹刀よりも鋭く、俺の心臓をぶっ刺してくる。

しばしの沈黙のあと、安城がふっと視線を逸らしながら言った。

「せっかくのお誘いだし、お邪魔するわ」

その瞬間、姫花がぱぁっと顔を輝かせた。

「やったーっ!じゃあ、今日の晩ごはんはカレーね!あ、材料買わなきゃ!」

テンション爆上がりの妹の声が、駐車場にこだまする。

「……ああ、任せたよ、姫花」

俺がそう言うと、姫花は嬉しそうに安城の袖を引っ張る。

「うんっ! じゃあ安城さん、一緒に行こっ!」

「ふふ、うん」

自然と微笑む安城。
二人は仲良く、スーパーの自動ドアの中へと吸い込まれていった。

──その時だった。

「……すまん!姫花!」

俺は急に立ち止まり、ポケットから財布を取り出しながら振り返る。

「ちょっと……どうしても欲しいものがある!先に二人で買い物しててくれ!」

「え? お兄ちゃん、どこ行くの?」

姫花が不思議そうな顔で問いかけてくる。
だが、俺はそれに答えず、ただ叫ぶ。

「あとで合流するって!すぐ戻るから!」

そして、踵を返して全速力で駆け出す。

俺の行き先は、もう決まっていた。
あの店へ。さっきの、白いワンピースの元へ――

(……あれを買わないと、きっと後悔する)

試着室のカーテン越しに見た、あの眩しすぎる姿。あれを“記憶”じゃなく、“現実”にしたくて。

──そして、数十分後。

「すまねぇ! 姫花、遅くなった!」

息を切らしながらスーパーに戻った俺の手には、しっかりと“あの白ワンピ”の袋が握られていた

スーパーの前に戻ってくるなり、俺は両手を挙げてダッシュで駆け寄った。

「おっそーい! お兄ちゃん何してたの?」

妹・姫花の声が、若干の怒気を含みながら飛んできた。

「いや、それがさ……自分の服、ちょっと買っててさ。ほら、見てくれ! この“タイムマシンTシャツ”!」

ドヤ顔で紙袋から取り出したTシャツを掲げる俺。が、次の瞬間──

「……自分の服買ってたの? この状況で? しかも、めっちゃダサいし」

……言葉が鋭利すぎる。妹のキレッキレのツッコミが、俺の自尊心を粉砕した。

「あ、いや、違う! これは偶然通りかかって……というか、むしろ運命的な出会いというか……!」

必死の弁明も虚しく、姫花はもう一つの袋に視線を落とし──何かを悟ったように微笑む。

「あっ、なるほど……。じゃあ、帰ろっか」

あえて深く追及しないその大人な対応に、妹の成長を感じた。いや、むしろ俺の羞恥が勝ってた。

そして、3人──俺と安城と姫花──は、連れ立って我が家へと向かった。

「お、お邪魔しま~す……」

玄関で控えめに告げたのは、金髪オッドアイの剣姫・安城恵梨香。それだけで、この家において最大級の“奇跡”が発生していた。

(ま、待て……。推しが、俺の家に……!? これ現実!? 脳がバグってんのか!?)

心拍数は富士山超え。限界突破。

「俺の部屋……掃除してねぇ!!」
「スリッパ……買っとけばよかったぁあああ!!」

絶望に打ち震える俺の横で、姫花はマイペースに靴を脱ぎ、安城の手を引いてリビングへ。

「安城さん、遠慮しないでね~♪」

──この日、推しが家に来たことを、俺は一生忘れない。

「ねぇ安城さん、この前言ってた料理……教えてほしいの!」

キッチンでエプロンを結びながら、姫花が笑顔で振り返る。安城は少しだけ驚いたように瞬きをして、ふっと表情をやわらげる。

「ええ、いいわよ。今日は……カレーでしょ? 隠し味にインスタントコーヒーを少しだけ入れると、コクが出るの」

ちょっぴり得意げに話す安城が、ただただ尊い。

「えっ、コーヒー!? 意外~! すごい、安城さん料理できるんだ~!」

「……ま、剣道部の合宿で、嫌でも覚えたのよ」

二人のやり取りはまるで姉妹のようで、ほんわかとした空気が家を包んでいた。

(……待て、待て待て待て)

俺はリビングの入口から静かにその光景を見守りながら、思わず心の中でガッツポーズを決めていた。

(推しと妹が、キッチンで並んで料理してる……。これが“家族”ってやつか……)

もし、もしも安城が俺の嫁だったら──
こんな風景が、毎日、俺の目の前に広がるのかもしれない。

(やばい……未来の俺、幸せすぎる。これはもう、神に感謝しても足りんやつ……!)

当然、そんな熱い心の声も、安城にはダダ漏れだった。

「……なにニヤニヤしてるのよ、変態」

「は、は!? 変態じゃねぇし!!」

頬を赤らめながら小声で突っ込む安城。俺はというと、しっかり変態認定されたわけで──

ふわりと、スパイスの香りが部屋中に広がる。

「……できた」

木べらを置いて、安城がそっとつぶやいた。

たったカレーが完成しただけ。
それなのに、なんだろう……この“あたたかい空気”。

(……やべぇ、推しが作ってくれた料理。泣きそう)

そう思いながら、スプーンを口に運んだ。

「うっ……うまっ!!」

口の中に広がるスパイスの香りと、深みのあるコク。まるでレトルトとは次元が違う、これは……プロの味。

「美味すぎんだろ……マジでお店の味だぞ、これ!」

「……当然よ」

照れたように顔をそらして、小さくつぶやく安城。その表情が、やけに可愛く見えてしまった。

「……あなた、やっぱり剣道の才能あるわ。昔、何かやってたの?」

不意に、安城が俺にそう尋ねた。
俺は少しだけ間を置いて、答える。

「いや、特には。でも……ウチの親父が格闘家でさ。子どもの頃から“男は強くなれ”って、よく叩き込まれてたんだよな」

その言葉に、安城はなにか思うところがあるように静かにうなずいた。

「へぇ……」

「お兄ちゃん、めちゃくちゃ練習してたもんね~」

姫花がスプーンをくるくる回しながら、くすっと笑う。

「……もしかして、姫花を守るためだった? なーんて♪」

冗談交じりのその言葉に、俺は一瞬スプーンを止め──

「当たり前だろ」

軽く、笑顔で確かに、そう答えた。
姫花は「あっ……」と小さく声を漏らして、顔を真っ赤にしてうつむいた。

(あの時から、俺は姫花を守ると決めたんだ)

――その本音の“声”が、すぐ隣の席の安城にだけ、確かに届いた。

しばらくして、空になった皿を見つめながら、安城が口を開いた。

「……そろそろ帰ろうかしら」
「……ちょっと待って」

食器を片付けようと立ち上がった俺――神田ゆういちは、ポケットから小さな包みを取り出す。

「これ……安城に。プレゼント」

「えっ?」

安城恵梨香が目を見開く。
あのクールで頭脳明晰な彼女が、“キョトン”とするのを俺は初めて見た。

(もしかして……意外すぎた?)

俺は心の中でガッツポーズを決めた。
心が読める“超人”みたいな彼女に、俺みたいな凡人がサプライズを成功させたのかもしれない。

「……開けてみ?」

「え、う、うん……」

安城はおそるおそる包装をほどく。
ふわりと広がったのは――白い布。

「……っ!」

それは、昼間に安城が試着していた、白いワンピースだった。

「……ど、どうしてこれが……?」

「……すげぇ似合ってたから。……買っといた」

俺は、照れながらもまっすぐに答えた。
その瞬間、安城の目がぱちぱちと揺れて――

「……バカ。本当に、バカなんだから」

顔を真っ赤に染めて、ぎゅっと袋を抱きしめる。

でもその呟きは、どこかうれしそうで。
俺の胸の奥も、じんわりと温かくなった。



そんな幸せな空気を引き裂いたのは――

バシャアァァァアアアアアアアアアア!!!

「うわっ!? なにこれ……!」

外から聞こえてきた、バケツをひっくり返したような轟音。カーテンを開けた俺の目に飛び込んできたのは、視界ゼロのゲリラ豪雨だった。

「……傘、持ってきてないわ」

静かにそう言う安城。あの冷静沈着な彼女ですら、“想定外”の顔をしている。

「これは……マジで帰れないやつだな。あと普通に危ない」

「タクシーも、こんな天気じゃ来ないかもしれないわね……」

沈黙が落ちる。
そしてその静けさを爆破したのは――

「じゃあ、安城さん泊まっていけばいいよっ♪」

妹・神田姫花、爆誕。

「…………え?」

時が完全に止まった。俺と安城が同時にフリーズ。

「お兄ちゃんもそれでいいよね? 女の子をこんな雨の中帰らせるわけにいかないし」

姫花は無邪気な笑顔で、爆弾をもうひとつ投げてくる。

(ま、マジか!? 推しが、我が家に!?)

「……たしかに、この雨じゃ帰れそうにないわね。じゃあ……ご迷惑でなければ、泊めてもらってもいいかしら?」

心の中で俺は思いっきりガッツポーズ。

(よっしゃああああああ!!)

けど当然、そんなテンションを外に出せるわけもなく――

「い、いいよ! えっと、布団は俺の部屋にあるし、姫花の部屋もあるし! な、なにか必要なものあれば言って!」

安城は少しだけ目を丸くして、それからふっと笑った。

「……ありがとう、神田くん」

その声は、まるで雨音に溶けるように、優しかった。

そして――

俺はこの日、人生で初めて“雨”に本気で感謝した。
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