隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第107話 推しの匂いと、夢の中の彼女

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勉強会が無事に終わり、みんなと別れた俺は、自分の部屋へと戻った。

ドアを閉めた瞬間、ふっと肩の力が抜ける。
そして――俺は部屋をぐるりと見渡した。

「……ここに、さっきまで推しがいたんだよな……」

(てか、今日のツンツンしてる安城も可愛いかったなぁ………)

ベッド。机。椅子。
どれも見慣れたはずの景色なのに、推しがそこにいたってだけで、今日は違って見える。

鼻先をくすぐるのは、微かに残った石鹸のような、甘くて清潔な推しのあの匂い。
いけないとわかっているのに、俺はその匂いを嗅いでしまう。

(……あかん。まだ、推しの匂いが残ってる……)

その瞬間――
変態である俺の脳内に、革命的な思考が雷のように走った。

(……はっ!? ちょっと待てよ……?)

(この“推しの匂い”が残る空間で――
 俺の秘蔵の金髪ギャル本を読む……?)

脳内で、点と点が次々と繋がっていく。
まるで、黒一色だったオセロの盤面が――
一手で、一斉に白へと反転していくような感覚だった。

(今までは写真で妄想するしかなかった……)

(どんな写真、動画でも、匂いまでは再現する事はできない……だが今の俺は違う!!)

(そこに匂いがある。その空間で秘蔵のアレを見る)

(そう……エロの高み……いや、そのさらに先へ足を踏み入れる切符を、俺は今、手にしているッ!!)

俺は――
エロの高みへ向かう直通列車の切符を、今この手に握っていた。
あとは改札を抜けるだけ。
そう思うと、胸の奥が妙にざわつく。

気づけば俺は、浮き足立ったまま机へ向かっていた。
スキップなんて柄じゃない動きをしながら。

そして――
引き出しに手を伸ばした、その瞬間。
俺は、ハッと我に返る。

(いや……待てよ?この推しの匂いがある中でピンクの小悪魔系のアレを見るのもいいんじゃないか?)

(推しという崇高なる対象の匂いの中で別の人間で堪能する。この背徳感と幸福感の二律背反に苦しみながら、性を謳歌する………これは、新感覚か?)

俺は改札を抜け、別の直通列車へと乗り換えることにした。
そして俺は、どこかの車掌さんみたいな――
聞き慣れた、あの声で呟いた。

「次は~~ピンクの小悪魔、ピンクの小悪魔駅♪」

「この電車は当駅止まりです。お降りの際は……なんてな?」

そして俺はウキウキしながらごくり、と唾を飲み込みながら引き出しを開ける。

――その瞬間。

そこにあったのは、
確かに金髪ギャルもの。

だが――

「……あれ?なんでだ?」

もう一冊。
ピンクの小悪魔もののアレがない。

「……え?
 みんなが来る前まで、確実にここにあったはずだぞ?」

さっきまでの陽気さとは打って変わり、
身体中が急激に冷めていくのがわかる。
天にも昇っていた俺のゲスな欲望は、
一瞬で、まったく別の感情へと姿を変えた。

――恐怖。マジでなんでないんだ?

そんな俺の――
ドアのない部屋の入口から、ひょいっと声がした。

「やあやあ、神田君。どうしたんだい?
その顔……まるで――」

わざとらしく間を置いてから、まるで俺の疑問の答えを知っているかのように彼女はにやりと笑う。

「――さっきまであった エッチな本が、突然なくなったみたいな顔だね?」

「いや、あなた名探偵か何かですか?」

俺は反射的にツッコミを入れつつ、ゆっくり振り返った。

そこに立っていたのは、
銀髪をさらりと揺らした――安城星梨奈。
その余裕たっぷりの笑顔に、俺は一歩だけ後ずさる。

「……てか、いつから、そこにいたんだ?」

「ん?君が急に車掌さんのモノマネをしたぐらいかな?」

「ちくしょう!!プライバシーの侵害だ!!後で絶対ドア立てつけてやる!!」

最悪だ。全部見られてた。てか声かけろよ。
そんな俺の羞恥心を、あっさりぶち壊すように――
下の階から、よく通る声が響いた。

「お兄ちゃーん! お姉ちゃん!!ごはんだよー!!」

……我が天使の姫花である。

そのあまりに可愛いらしい呼び声に、
さっきまでの背徳と恐怖が一瞬で日常に引き戻される。

「ほら、ほら!!呼ばれてるみたいだね?はやくいこうよ!!」

星梨奈は楽しそうに肩をすくめ、
俺たちはそのまま下の階――リビングへ向かった。

食卓には、
俺、姫花、そして――星梨奈。

……並んで座っている。

「……」

この光景。
どう考えてもおかしい。

違和感が限界を超えた俺は、箸を持つ手を止め、
真剣な顔で口を開いた。

「……なぁ姫花?」

声のトーンは、完全に取り調べモード。

「……元にいた場所に、ちゃんと返してきなさい」

俺は、捨て犬を拾ってきた子どもを諭すみたいな口調で、姫花に言い聞かせた。

そして姫花は、箸をそっと茶碗の上に置き、静かに呟いた。

「……わかった」

どうやら、わかってくれたようだった。
妹はとても辛そうな顔をしていたが、それでも納得してくれた。
物分かりのいい妹で、本当に助かる。

「じゃあ………お兄ちゃん行こっか?」

「いや、俺じゃねぇよ!!そこの銀髪の女の子だよ!!てかさらっと俺を捨てるなよ!?」

俺は長年の付き合いだからか、妹に折れる気配がないことを察していた。
そんな俺の考えを見抜いたのか、姫花はさらに言葉を続けた。

「だってお姉ちゃん、学校に住んでるんだよ!?危ないじゃん!ご飯だってシュークリームばっか買ってたし!心配だよ!!」

まるで親子みたいな発言に俺は驚く。

「ちょうどお父さんの書斎、空いてるし!
ね?いいでしょう?にぃに~~??」

姫花が祈るようなポーズで懇願してくる姿を前に、シスコンの俺はぐうの音も出ず、渋々オーケーすることにした。

「わかったよ……てか二人はいつから知り合いだったんだよ?」

「前さ、にぃにと喧嘩みたいになった時、あったじゃん?
そのとき公園で、お姉ちゃんに相談に乗ってもらったんだ!!
すごく優しくてさ、私、大好きになっちゃった!」

……優しく、相談?
この銀髪の天才発明家が?ご冗談を。

俺の時なんて、ゴミを見るみたいな目で"くだらないね"と見下してきたくせに……。

共通点があるとすれば、公園くらいだが――
本当に、同一人物なのか?

俺は本当にそうなのか確かめるように、彼女の表情を窺いながら、ゆっくりと星梨奈へ視線を向けた。

すると彼女は、にっこり微笑んで一言。

「これからよろしくね、神田君。
お風呂とか……覗いちゃだめだよ?」

――他人の記憶を、平然と覗く彼女は、そんなことを平気な顔で言った。

……俺の平穏な日常は、
どうやら今日で、完全に終了したらしい。

晩飯を終えた俺は、自分の部屋に戻り、ベッドに仰向けになる。
天井を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「……本当に、これからあいつと一緒に住むんだな……」

実感が全然湧かない。
いや、湧きたくもない。正直少し怖い。

――その瞬間。

「ねぇねぇ!ちょっといいかな?」

ドアの方角から、あまりにも陽気で軽い声が飛んできた。

「っ!?」

俺は反射的にベッドから飛び起きる
安城星梨奈は、ドアのない俺の部屋の入り口に背中を預けながら、こちらを見て言った。

「――この前渡した“アレ”、使ってくれた?」

「……アレ?
 このピンクのカチューシャと、如月製薬の“薬”のこと?」

俺は枕元に置いてあった二つを指差す。

ひとつは――
ピンクの花柄のカチューシャ。
これは以前、安城星梨奈から渡された謎アイテムで、これをつけながら寝ると、夢の中で自由に動き回れるとかいう、普通に胡散臭い代物。

そしてもうひとつ――
ピンク色の如月製薬の錠剤。

寝る前に飲むと――
**「三十分間、見たい夢を想像するだけで、その夢が見られる」**らしい。

ただし条件がある。
見られるのは、“過去に実際に経験したことのある夢だけ”。

都合のいい妄想や、完全な空想は不可。
あくまで――記憶の奥に残っている“夢”だけが、再生される。
という、これまた普通に胡散臭い代物。

……全部胡散臭せぇじゃねぇか。

「そうそう!それそれ!」

星梨奈は楽しそうに身を起こす。

「ねえ、早く使ってみようよ!
さて――君は、どんな夢を見るんだい?」

彼女はまるで研究成果を前にした研究者のように、目を輝かせて俺を見つめていた。

その視線に押されるように、俺は「また今度にしよう」なんて言い出せず、曖昧に答える。

「ん~……どれにしよう。選べないな」

もちろん、推しに関する思い出にすることは決まっている。
問題は――どの“瞬間”にするかだ。

そんな優柔不断な俺を見かねたのか、彼女は少し考える素振りを見せてから言った。

「じゃあさ。
君が彼女を――安城恵梨香を“推し”だと自覚した日にしたら?」

胸の奥が、きゅっと鳴った。

俺の情けない過去を、否定せず肯定してくれた、あの瞬間。
そして――あの時すでに、俺たちは過去に出会っていたという事実。

ふと、疑問が浮かぶ。

「もしさ……夢の中で自由に動けるようになったとして、
過去に“話してなかったこと”を話したら、どうなるんだ?」

その問いに、安城星梨奈はあっさりと、楽しそうに答えた。

「君の推測に置き換わって、会話が進むだけさ。
これは夢だよ。“タイムマシン”みたいに過去そのものに戻るわけじゃない」

彼女は指をくるりと回しながら続ける。

「君の脳が、これまでの彼女の思考や言動を材料にして、
それっぽく補完してくれる。――つまり、君が思う“彼女”と話すんだ」

……それでいい。

俺には、どうしても伝えたい言葉があった。
もう現実では、届かない言葉が。

あの時、あの瞬間だからこそ伝えたい言葉を。

たとえ夢でも構わない。
中学時代、愛理に好かれるために必死だった俺を、
陰で支えて、推してくれていた君に。

「あぁ……夢の内容は、もう決まったぜ」

そう言って、俺は如月製薬のピンクの薬を飲み、
そしてカチューシャを頭に装着した。

三十分間。
あの時の情景を、言葉を、空気を、何度も何度も思い出す。

やがて――
抗えない睡魔が訪れ、意識はゆっくりと深く沈んでいった。

その直前。
かすかに、安城星梨奈の声が聞こえた。

「いってらっしゃい、神田ゆういち。
――良い夢を」

その声を最後に、俺は夢の底へと落ちていった。
そして、気づけば――
そこは教室だった。

開け放たれた窓から、春の風に乗って桜の花びらが舞い込み、
淡い光が机や床をやさしく染めている。

――ああ、間違いない。

これは、あの時の景色だ。
そして、その桜の向こう。
隣の席の金色の髪を揺らしたオッドアイのギャル。

あの頃のままの姿で――
安城恵梨香が、そこにいた。
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