隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第108話 再会の、その先

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目の前には、あの時の安城恵梨香がいた。
凛としたその眼差しが、まっすぐにこちらを捉えている。

教室の窓は開け放たれていて、春の風がカーテンを揺らしている。
桜の花びらが、まるで時間を忘れたみたいに、ゆっくりと舞い込んでいた。

――ちょうど、この瞬間だ。

俺が、愛理に情けなく振られたことを、
全部、包み隠さず彼女に打ち明けた直後。

胸の奥に残った、あのどうしようもない虚しさと、
自分がちっぽけに思えて仕方なかった感情が、
夢の中なのに、やけに生々しく蘇ってくる。

(……夢、なんだよな)

そう思いながら、俺はそっと手を動かしてみた。
指が、ちゃんと自分の意思に従って開いて、閉じる。

足も、視線も、呼吸さえも――
すべてが、俺のコントロール下にあった。

(……本当に、意識を持ったまま動けてる)

安城星梨奈の言葉が、頭をよぎる。

――これは過去じゃない。
――ただの夢だ。

たぶん、その通りなんだろう。
ここは現実じゃないし、時間を巻き戻しているわけでもない。

それでも――

「……いいえ、笑わないわ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、懐かしい感覚に包まれた。

――ああ。
これだ。

それは、過去の努力を情けないものだと思い込んでいた俺を、救ってくれた言葉だった。

あの時と同じように、同じ声色で、同じ距離で、同じように――俺を見ていた。

安城恵梨香の瞳は、あの頃と変わらない。
瑠璃と琥珀のオッドアイが、何ひとつ濁りのないまま、まっすぐに俺を見つめている。

記憶の中の光景と、今目の前にある景色が、静かに重なっていく。

そして、まるで合図でもあったかのように、春の風が窓からふわりと吹き込んだ。
レースのカーテンが揺れ、舞い込んだ桜の花びらが、静かな教室に散っていく。

――これも、覚えている。

この風、この匂い、この静けさ。
夢なのに、細部までやけに鮮明で、過去の記憶と寸分違わなかった。
それだけ、この瞬間を、俺は大切にしていたんだと思う。

「あなたが、その子のために努力してきたこと。それは、誇りに思っていいことよ」

その言葉が、記憶の中の俺と、今の俺を同時に打つ。

あの頃は、すぐには意味が分からなかった。
俺が情けないと思っていた努力を、誇りに思えだなんて。
ただ、胸が少し楽になった理由も掴めないまま、立ち尽くしていただけだった。

「……たとえ報われなかったとしても、
私は――あなたのことを、絶対に笑わない」

――そうだ。
この一言で、俺は救われたんだ。

誰にも肯定されなかった努力を、
無価値だと思い込んでいた感情を、
彼女は、たった一言で否定してくれた。

「あなたが……覚悟を決めて、告白したことそれは、とても尊いことよ」

当時の俺は、“尊い”なんて言葉が、
自分に向けられるものだとは、夢にも思っていなかった。
そんなことを口にすれば、きっと誰かの笑い話になる――そう思っていたからだ。

「ほとんどの人はね、想っているだけで終わるの。気持ちを伝える前に、諦めちゃうの。
だって――傷つくのが怖いから」

その言葉を、俺は一度、聞き流していた。
今ならわかる。

この言葉は、俺を慰めるためじゃない。
俺の行動を、事実として評価してくれていたんだ。

「でもあなたは、それでも前に進んだ。
 震えながら、それでも言葉にした」

風が、静かに吹き抜ける。
彼女のまつげが揺れた、その仕草さえ、記憶と寸分違わない。

――なのに。

今の俺は、はっきりと理解できてしまう。
あの言葉が、どれほど気高く、そして優しかったのかを。

「――そんなあなたが、かっこ悪いわけないじゃない。あなたの真っ直ぐな行動に、きっと勇気をもらった人も必ずいるわ」

胸の奥で、何かがほどけていく。
過去の俺は、この言葉を“そのまま”受け取れなかった。
でも今なら、ちゃんとわかる。

(勇気をもらったって言ってた人……
あれは、安城自身のことだったんだな……)

「卑屈なんかじゃないわ。あなたの“心”は、誰よりも真っ直ぐな人間よ」

夢だとわかっていても、
何度この光景を見ても、胸の奥が震える自分がいた。

あの時の俺は、何も言えなかった。
嬉しさが限界を超えて、言葉になる前に感情が溢れてしまったせいだ。
喉は動いていたはずなのに、声は出なかった。

……たぶん、安城はこの時点で、もう気づいていたんだと思う。
俺と、過去に会っていたことに。

あの時の彼女は、帽子を深く被っていた。
顔を隠すみたいに、夜の闇に溶け込むように。

(それでも、どうしてあの時の俺は……気づかなかったんだよ……)

胸の内で、自分に向けて悪態をつく。

(いくら暗がりで、帽子を被ってたとはいえさ……
 雰囲気とか、空気感とかで察しろよ?俺……
大切なファン第一号なんだろ?)

苦笑すら浮かばない。

(……鈍感とかいうレベルじゃ許されねぇぞ)

それでも俺は、何も気づかないまま、
勝手に救われて――
勝手に、彼女を“推し”だなんて呼んでいた。

(……これは夢だ)

頭では、ちゃんと理解している。
ここは現実じゃないし、都合のいい再会にすぎない。

(俺の、単なる自己満だ。ここで君に俺の気持ちを伝えたとしても現実には何も変わらない……)

それでも。

(けど、それでも俺は……やっぱり、この瞬間だからこそ、彼女に伝えたい)

過去には戻れない。
やり直しも、修正もできない。

(だったら……せめて夢の中の彼女に…)

俺は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
震えるのを誤魔化すように、唇に力を込める。

そして、意を決して口を開く。

――ここから先は、
安城星梨奈の言う“俺の想像の世界”。

「あの時の女の子……安城だったんだな」

俺のその言葉に、安城は小さく――ピクリと反応した。

「すぐに気づけなくて、ごめん。
そして、あの時の俺を――ずっと見守ってくれて、ありがとう」

「誰かが自分の努力を見てくれていたから……
俺は最後まで、誇りを持って努力し続けられたんだ」

言葉にした瞬間、胸の奥がじん、と熱を帯びた。
ずっと言えなかった感謝が、ようやく形になった気がした。

「俺さ、弱いし、単純だし……馬鹿だしさ…
たぶん、孤独だったら最後まで続けられなかったと思う。」

少しだけ視線を逸らし、照れ隠しみたいに笑う。

「でも、途中で努力を投げ出す姿なんて、君に見せたくなかったんだ。
好きだった女の子のために始めた努力が……いつの間にか、
“君に良く見てもらいたい”に変わってたんだ」

俺は、下手くそな笑顔のまま、彼女を見つめた。

(……俺、ちゃんと笑えてるかな?)

そんな不安が胸をよぎる。

安城恵梨香は、驚いたように目を見開き、
そして次の瞬間には、柔らかく微笑んでいた。
その反応に、少しだけ勇気をもらって、俺は続ける。

「あの時さ、安城、握手してくれただろ?」

自分でも照れくさいのが分かって、頬を掻く。

「あの時の手、すげぇあったかかったんだ。
冬なのにさ……本当に、びっくりするくらい」

小さく息を吐き、正直に言葉を重ねる。

「恥ずかしいんだけど……手だけじゃなくてさ。
心まで、すげぇあったかくなったんだ。
俺……女の子と手繋いだの初めてだったし。」

俺は少し間を置いて、意を決したように言った。

「笑えるかもしれないけどさ、握手した時……安城の心の声が、手を通して聞こえた気がしたんだ。
『どうか……これからも真っ直ぐでいてちょうだい。
誰よりも人の気持ちを思えるあなたは、私の永遠の“推し”なんだから』って」

喉の奥が、きゅっと締まる。

「でも……駄目だったんだ。俺は安城の期待には応える事出来なかったんだ。」

自嘲気味に、苦笑する。

「こっ酷く振られてさ、卑屈になってさ。
陰ながら応援してくれてた安城に“努力しても意味ない”なんて言っちゃって……」

一瞬、視線が落ちる。

「……幻滅しただろ?」

そう問いかけてから、俺は深く息を吸った。
そして、逃げずに――真正面から、安城恵梨香を見る。

「でも……これからは、真っ直ぐ生きていくつもりだ」

胸の奥から、言葉を絞り出す。

「何度苦しんでも、何度心が折れても。
それでも立ち上がって、自分の信念を貫き、真っ直ぐ前に進むよ」

「だってさ、誰かを信じるってことは、未来を諦めないってことだから」

そう――これは、人間不信になって部屋に閉じこもり、塞ぎ込んでいた俺を、君が救ってくれた言葉だ。

俺は、熱くなった胸を落ち着かせるように、ひとつ息を整える。
そして、静かに言った。

「だから俺は、自分を信じてみるよ。
自分の未来を、最後まで。」

……一方的な宣言だ。
安城からしたら、何を言ってるんだって思うだろう。
押し付けがましいと思われても、仕方ない。

(夢だといえ……呆れてる……よな?)

そんな不安が頭をよぎった、その時。

――安城星梨奈の言葉が、脳裏に蘇る。
“過去にしていない発言をしたら?
君の想像や経験に置き換わるだけさ”

俺は、恐る恐る、彼女の表情を伺った。

そして――

安城恵梨香は、呆れるどころか。
凛とした表情で、まっすぐ俺を見つめ、
ゆっくりと、柔らかく微笑んだ。

「えぇ……楽しみにしてるわ」

その一言で、全部が報われた気がした。

――ああ、そうだ。

安城恵梨香は、人の決意を笑ったり、呆れたりする人間じゃない。
そんなこと、俺が一番よく知っているはずなのに。

その安心感に気が緩んだ瞬間、
俺の“本音が漏れる呪い”が、見事に発動する。

「もしさ……俺が、安城にふさわしい男になれたらさ……?」

――あ。

(あれ……ふさわしい男になれたら、なんだ?)

言った本人が、一番驚いていた。

その言葉の続きを言う前に、
夢の中の空気が、静かに揺れた
自分の本音がわからず、戸惑っているその最中だった。

――ふざけないでよ?こんな世界私が許さない。

どこからともなく、声が聞こえた。

教室の中でも、安城の背後でもない。
頭の奥に、直接流れ込んでくるような――どこかで聞いたことのある声。
その声は、俺の脳内で、途切れることなく続いた。

「あの時、蓮也から送ってもらった写真に……手を繋いでた女の子、あなただったんだ?」

背筋が、ぞくりと冷える。

「あなたさえ……いなければ……
ゆういちは、ずっと私のわんちゃんだったのに」

その声に呼応するように、桜が舞い散る――いつもの教室。
けれど、俺と安城恵梨香の“間”に、黒く丸い空間が滲むように現れた。

そして、その奥から、一本の腕が伸びてくる。
真っ直ぐに伸びてくる、華奢な手。

どこかで見たことがある。
忘れたはずなのに、忘れられるはずがない――

白く細い指先から、甘ったるい、桃のような匂いが漂ってくる。

その手は、迷いもなく、
安城の方へと、ゆっくり、ゆっくりと伸びていった。

「――っ!」

考えるより先に、身体が動いていた。
たとえ夢だとしても――安城を傷つけさせるわけにはいかない。

その一心で、俺は勢いよく立ち上がり、伸びてきた腕を掴んだ。

掴んだ瞬間、指先を刺すような冷たさが走る。

そして――世界が、拒絶した。

教室の床にひびが走り、黒板が歪む。
窓の外の桜は、花びらじゃなく“破片”みたいに砕け散っていった。
机も椅子も、音もなく崩れ、夢そのものが、ゆっくり崩壊を始める。

その揺れの中で、安城の輪郭が、ふっと薄くなった。
まるで、この夢が「守るべきもの」を奥へ隠すみたいに。

俺は、掴んだ腕を離さず、歯を食いしばって叫ぶ。
――もう、この腕の正体に、俺は気づいていた。

「おい……何してんだよ?」

声が、震えないように。

「愛理。」

その名前を口にした瞬間、夢の世界は、完全に消えた。

もう、そこに安城の姿はない。
教室も、桜も、光も――すべてが失われ、
世界は真っ暗に塗り潰された。

そして――
俺が掴んでいた、その先にいたのは――

もう縁を切ったはずの、初恋の相手。

本郷愛理だった。
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