隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第111話 忠犬と悪魔のヒロイン(本郷愛理視点)

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私と蓮也は、血の繋がらない家族となった。

それから月日が流れ、私たちは中学生になり――
研究施設を出て、普通の学校へ通うことになった。

私と蓮也が入学したのは、青蘭中学。

施設を出たあとも生活に困ることはなかった。
EESの実験や研究に引き続き協力することを条件に、
学費や生活費は“支援”という形で賄われていたからだ。

――つまり、自由だけど、完全な自由じゃない。

そんな微妙な立場のまま迎えた、中学二年生の春。

「あ~あ……学校、サボろうかな」

朝の通学路。
私は気だるげに空を見上げながら、独り言を零した。

「でも出席率とか、施設に確認されるし……」
「素行が悪いと支援金、減らされるし……」
「なにより――蓮也が、うるさいし」

最後の理由が、一番面倒くさい。

結局、今日も私は“普通の中学生”を装って登校している。

そのときだった。

「ねぇねぇ、お姉ちゃん」

背後から、やけに馴れ馴れしい声。

振り向くと――
いかにも、という風体の上級生たちがいた。

制服は着崩され、態度は軽薄。
四、五人で私を囲むように立っている。

「俺らとさ~、学校サボって遊ばない?」
「ちょっとくらい、いいじゃん?」

……ああ、来た。

(何、このテンプレみたいな不良)

内心、冷めた視線で彼らを見つめる。

(どうせ一人じゃ何もできないくせに、群れると強くなった気になるタイプね)

研究施設で、あれほど格闘訓練を積まされた私にとって、
不良が五人程度――正直、話にもならない。
本気を出せば、三十秒で全員無力化できる。

……けど。

(問題は、そこじゃないのよね)

施設の支援。
素行。
監視。

ここで騒ぎを起こせば、面倒な報告書が増えるだけ。

私は、軽くため息をついてから――
“猫を被る”ことにした。

(まあ……最悪、お巡りさん呼べばいいし)

私は表情を切り替え、少し怯えたように一歩下がる。

「や、やめてください……!」

声を、わざと震わせる。

「学校に遅刻しちゃいますから……!」

自分でも感心するくらい、か弱い演技だった。

「いいじゃんか~、ちょっとくらい」
「ね?遊ぼうよ?学校なんてサボってさ~」

……しつこい。

(……我慢の限界、近いんだけど)

心の中でカウントダウンを始めた、その瞬間。

――一人の青年が、私たちの横を通り過ぎた。

何気ない足取り。
けれど、その存在感に――私は、ほんの一瞬、違和感を覚えた。

(……あの子には悪いけど助けてもらおう。)

けど、その青年は、立ち止まりもせず、
こちらに視線を向けることもなく――

ただ、静かに通り過ぎていった。

(は……?なんなのアイツ。)

その青年は――
一瞬だけこちらに視線を向けてから、何事もなかったかのように歩き去ろうとした。

(……こんな可愛い子を無視するなんて……)

胸の奥に、かすかな苛立ちが灯る。

(ああ、そっか……)

私は、ふっと口元を歪めた。

(見て見ぬふり、ね)

ちょうどいい。
溜まっていた鬱憤を、少し晴らしてやろう。

私は、わざと声を張り上げた。

「――そこのあなた!!」

通学路に響く、必死な声。

「助けてください!!」

青年は、ぴたりと足を止めた。

数秒の沈黙のあと、
小さく舌打ちするような気配。

そして――振り返る。

見て見ぬふりをするタイプの男だ。
だからてっきり、喧嘩なんて無縁の、気弱な奴だと思っていた。

だが、違った。

彼は、不良たちの前に――
たった一人で立っていた。

そして、低く。
氷のように冷たい声で、こう呟いた。

「……おい、お前ら」

その声には、明確な殺気が込められていた。

「どう見ても、嫌がってるだろ」

不良たちが一瞬、言葉を失う。

彼は続けた。

「こんな――物語に出てくるみたいなヒロインにナンパするならさ」

視線が、私を一瞬だけかすめる。

「それ相応の“レベル”に達してから来いよ」

そして、吐き捨てるように。

「全然、釣り合ってねぇんだよ。
お前らじゃ」

――空気が、凍った。

「……は?」

不良の一人が、苛立ちを隠さず前に出る。

「なんだお前?」
「弱っちそうなくせに、しゃしゃり出てくんじゃねぇよ」

「歳下のくせに、調子乗ってんじゃねぇ!」

次の瞬間。

拳が、飛んだ。

――喧嘩が始まった。

だが。

(……え?)

私は、思わず目を見開く。

彼の身のこなしは――
明らかに“素人”のそれじゃなかった。

無駄のない重心移動。
視線の切り方。
相手の死角に入る足運び。

(……格闘技の経験者?)

いや、それだけじゃない。

(……同じ)

研究施設で、
プロの格闘家から叩き込まれた――
あの“型”と、まったく同じ動き。

(……どういうこと?)

(あの急所を、わざと外す癖……。
一撃で終わらせれば、それは“痛み”でしかない。
恐怖を植え付けるには、時間が必要だ。
“勝てない”と理解するまで、反骨する精神そのものを削り続ける――施設で教え込まれた、あの戦い方。)

困惑する私をよそに、
彼は不良たちの攻撃を淡々といなし、
逃げ場を奪うように、反骨する心を少しずつ摩耗させていく。

圧倒的に――優勢だった。

――はず、だった。

その瞬間。
彼の拳が、男の目の前でぴたりと止まった。

(……え?)

さっきまで、間違いなく流れは彼のものだった。
一撃、もう一撃――そのまま畳みかければ、終わっていたはずなのに。

だが、次の瞬間。

立場は、一気に逆転した。

拳を止めた彼は、抵抗らしい抵抗も見せないまま、不良たちに囲まれ――
容赦なく、殴られ、蹴られた。

「はぁ……はぁ……なんだコイツ……気色わりぃ……」

荒い息を吐きながら、不良の一人が吐き捨てる。

それでも。

何発も殴られ、身体を揺らされながらも、彼は倒れなかった。
ふらつきながらも、地面に手をつき――ゆっくりと、立ち上がる。

その異様な執念に、
さすがの上級生たちも、思わず一歩、後ずさった。

「……なんで、殴り返さねぇんだよ?」

苛立ちと戸惑いが混じった声。

それに対して、彼は――
血のにじむ口元を、歪めて笑った。

「道に落ちてるクソなんか殴ったらさ。手、臭くなるだろ?」

場の空気が、一瞬で凍りつく。

「転校初日からクソまみれで登校とか、ゴメンだわ。
ただでさえ遅刻しそうなんだぞ? 洗ってる時間、ねぇんだわ」

そう言って、彼は平然と上級生たちを見渡した。

「……てめぇ……好き放題、言いやがって……ッ!!」

一人が、ついに怒りを爆発させ、殴りかかろうとした――
そのとき。

「待て」

低い声が、割って入る。
もう一人の上級生が、その肩を掴んで止めていた。

「……もういい。帰るぞ」

しばらく、彼を睨みつけてから――
忌々しそうに、そう言い捨てる。

「……お前の顔、覚えたからな?」
その言葉を最後に、
上級生たちは取り巻きとともに、足早にその場を去っていった。

残されたのは、静まり返った路地と――
地面に転がる、ボロボロの彼ひとり。

私はその姿を見下ろしながら、ひょこっとしゃがみ込み、顔を覗き込む。

「派手にやられたね~。
すっごい顔になってるよ?」

冗談めかして言うと、
彼は驚いたように目を見開き、こちらを見た。

「……まだいたのかよ。
さっさと逃げたらよかったのに」

その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。

「さすがにさ、助けてもらっといて
私だけ逃げるのは……ちょっとね?」

そう言うと、彼は何かを見透かすように、ふうっと息を吐いた。

「……もしかしてさ。
最初から、怖くなかったんじゃねぇの?」

――図星。

あんな連中、私なら一瞬で沈められる。
あの“地獄”をくぐり抜けてきた私にとって、
囲まれたくらいで窮地なんて呼べるはずもなかった。

私は肩をすくめ、ケラケラと笑う。

「うん、まぁね~?
最悪、“きゃー痴漢!”って叫べば、お巡りさん来るし!」

「……じゃあ、なんで俺に助けを求めたんだよ?」

その問いに、私は人差し指を口元に当てて、少しだけ考える素振りをする。

そして――
いたずらっぽく、微笑んだ。

「ん~。君がさ、
見て見ぬふりしようとしてたから……かな?」

一拍、置いて。

「いたいけな乙女を見殺しにしようとした君には、
天誅を下そうと思ってね?⭐︎」

……嘘、だ。

怒られると思った。
少なくとも、呆れられると思った。

けれど。

「……全く。
いい性格してるな、アンタ」

彼はそう言って、苦笑いを浮かべながら、
痛むのか、そっと頬を擦った。

(……あれ?
なんで、怒らないの?)

私は少しだけ首を傾げる。

自分の嘘のせいで、こんなに怪我をしているのに。
それでも、この人は私を責めなかった。

――お人好し。

そんな評価が、自然と頭に浮かぶ。
そして同時に、ほんの少しだけ、興味が湧いた。

「ところでさ」

私は、何気ない調子で続ける。

「なんで君、やり返さなかったの?
君、喧嘩強いでしょ?」

彼の目を見る。

「急所、ちゃんと外して受け流してたし。
さすがの素人の私にも、わかったよ?⭐︎」

これは、純粋な疑問だった。

どうして――
圧倒的に強い彼が、
あの瞬間、拳を止めたのか。

私は、心底それが気になっていた。
その質問に、彼はすぐには答えなかった。
ほんの少しだけ視線を逸らし、間を置いてから――ぽつりと、言う。

「……もし、俺があいつらをボコボコにしてたらさ」

低い声だった。

「今度は、お前も俺と同じ“加害者”として扱われるだろ?」

「……え?」

思わず、間の抜けた声が出る。

彼は苦笑するように、続けた。

「先生とかさ。周りの大人って、そういうの関係なく“一括り”にするだろ?
誰が何をしたかじゃなくて、“揉め事を起こした生徒”ってだけで」

胸の奥に、嫌なほど現実的な光景が浮かぶ。

「なぜそれが起きたのかを考えるの、面倒くさいんだよ。
だからすぐ連帯責任とか言い始めてさ……」

彼は肩をすくめる。

「俺は、それが嫌だった。
だから……やらなかっただけだよ」

一拍。

「つまり、“自分”のため」

その言葉は、淡々としていた。
けれど――

私は、息を呑んだ。

(……違う)

わかってしまった。

彼は“無意識”に、
私を守ろうとしていた。

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

(……なに、この気持ち……)

心臓の鼓動が、やけにうるさい。
さっきまでの痛みも、恐怖も、全部押し流すみたいに――高鳴っていく。

私は知っている。
優しさには、二種類あることを。

一つは、
見返りや評価を求める、意識的な優しさ。

そしてもう一つは――
そんな計算を一切挟まない、無意識の優しさ。

彼が見せたのは、間違いなく後者だった。

自分のためだと口では言いながら、
自然に――私を守る選択をしていた。

その事実が、どうしようもなく愛おしかった。
この優しさを、私のものにしたい
――私は素直にそう思った。

義務感で現れるヒーローなんかじゃない。
誰かに求められたわけでも、称えられたかったわけでもない。

ただ、彼自身の意思で。
そして、その無意識で。

私を守ろうとしてくれた。
私は、すっと彼の顔に近づいた。
気づけば、その距離は――十センチを切っている。

(……あれ?私何してるんだろ?
てか、何を話そうとしてたんだっけ?)

近づいたはいいものの、
胸の奥がくすぐったくて、言葉が出てこない。

さっきまであんなに冷静だったはずなのに。
心臓が、やけにうるさい。

それでも私は、にこりと笑って口を開いた。

「君、優しいね」

彼の目を、まっすぐ見る。

「あんな状況だったのに……
“私”のことを一番に考えてくれたんだ」

彼は、息を呑んだように目を見開いた。
その瞳の奥が、まるで透き通っているみたいで――
今度は、私のほうが一瞬、視線を逸らしそうになる。

「ふふ」

私はわざとらしく笑って、さらに顔を近づけた。

「君ってさ、なんか忠犬っぽいよね?
……まるで、飼い主を守ろうとするわんちゃん」

じっと覗き込む。

「……は?」

彼の顔が、完全に固まった。

(見つけたわ………私の大切なわんちゃん。)

「こいつ、何言ってんの……?」

――たぶん、そんな声が頭の中に響いているんだろうな、と思う。

私は満足そうに頷いた。

「気に入ったわ♪」

そして立ち上がり、
彼に向かって、すっと手を差し伸べる。

「私は、本郷愛理。
君の名前は?」

少し間があってから、彼は戸惑いがちな声で答えた。

「……神田ゆういち、だよ」

「ふーん」

私は、その名前を一度、口の中で転がす。

「いい名前だね、神田くん」

そして、にやっと笑う。

「……はい、お手っ」

一瞬、間を置いて。

「あ、ごめん。間違えた。
握手、だよね?」

彼は呆然としたまま、
それでもゆっくりと、私の手を取った。

――これが。

私の、初恋の相手。
神田ゆういちとの、最初の出会いだった。
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