隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第112話  地獄の本質

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私は、ゆういちと過ごす時間が増えるにつれて、
気づかないうちに――

彼を、誰にも取られたくない
そう思うほどの、狂気じみた愛情を芽生えさせていた。

胸の奥に広がる、心地いい幸福感。
それと同時に、いつ失うかわからないという、底知れない恐怖。

その二つが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

……これは、一人で抱えるには、ちょっと重い。

だから私は、思い切って唯一の家族、私の苦しみと痛みを理解してくれている蓮也に相談することにした。

「ねぇ……私、好きな男ができたかも……」

ほんの少し間を置いてから、
蓮也は次の授業の準備をしながら、即座に呟いた。

「ゆういちだろ?」

「ぬわっ!?なんで!?」

思わず、変な声が出た。
驚いて顔を上げると、
蓮也は呆れたような顔でこちらを見ている。

……さすが、長い付き合いだ。
どうやら、私の気持ちは全部お見通しだったらしい。

「な、なんでわかったのよ……」

「顔に書いてあるぞ?ゆういちが大好きって」

私はタジタジになりながら、話を続ける。

「……じゃあ、手伝え。」

「なんで命令形なんだよ。
お前さ。それが人に物を頼む態度か?」

蓮也は大きくため息をつき、肩をすくめた。

「昔は愛理も、もうちょい可愛かったのになぁ……
お兄ちゃん、残念だわ」

……いつから、あんたは私のお兄ちゃんになったのよ。

私は即座に言い返す。

「私もね、
“自分のことを僕って言ってた健気な蓮也”がいなくなって、
お姉ちゃん悲しいよ?」

「……うっせ。てかお前もお姉ちゃんなのかよ。家系図ややこしいわ。」

少し間を置いてから、蓮也は観念したように言った。

「ま、手伝ってやるよ。
で? 何してほしいんだ?」

「にしし♡ さすがだね?蓮也」

私の相談する内容はもう決まっていた。

「ゆういちが、他の女の子と仲良くしてたら」

一拍。

「写真撮って、私に送って♡」

付き合うまでは、自分の力で彼をモノにしたかった。
けれど――私以外の女に、彼を奪われるのは、どうしても耐えられなかった。

蓮也は、目を見開き、即答した。

「いや、お前……普通に怖ぇわ!!」

私は誤魔化すように笑う。

「にしし♡
お願いね~、お兄ちゃん♡」

「やめろその呼び方!」

そして蓮也は、ふと思い出したように呟いた。

「そういえばさ。前に喧嘩ふっかけてきたヤンキー達、いるだろ?」

私は何気なく視線を向ける。

「あいつら、どうやらゆういちに復讐するつもりらしい。
なんか……ゆういちが“バラされたくない過去”を知ったとかでさ。それを使って、報復しようとしてるみたいだぜ?」

そのヤンキー達は、すでに二度、返り討ちに遭っている。
一度目は――私とゆういちが一緒だった時。
二度目は――私と、ゆういちと、蓮也の三人で下校していた時。

主に――ゆういちが。

それでも懲りずに、どうやら三度目の報復を企てているらしい。

「はにゃ?」

思わず、間の抜けた声が出た。

「あいつら、まだ懲りてないの?」

……でも。

私が本当に気になったのは、そこじゃなかった。

――ゆういちの、バラされたくない過去。

胸の奥が、ざわりと波打つ。

(……知りたい)

好きな人のことは、誰よりも知っていたい。
過去も、傷も、弱さも。
誰にも触れさせず、私だけのものとして。

そんな感情が、じわじわと膨れ上がっていく。

私は、蓮也に視線を戻した。

「で?」

少しだけ声を低くして。

「そいつら、今どこにいるの?」

その瞬間、蓮也はぎょっとしたようにこちらを振り返る。

「おい……まさか殴り込みに行く気じゃないよな?」

慌てたように続ける。

「ダメだぞ! また施設に報告書出されたら面倒なんだから! 俺まで巻き込まれるんだぞ……!」

私は、にししっと笑った。

「にしし♡
蓮也は相変わらず、真面目でいい子ちゃんなんだから~」

そして、楽しそうに首を傾げる。

「でもね?」

声音だけは、やけに軽い。

「いくら蓮也のお願いでも、それは聞けないなぁ」

一拍。

「だって――私の大事なわんちゃんに危害を加えようとする敵はさ?」

にこり、と微笑む。

「私が、地獄に叩き落としてくるって決めてるんだもん♡」

蓮也は、深くため息をついた。

「……はぁ。
わかったよ。正直、俺もゆういちが傷つくのは嫌だしな」

諦めたように肩をすくめる。

「昼休みになるとさ、
野球部の第二部室を勝手に乗っ取って、たむろしてるらしいぜ?」

「了解♡」

そう答えたところで、チャイムが鳴った。

――休み時間は終わり、授業が始まる。

そして、その授業が終わり。

昼休み。

私は、何事もなかったかのように席を立ち――
静かに、野球部の第二部室へと向かった。

(さて……)

胸の奥が、わくわくと熱を帯びていく。

(私の“わんちゃん”に手を出そうとした報い、
ちゃんと教えてあげないとね)

――昼休みの校舎に、
小さく、楽しげな足音が響いていた。

私は、野球部の第二部室のドアを開く。

中にいたヤンキー達が一斉にこちらを振り向いた。
取り巻きの一人が、にやついた笑みを浮かべて声をかけてくる。

「……あれ?
お前、この前の女の子じゃん?」

下卑た視線が、私を舐め回す。

「どうしたんだ?
やっぱり俺たちと遊びたくなったのか?」

――次の瞬間。

警戒心の欠片もなく伸ばされた男の手を、
私はバシッと音を立てて掴み取った。

「……」

部室の空気が、一瞬で凍る。

私は、冷えきった声で呟いた。

「なんの信念もないヤンキー風情が……
いい気になりやがって」

そのまま男の腕を掴み、身体を反転させる。
一歩で背後に回り込み――

ドンッ。

顔ごと、床に叩きつけた。

「がっ……!?」

完全に、女だからと舐め腐っていたのだろう。
男は何が起きたのか理解できないまま、床に転がっていた。

「……なんだ、こいつ……」

ざわり、と周囲が動く。

残っていた五人が、私を囲むように位置を変えた。

私は、床に伏した男の背中を蹴り上げ――
そのまま、部室のロッカーへと叩きつける。

金属音が、耳障りに響いた。

リーダー格らしい男が、目を見開いて私を見る。

当然だ。
体格差のある男を、文字通り“瞬殺”したのだから。

「……ふざけんな!」

一人が、我に返ったように殴りかかってくる。

私は、それをいとも簡単にいなした。
無駄のない動きで数発叩き込み、体勢が崩れた瞬間――

顔面を、殴り飛ばす。

男は吹き飛び、床を転がった。

「……何者だよ、この女……」

誰かが、震えた声で呟く。

「ここにいるやつ、全員格闘技経験者だぞ……?
なんで、こんなにもあっさり……」

私は、ふっと笑った。

そして――
殺意を隠しもしない目で、彼らを睨みつける。

「どうせお前たち……
本当の地獄なんて、経験してないでしょ?」

静かに、一歩踏み出す。

「痛み。苦しみ。
自分の無力さ。喪失感。憎しみ」

一つずつ、言葉を刻むように。

「そういう地獄を通ってない人間にはね……
信念も、思想も、生まれないの」

私は、鼻で笑った。

「信念のない拳に、力は宿らないわ」

視線を巡らせる。

「お前たちの“教科書通り”の格闘技なんて……
私の前じゃ、無意味よ」

その挑発に反応し、二人が同時に襲いかかってきた。

私は即座に身をかわし、
一人の腹に、短く、重い一撃を叩き込む。

怯んだ瞬間――
その男の髪を掴み、顔を引き寄せた。

そして、目を見る。

――能力、発動。

(……あなたの敵意の矛先を書き換えてあげるわ……)

無意識に介入する。
私への敵意を、仲間へと向けさせる。

「……あ?」

男の目が、ぎらりと歪む。

次の瞬間、
彼は――仲間に襲いかかった。

混乱。悲鳴。怒号。

二人は、互いに殴り合い、
やがて床に崩れ落ちた。

――残ったのは、
震えるリーダーただ一人。

私は、ゆっくりと息を吐いた。

(さて……)
次は――
どんな地獄を、教えてあげようかしら?

私は拳を、ぎゅっと握り、そして開く。
その動作を繰り返しながら、まっすぐにリーダーの男へと歩み寄った。

逃げ場はない。
ゆっくりと、けれど確実に――仕留めるための距離。

男は震える手で、ボクシングの構えを取った。

「く……っ!」

荒い息とともに放たれた拳。
だが――

遅い。

私は瞬時に反応し、わざと急所を外す位置に一撃を入れる。
反撃。
さらに反撃。

畳みかけるように拳を叩き込むが、
すべて、致命点だけは外していた。

簡単に終わらせない。
“勝てない”と理解させるまで。

反骨する精神を、時間をかけて削り取る。
――研究施設で教え込まれた、あの格闘術。

男は、はぁ、はぁ、と息を荒げながら、こちらを見上げる。

「も、もう……勘弁してくれ……」

懇願の声。
だが私は、それを聞かなかったことにする。

さらに一撃。
また一撃。

意識だけは、絶対に飛ばさせない。

そして――
体力が、完全に底をつきかけたその瞬間。

私は、救いの糸を差し出した。

「……ゆういちの、バラされたくない過去を教えてくれたら」

にこり、と微笑む。

「手を出さないであげる。」

男は、今にも意識を失いそうな状態で、絞り出すように語り始めた。

――妹が、いじめられていたこと。
――それを守るため、加害者を病院送りにしたこと。
――その“容赦のなさ”ゆえに、周囲から軽蔑され、腫物のように扱われたこと。

……そう。
それが、彼の過去。

私は、その話を聞いた瞬間――胸の奥が、激しく高鳴るのを感じた。

(……ああ。やっぱり)

(あなたは、そういう人だ)

 (きっと妹ちゃんを守るために身体が無意識に動いたんだよね?)

守るためなら、嫌われてもいい。
大切なもののために、自分が汚れることを選べる人。

――愛おしい。
壊れるほど、愛おしい。

誰にも渡したくない。
誰にも触れさせたくない。
この優しさも、この不器用さも、全部。

そんなことを考えていると、
男は力なく呟いた。

「……もう、いいだろ……早く出て行ってくれ……」

私は、這いつくばる男の前にしゃがみ込み、
その髪を――ぐっと掴み上げる。

「……ちゃんと約束は守るわ。
手はもう出さないわ」

そして、彼の目を見る。

――能力、行使。

無意識への介入。

一つ目。
野球部に、部室を返すこと。

二つ目。
私を見かけたら、今日の“恐怖”を鮮明に思い出すこと。

三つ目。
この出来事を、誰にも話さないこと。

記憶と感情を、静かに、丁寧に――書き換えていく。

男の瞳から、色が抜けていく。
次の瞬間、身体から力が抜け落ちるように――意識が、途切れた。

私は、残っていた他のヤンキーたちにも同じ処理を施す。

本来、EES発現者のステージ1では、
ここまで自由に能力は使えないらしい。

……けれど。

私と、この能力は、相性がいい。

確かに後で、
激しい疲労感と倦怠感に襲われるだろう。
それでも――構わない。

(……愛するわんちゃんのためだから仕方ないよね?)

私は、すべてを終え、静かに部室を後にした。

――廊下に戻ると、
昼休みの喧騒が、まるで別世界のように聞こえた。

(これで……)

(私の“わんちゃん”に、手を出す人はいなくなる)

何事もなかったかのように、
私は校舎を歩いていった。
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