俺の隣にいるのはキミがいい

空乃 ひかげ

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第三章

何年一緒にいると思ってんだ

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【瑠夏side】

閉会式が終わり、グラウンドには片付けの喧騒と、やり遂げた解放感が漂っていた。
俺たちの紅組の優勝が決まり、周囲はまだ浮き足立っている。
だが、俺の意識はさっきから隣にいるひなたに釘付けだった。

「ひなた、足首大丈夫? 
リレーで結構無理したんじゃ……」

ふと、天音がひなたに顔を寄せ、周りに聞こえないような小声で囁くのが見えた。
ひなたは一瞬だけ瞬きをして、すぐにいつもの笑顔を作る。

「大丈夫だよ、天音。
心配しすぎだってば」

……おかしい。
笑っているが、ひなたの右足に重心が乗っていない。
リレーのアンカーでバトンを受け取った瞬間、一瞬だけあいつの眉間に寄った皺を、俺は見逃さなかった。
あいつは昔からそうだ。
周りに心配をかけたくない時ほど、無理をして笑う。

「……おい、ひなた。
ちょっと来い」
「えっ、瑠夏……?」

俺はひなたの細い手首を掴んだ。
「瑠夏、どうした?」と怪訝な顔をする悠理や、驚く天音と蛍を無視して、強引に歩き出す。

「ちょ、ちょっと! 
瑠夏! 
まだ片付けが……!」
「いいから。
お前、今日早く帰らなきゃいけないんだろ?」
「え? 
そんなこと……」
「急いでるから、家も近いしこいつは俺が送っていく。
じゃあな」

後ろから「え、ちょっと待てよ!」「ひなた!」と呼ぶ声が聞こえたが、構わず校門まで引っ張っていった。
アイツらには悪いが、今は一刻も早く2人きりになる必要があった。

校門を抜け、ようやく人影がまばらになったところで俺は掴んでいた手を離した。
「……わりぃ。
痛くなかったか?」
「ううん、大丈夫だよ。
急にどうしたの? 
腕掴まれた時はびっくりしたけど……」

ひなたは少し困ったように小さく笑う。その顔を見て、胸の奥がチリりと焼けるように痛んだ。
まだ、隠し通すつもりか。

「……違う。
足の方だ」

ひなたの笑みが、この一言で一瞬にして凍りついたように固まった。
大きな瞳が泳ぎ、焦ったように俺を見上げる。

「え、あ……足? 
何のこと……? 」
「お前、足痛めてたの隠してただろ」

低く、少し怒りを含んだ声が出てしまった。
ひなたは肩をすくめ、視線を地面に落として、消え入りそうな声で呟く。

「……みんなに、心配かけたくなかったんだもん……」

はぁ……と、長いため息が漏れた。
怒りたいわけじゃない。
ただ、情けないんだ。
一番近くにいるはずの俺に、こいつは頼ってくれなかったのか。

俺はひなたの前に背を向けて、その場に深くしゃがみ込んだ。

「……瑠夏? 
何してるの?」
「足、今も痛むんだろ。
……乗れ」

ひなたが絶句するのが背中越しに伝わってくる。
「え、いいよ……っ! 
一人で歩いて帰れるから!」
遠慮するひなたの腕を掴み、グイッと自分の方へ引き寄せた。

「大丈夫じゃねぇだろうが。
バトン渡した時、微妙に顔が歪んだの俺は見逃さなかったぞ」
振り返って、ひなたの目をじっと見つめる。

「何年一緒にいると思ってんだ。
お前一人くらい、余裕で背負って帰れる。
……無理すんな。
俺に頼れ、甘えろ」

俺の真剣な眼差しに気圧されたのか、ひなたは顔を真っ赤にしながらおずおずと俺の背中に腕を回した。
軽い。
こんなに細い体で、あいつは痛みを堪えてあんなに激しく走っていたのか。

ひなたを背負い直し、オレンジ色に染まった帰り道を歩き出す。

「……いつから怪我してた?」
「……応援合戦の、途中から」
「はぁ!? 
お前、それまで誰にも言わずに黙ってたのかよ!」

思わず声を荒らげてしまう。
応援合戦って、まだ午前中じゃねぇか。その後の借り物競争も、リレーも、コイツは……。

「……天音には、バレてたよ。
終わった後、救護テントでテーピングしてもらったの」

天音……。
やっぱアイツ気づいてたのか。
「チッ、アイツ……っ」

吐き捨てるように毒づいた。
天音が気付いて、俺が気付かなかった。その事実が、鋭い刃物のように俺のプライドを抉る。

「……悪い。
俺がもっと早く気付いてやれてれば、こんなに酷くなる前に……」

情けなくて、声が小さくなった。
ひなたの足首、今は相当熱を持ってるはずだ。
俺がもっと注意深く見ていれば…。
眉間に皺を寄せて顔を歪ませる。
すると、背中からひなたの柔らかい温もりが伝わってきた。

「瑠夏が謝ることないよ。
喋らなかった私が悪かったの。
……でも、こうして瑠夏は最後には気付いてくれたでしょ? 
それだけで嬉しい。
……ありがとう、瑠夏」

ひなたの腕が、俺の首にぎゅっと回される。
耳元で囁かれる優しい声と、背中に伝わる鼓動。

「……っ」

心臓が跳ね上がった。
気付いてくれただけで嬉しい? 
ありがとう?
コイツはホント…。

俺は何もできなかったのに。
むしろ、こんなに大切なやつが苦しんでいるのに一番近くにいて何も分かってやれなかった自分が、どうしようもなく不甲斐ない。

視界が、じわっと滲んだ。
悔しくて、申し訳なくて、愛おしくて、感情がぐちゃぐちゃになる。
俺はひなたにバレないように、奥歯を噛み締めた。

「…………」
「……瑠夏? 
どうしたの? 
急に黙って……」

ひなたが不思議そうに覗き込んでくる。
鼻の奥がツンとして、喉が熱い。

「……なんでもねぇよ! 」

少し鼻声になったのを隠すように、ぶっきらぼうに言い返す。
夕陽が、俺たちの影を長く引き伸ばしていた。

今はただ、この背中の重みを噛み締めながら歩く。
もう2度と、こいつのSOSを見逃したくない。
誰よりも俺がコイツの…ひなたの側に寄り添っていたいんだ。
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