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スタンピート
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しおりを挟む第6部隊が緊急招集に応じ、騎馬を全速力で走らせて第7要塞に到着した頃には、すでに第7要塞は壊滅寸前だった。
第6から第7までは全速力の騎馬でおよそ3刻。
緊急招集を受けてからたったこの3刻の間に、ここまでの状態に陥った事に、マティアスは少なくない衝撃を受ける。
(一体何がこの部隊に起こっているんだ)
マティアスが衝撃を受けているこの間にも、まるで黒い波のように魔獣の群れが砦の要塞に押し寄せて、最前線の騎士達は見るも無残な状態だ。
壊滅寸前の部隊からは、怒号がひびきわたる。
「魔法部隊、お前ら早く結界張れ!殺されたいのか!」
「くそ、なんでそこの隊列仕留め損ねた!このままでは突破されるぞ!」
「早く!早くどけ!」
マティアスは、第7要塞の酷い有様に、目を背けそうになる。
(この隊は、崩壊寸前の隊だ)
隊は皆、それぞれバラバラに戦闘に挑んでおり、全く統率が取れていない。
ここまで統率を失った隊を目の前にして、マティアスは立ち尽くす。
あちらこちらで魔獣がバラバラの隊を攻撃し、隊は一体になって防御するどころか、仲間割れまで起こしている様子なのだ。
「よし! 上がったぞ!」
そんな中でも後ろから大きな騎士達の歓声がきこえてきた。
どうやら要塞と、外をつなぐ為に渡されている跳ね橋がなんとか上げられて、要塞の門を閉じる事に成功した様子だ。
魔獣のこれ以上の要塞への侵入は、いったんはこれで食い止められる。あとは内部に侵入した魔獣を駆逐するするのと、要塞の上から、崖を這い上がってくる魔獣を駆逐して、第8部隊と、第1部隊が保有する治癒魔法部隊が到着するまで耐えるだけだ。
だが、そんな歓声が響き渡る中一人、マティアスの目には要塞の崖下に釘つけとなった。
跳ね橋の下に、一人の若い騎士が取り残されていたのだ。
足から大量の血を流している。逃げ遅れて動けない様子だ。
どうやら重傷を負って、橋が上がるまでに砦の内部に移動することができなかったらしい。
要塞の上から、騎士達の怒号が聞こえてくる。
「おい早く、早く逃げろ!イノシシ魔獣が10時の方向からむかってくるぞ!」
「くそう、だれだこんなに早く門を締めたのは! 点呼しなかったのか! はやく橋をおろせ!」
「バカを言うな、今橋をおろしたら魔獣が要塞の中に入ってくるぞ!」
すさまじい土煙をあげながら、イノシシ魔獣の群れが要塞に向かって押し寄せてくる。
誰もがこの騎士の命を諦めた、その時だ。
「カイル。ユール、私に続け!」
要塞のほとんど絶壁のようにほとんど直角の角度でそびえる崖から、愛馬にまたがったマティアスが、騎馬のまま、いきなり真っ逆さまに崖を駆け下りて、あともう少しで魔獣の餌食になる寸前だった若い騎士の手を掴んで、間一髪自分の愛馬に掬い上げたのだ。
マティアスは、「戦場の雪豹」という二つ名があるほどの、崖での激戦の名手だ。
マティアスの崖での見事な馬さばきに皆が呆気にとられたその後ろで、マティアスに続いて同じく崖を騎馬で駆け降りたカイルが、腰の大剣を振り回して一気に迫り来ていた20体ほどの魔獣を駆逐し、その後ろでユールが魔法を詠唱し、大型の炎を錬成して襲い掛かってきた魔獣の群れを一気に爆発させたのだ。
「お・・おい、今、今だ! あの3人に続け! 橋を下ろせ!」
呆気にとられていた第7隊だったが、3人の活躍で一気に魔物との闘いが優勢に転じた事を知り、第6の軍とはね橋を下ろして追撃に躍り出る。
「遅れてすまない!第8部隊が到着!加勢に入る!」
「こちら第1もここに参じました!負傷者をすぐここに!」
戦闘の途中で、待ちわびた援軍も到着した。
スタンピートの絶望と混乱で、崩壊寸前だった第7要塞は、第6の勇猛な活躍と、第8と第1の部隊の到着に勢いづいて一気に猛攻に転じ、第7を襲った急なスタンピートはようやく平定された。
だが、戦いの後の砦は一面凄惨な状況だ。
おびただしい数の魔獣の死体、負傷者、辺りにはまだ煙がくすぶって嫌な匂いが立っている。
「あ、あ、ありがとうございます。貴方は命の恩人です。何とお礼を言っていいのか・・・」
マティアスに絶体絶命の所を間一髪で救出された若い騎士は、ぐずぐずと涙を流しながら馬上でそうマティアスに礼を言った。
「北のお方よ、私からも礼を言います。よくぞあの崖をかけ降りて、私の大切な騎士を助けてくださった」
第7の隊長がマティアスに近づき、兜を脱いで深く頭を下げた。
「いえ、それよりも彼を早く治療魔法部隊の方に連れて行ってやってください。出血がひどい」
命は助かったとはいえ、魔獣に突かれたのだろうか。
若い騎士の脚からのひどい出血に、マティアスの顔は曇った。
この深手では今後、この若い男が騎士として再起できるかどうかは疑問だ。
なんとかスタンピートを平定したとはいえ、この第7要塞は今、目も当てられない惨状だ。
あちらこちらで忙しそうに、第1の治療魔法部隊の白い制服がかけまわっているのが見える。
「なんでお前があの場所でしっかり防衛していなかったんだ、お前の防御魔法が遅れたから・・!」
「なんだと、そもそも二年前に俺の母ちゃんの家が焼け落ちたのは・・!」
「この野郎、鳥型魔獣が襲いかかった時、俺を見捨てて逃げたな!!」
平和を取り戻したはずの要塞では、あちこちで醜い怒号の応酬と、醜い喧嘩がぼろぼろの負傷者達の間で発生している。
ダンダップがそっと、深い絶望で立ち尽くしている第7の隊長に近づいて、労わるようにポンポンと、その肩を叩いて言った。
「トルイ隊長。後で第6からリンゴ酒をもってこさせましょう。第7要塞の勝利をみんなで祝いましょう。今日だけは、めでたい日です。今後の全てはその後です。なあ、そうでしょう?」
「私がふがいないばかりに、この部隊はもう、全く統率が取れずに崩壊寸前です・・」
第7のトルイ隊長は薄く涙を目にためて、そう言った。
隊の隊長にとって、自分の隊とは自分の子供のように大切なものだという。
その大切な隊の隊員は度重なるスタンピートに傷ついて、憎しみいがみあって、ほとんど崩壊寸前なのだ。
トルイは戦死した父から隊長の座を引き継いで、まだ数年目の若い隊長だ。
父が生きていた頃の統率のとれた隊だった第7を思い出して、気が遠くなる。
マティアスは、ぐるりと要塞を見渡した。
前のスタンピートからの修繕がまだ終了していないのだろう。あちこちの壁はまだ修繕中の板が貼られたままだ。
(何としてでも、スタンピート多発の原因を突き止めなくては)
この砦の惨状は、要塞の防衛責任者であるマティアスの責任でもある。
マティアスはグッと唇を噛み締めると、第7要塞の物見の塔の上で力なくはためく、一枚の大きな旗に気がついた。
赤と黄金のその旗は、第7の軍旗だ。
ひどく薄汚れていて、そしてあちこち破れて傷だらけだが、とても古い、由緒のあるものらしい。
マティアスは思わずトルイ隊長にこう言いだしていた。
「トルイ隊長。必ずお返ししますので、あの旗を第6にしばらく持ち帰ってもよろしいでしょうか」
トルイは意外な申し出に、目をぱちぱちとしばたくと、
「・・あの古い旗ですか? ああ、あれは歴史のあるものだけれど、もうあんなにボロボロだから、さすがに新しいものに変える予定で、貴方が第6に持ち帰っても問題はないけれど、一体あの旗をどうするつもりですか?」
マティアスの横で、ダンダップは、ああ、と思い至ったらしい。ニコニコとマティアスの言葉を静かに聞いていた。
「北の軍の風習で、破れた軍旗を大切に繕うと、軍の団結がよくなるという迷信があるのです。差し出がましいようですが、第6にとても繕い物の上手な娘がいましてね。ゲン担ぎに、あの旗を繕ってもらったらと、そう」
そしてダンダップがマティアスの言葉を引き継いだ。
「トルイ隊長、あの旗は随分と古い、由緒のあるものの様子ですね。おそらくこの要塞で、長く大切にされてきた旗なのでしょう。確かにこのマティが言うように、うちの制服管理部に繕い物が上手な娘がいましてね。よかったら預からせてはもらえないでしょうか」
「・・ダンダップ隊長までそう言ってくださるのでしたら、もちろん喜んで。何せこの第7は、北の軍の迷信にも縋りたいほどに、崩壊していますから」
自虐的に第7の隊長はそう少し鼻しらんで、そして近くの騎士に命じた。
「おい、すまないがあの大旗を外してこちらの第6隊の英雄殿にお渡ししてくれ。後で第6が、勝利を祝ってリンゴ酒を振舞ってくれるそうだ」
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