対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

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メンダー

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(・・お父様にヤキが回っている事を祈る日がくるだなんて、世も末ね)

レナは、父からの緊急連絡を受け取った時、父の魔法の誤作動である事か、父が魔術師としてついにヤキが回った事を心から祈らざるを得なかった。
緊急通信魔術を受け取るは、これが初めてではない。だが緊急性によって着色できる魔力の色には細かい規定があるのだ。

(赤、だなんて。天変地異か開戦か、国王の崩御でしか使えない色よ)

他にも緊急招集の黄色、要人の到来などに関する緑など様々あるが、たとえ用を足している最中であっても、身なりも整えずにすぐに応答する必要がある色がこれだ。
王都の魔法塔の自室でシャワーを浴びていた最中のレナは、とりあえずバスタオルを身に纏うと、すぐに応答した。

レナはユールの姉で、王都の魔法軍に所属している高位魔術師だ。

ユールと同じく心理に関する魔術を得意とし、王家の「影」として様々な情報収集に暗躍している。
女性の魔術師の数は男性のそれと比べ、限られている。
女性にしか潜入が難しい場所などでの諜報活動がレナのもっぱらの仕事だ。

そんなレナに、父である王国筆頭魔術師からの魔術での「赤」の緊急連絡。

応答した魔術に呼応して、父の姿がゆらりと目の前に浮かび上がってくる。
数年ぶりに会う父だというのに、挨拶もなく、目の前の娘が明らかに風呂の最中で、バスタオル一枚で応答した事である事にも何も反応せずに、ただウルスはこうレナに告げた。

「レナ。第6要塞にメンダーが発生した。今ユールが拿捕している。お前には、すぐ第6に来てメンダーが生息していた巣を洗ってほしい。メンダーは若い女だ」

「お久しぶりねお父様、私シャワー中だったんだけど・・・って?? メンダーの発生? 嘘でしょう?? それにもし本当だとしてもユールにメンダーを拿捕って・・あの子では危険です、あの子はまだ禄な魔術も使えない子供です!」

乙女のシャワーを邪魔されて一言くらい父にまず文句を言ってやろうかと息巻いていたレナは、思わず巻いていたバスタオルを落としそうになった。
メンダーの発生、という言葉の重さはどの魔術師にとっても共通のものである。
そして、それは乙女のシャワーの終了よりも優先させるべきほど緊急の知らせである事はレナは十分に理解した。

(メンダーを、ユールが拿捕ですって・・狂気の沙汰だわ)

ユールも国の10指に入るほどの高位魔術師で、筆頭魔術師であるウルス魔法伯の後継として、血統、才能共に実に申し分のない。
だが、十二歳から王家直属の魔法軍に所属しているレナに言わせるとまだまだユールの実力など、子供の範疇を超えない。
そんなユールが天変地異に匹敵する天災である、メンダーの発生対応しているなど。
レナは動揺する。

ウルスはだが、こう答えた。

「レナ。ユールはマティアス様と一緒に第6で発生していた不可解な事項に、身分を隠して潜入調査を行っていたのだ。そこで無自覚のまま働いていたメンダーと懇意になったとがきっかけで、今回のメンダーの発生の発見につながった。メンダー本人は対人恐怖症らしい。知り合いであるユールであれば、おそらく刺激を与えず大人しく拿捕されるから、穏便に一人で拿捕させてほしいとユールからの依頼だ。ユールが拿捕に失敗したら私が責任を持って駆除する。レナ、転移魔法の使用許可を与える。すぐに第6に来い。作戦コードはシラチャ。命令だ」

「・・・御意」

レナはポタポタと己の髪から落ちてゆく水滴を見つめながら、それ以外に言葉が出なかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その次の二刻には、早くもレナは第6要塞に到着していた。

転移魔法は、高位魔術師の中でも使用できる魔術師は限られている。
そして使用許可を与えられるのは、王、宰相、そして筆頭魔術師であるウルスのみ。

レナは国政から派遣された、制服管理課の衛生に関する抜き打ちの定期調査だといって、第6の寮母に害虫検査師のバッチを見せると、人の良さそうな寮母はペラペラと話す。

「ああ、うちはドルマしか寮に住んでなくて、ハンザは実家からなんですよ。すぐドルマの部屋に案内しますね。うちのドルマは本当に良い子でね、対人恐怖症があるからいつも静かに部屋にいるだけで、お友達を呼んだりうるさくしたりしないし、門限を破ったりしないからそれだけで私としては助かってるんですけどね」

軍部の施設である事から、抜き打ちの検査には慣れているらしい。

尚作戦名シラチャ、はレナによる、抜き打ち検査の害虫検査員に扮した覆面調査のコードだ。
貴婦人の部屋や、古文書を扱う部署の部屋に潜り込む際によく使われる。

寮母は、検査対象が人畜無害なドルマである事にほっとしたらしくて口も軽やかだ。

「廊下のカーテンの裾だとか、ボタンが外れそうになっていた談話室のクッションのカバーだとかね、寮に外からの家族とかのお客さんがやってくる日が月に一度あるんですけど、その日が近づくと、いつの間にかね、丁寧な継ぎがされているんですよ。あの子は孤児だしね、対人恐怖があるから誰も面会日に面会には来ないけれど、みんなの事を思ってそっとそんな事をしてくれるような心優しい子でね」

「どうやって、その子が継ぎを当てたのかわかるんですか?この寮には100人近くの女性が住んでいますから、そのうちの誰かでは?」

寮母はおかしそうに笑って言った。

「レナさん、あなたは貴族ですから、継ぎなど当てたりした事はないでしょう? でもね、継ぎを当てたことがある人間ならすぐにわかりますよ。継ぎは面倒ですからね。こんな丁寧で親切な仕事はドルマ以外は決してしないんですよ」

そうやって、通りがかりのカーテンの裾をそっと引いて、愛おしそうに継ぎの跡を見せてくれた。
貴族のレナにはやはり、それがどんな意味を持っているのかはわからなかった。

「あの子はできるだけ誰にも気が付かれないように生きていますけどね、私らもそう扱っていますけどね、みんなあの子が優しい子なのは知ってますよ」

レナは適当に相槌をうちながら、ニコニコと、いかにも検査員といった真面目で体の人のよさそうな笑顔を絶やさずにいたが、心の中は別の事を考えていた。

(ふん、どうだか。対人恐怖の仮面をかぶっていれば、不必要に誰と接触する事もなく軍部の奥まで潜入しながら企みができる。何を考えてこんな所にメンダーが潜り込んでいたのか、私の魔術で暴いてみせるわ)

ごゆっくり、と寮母はドルマの部屋の前にレナを連れてゆくと、そう一言告げて去っていった。

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