対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

文字の大きさ
50 / 87
マティアス

しおりを挟む

(落雷か・・)

気候の厳しいこの辺境の地で、雷雨は珍しい事ではない。
だが、今日のこの暴風雨はこの辺境でも珍しい荒れ方だ。

雷が落ちるたびに、照明用の魔道具の魔力が反応して、灯りが揺れる。
目の前の塔は、蜃気楼のように遠くに見えたり、近くに現れたりと、マティアスの心を無意味に惑わせる。
霧の遠くで、赤い遠雷が黒い雷雲の間に音もなく光っている。

マティアスはここの所、全く眠れていない。
寝ても覚めてもドルマの事が思い出されて、胸が張り裂けそうになる。

(こんなに近くにいるのに、こんなに会いたいのに)

手元には、また王都からエベリン王女からの私信が来ていた。
なんとなく開ける気持ちになれなくて、もう2日もそのままにしている。

(元気にしているだろうか、心細くないだろうか、泣いていないだろうか)

食事もあまり摂れていない。
少しやつれた、とても情けない表情をした己の顔がガラスの窓に映っている。

(ドルマ・・ドルマ、君に会いたい。私は君に許されない事をしたというのに・・)

そんな中、マティアスの執務室のドアにノックの音がした。

「入れ」

気を取り直して次期辺境伯の顔を作り直すと、入ってきたのは、レナだった。

「マティアス様」

レナは臣下の礼を取ると、ツカツカとマティアスの机まで歩いて近づいて、机の上に置いておいたガラスの瓶を開けた。

「レナ?」

「マティアス様、ちょっとこれもらっていきます」

レナがヒョイヒョイ右手で摘んで左手の手のひらに乗せているそれは、マティアスが好んで書類仕事の間に食べている、紫の包紙のチョコレートだ。

「ああ、それは構わないが・・お前ダイエットだと大騒ぎしてなかった?」

レナは二股をかけられた男と別れてから、美容に開眼してしまい、今は美容の鬼と化しているのだ。

朝に飲む水は3日3夜浄化をかけた、月夜に水源から汲んだ水だの、サラマンダーの粘膜を精製した美容パックだの、ちょっと常軌を逸しているほどに美容に命をかけている中、今は肌に良くないとかで砂糖を一切摂取しておらず、レナは家族のお茶の時間すら干したクラーケンの内臓をかじっていて、非常に不気味だとユールから聞いたばかりだ。

レナはマティアスには興味がなさそうに、目も合わさずに答えた。

「ああ、これは私が食べる為のものではありません。ドルマにあげるのです」

ガタリとマティアスは、急な単語に思わず立ち上がる。

「色々研究を手伝ってもらってるので、何かお礼をさせて欲しいと言ったら、紫の包紙のチョコレートが欲しいっていうんですよ、あの子。いつも良くしてもらってる下働きの女達に配りたいんですってさ。後で店に注文書を出しますけど、とりあえず今すぐあの娘に食べさせる分をあげたいんですよ。いいですよね」

マティアスはレナの言葉に混乱して聞いた。

「レナ、ちょっと待ってくれ。・・もちろん構わないが、一体塔で何が起こっているんだ? なぜドルマがお前の研究を手伝っている? なぜ幽閉されているはずのドルマが、お礼の品を配りたいと思うほどに人と関わっているんだ? 教えてくれ」

レナがようやくマティアスの顔みて、口を開こうとした時、また執務室のドアがノックされた。
今度はお茶のセットをガラガラとカートに運んできたマティアスの侍女が二人入ってきた。
マティアスの前に紅茶のポットを持ってくると、先ほどのレナとの会話が聞こえていたのだろう。
侍女の一人がにっこりと笑ってマティアスに話しかけた。

「マティアス様。私達もよくドルマちゃんにはお世話になっていますよ。ここの第一の下働きの女はみんな世話になってるんじゃないですか?」

「な・・一体?? なぜお前達までドルマと??」

混乱して目を白黒させているマティアスがおかしかったのだろう。もう一人の侍女が、笑いながらレースのついた己の制服の袖口を見せた。

「ほら、マティアス様。私もここの部分を繕ってもらったんですよ。本当にあの娘の仕事は丁寧で、上手で」

「私が仕事でミスをしてしまって、侍女長に叱られて俯いて俯いている時も、この繕いされた部分を眺めていると、次からもっと頑張ろうっていう気になるんですよね。何せ私の仕事着なんかをこんなに宝物みたいに丁寧に繕ってもらっているんです。このドルマちゃんという子に、頑張れって私を励ましてもらっている気がして」

忙しなくガラス瓶からチョコレートをつまみながら、レナはやはりあまりマティアスに興味がなさそうに続けた。

「マティアス様、魔法塔の規則には反してないわよ。全部筆談でのやり取りだし、出てくるものも渡すものも、私がかけた検査魔法を通ったものだけよ」

もう一人の侍女も、さもおかしそうに続けた。

「レナ様がなんだかんだで一番ドルマちゃん位お世話になってますものね、ユール様なんて「ドルマちゃんは魔法伯家の幸運の女神だ」なんてドルマちゃんに言って、ドルマちゃんから「気持ち悪い」ってメモを書かれたばかりですよ。あれにはみんな笑いましたね」

(ユールまで・・)

マティアスの頭の中に、第6での暖かな光景が蘇る。
衝立の後ろにいるドルマと、仲間と、制服管理課での穏やかな交流の日々。

「そうそう。そうだったわね。あの時のユールの情けない顔ったらなかったわね!」

レナはその時の光景を思い出したらしい。クスクスと笑うと、ようやくマティアスに言った。

「ここの侍女やメイドの制服もそうなんだけど、塔にしまってほったらかしにしてるガラクタ達もドルマちゃんがヒマな時に繕ってもらってるの。あの娘はどんなものでも繕えるから。綻んでしまって失われた太古の魔法回路の復活とか、ともかく魔法伯家で手が及んでなかった宝物の管理にものすごく役に立ってもらってるのよ」

侍女達は楽しそうにレナとおしゃべりを続ける。

「下働きの女の子達からの依頼の繕い物もすごい量になってきてるし、ドルマちゃん、レナ様のお仕事と、最近ではウルス様まで平身低頭でドルマちゃんに色々と繕い物をお願いしてきて、塔の中でとても忙しいしんじゃないかしら」

(絶好調・・と聞いてはいたが)

「レナ様、今からドルマちゃんの所に差し入れですか? レナ様の化粧石鹸を注文された子が、ドルマちゃんにも同じものを差し入れたいと言って今石鹸を見張り兵に預かってもらってます。お手数ですけどそのチョコレートを差し入れるんでしたら、ついでに石鹸も検査魔法かけてもらえますか?」

「もちろんよ。でもあの石鹸はちょっと肌にきついのよね。ドルマちゃんのお肌の状態を見てから差し入れたいわね。対人恐怖でも幽閉でもどっちでもいいんだけど、顔の肌の状態をチェックできないのは本当に不便ね」

「ドルマちゃんの指先を見る限り、綺麗できめ細かいお肌ですよ。引きこもっているから真っ白だし、きっと綺麗なお肌の娘なんでしょうね」

「ええ、私移送の時に一緒だったけど、可愛い女の子よ。肌がきめ細かいし、ユールによると笑うとエクボもあるんだってさ」

マティアスの意識の遠くで和やかに女達が会話しているのが聞こえる。

(そうか・・元気にしているのか・・大事にしてもらっているのか・・私も、私もドルマと話がしたい・・私も、私も・・)

そして、視線を落とすと、そこにはまだ封すらを開けていないエベリン王女からの手紙が目に映った。

(・・・どの面下げて、だったな)

軽蔑したようなレナの眼差しが思い出された。

マティアスは、泣きたくなるような思いを胸に抱きながら、ガラスの瓶から一つ一つチョコレートをつまみ出しているレナの手を止めて、大きなガラスの瓶をそのまま丸ごとレナに手渡した。

(ドルマ・・ドルマ・・)


しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

処理中です...