対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

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秘密

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静かで、平和な幸せな塔の日々は、そう長くは続かなかった。

ここは辺境。辺境は、魔の森と接する荒涼とした土地。
魔の森からは、魔獣が発生する。
ここ辺境の最も重要な役割は、発生した魔獣の王国への侵入を食い止める防護壁である事だ。
平和なひと時は、この辺境にとり日常ではない。
小さな凪の時は、前触れもなく終わりの時を迎えようとしていた。

「今日のお茶はローズからの差し入れだ。ほらドルマ、見てごらん。お湯を注ぐと花が咲く。東の王宮で使う花茶だが、最近この辺境に咲く花を使って商品化できないかとローズが苦心してるんだよ」

【ローズ様は綺麗なものがお好きですね、この前も私にビーズで編んだバッグを下さいました】

ドルマはニコニコとメモをテーブルに出す。
まだ直接口をきくのは怖い。だが、こうして筆談であれば、おだやかな会話をヴァルクと交わせる。

「ああ、母は手芸が好きなんだよ。侍女たちほどではないが、君の針仕事にはいつも尊敬を払っている。侍女たちの間では、君の繕いの技術はほとんど師匠のような扱いだからね」

そう言って、嬉しそうにマティアスはドルマの頭に口づけを落とす。

3人で一緒に3階で静かにお茶を飲んでいたある日の穏やかな午前の事だ。
塔の外から大声を張り上げる騎士の声が、響き渡った。

「お館様! 一大事です! 第3でスタンピートが発生です!」

「なんだと・・またスタンピートだと?? これで第3のスタンピートは今年で8回目ではないか!!!」

ガタリ、と大きな音を立ててヴァルクは椅子から立ち上がった。

外からの大きな声と椅子の音に怯えたドルマは、すぐにマティアスの袖をつかんでマティアスの後ろで震えた。
だが、外からの大声は雷のように塔に次々と届いた。

「お館様!! 魔の森の瘴気の濃度が尋常ではない濃度に上がっています!」
「お館様、第2でもスタンピートが!!」
「マティアス様、今すぐに調査団が緊急でお目通りを!」

緊急事態だ。
空には黄色い魔力が西に東に行きかっている。通信魔術がこうも高速でやりとりされている。事態は深刻だ。
3階から大声で騎士団とやり取りをするヴァルクを置いて、怯えるドルマを抱きかかえたまま、マティアスは1階に走った。

「一体何事だ!」

マティアスは一階の鉄の扉の下にはいつくばって、扉の下のすきまから調査団との面会を図る。

そこには息もまだあらく整っていない、魔の森の調査団の責任者である魔術師がひれ伏していた。

「まま、ま。マティアス様、はあ、はあ、一刻の猶予もゆるされません、「穴」が発見されました」
「あ・・穴だと・・?」

調査団の長は、ようやく一息つくと、額の汗をぬぐいながら真剣なまなざしでマティアスに訴えた。

「魔の森の奥に、「穴」が確認されました。穴はもう、ひずみとなって魔の森全体に広がっています」
「何だと!!魔女達の動きは??」
「大魔女はすでに西に移動しています。他の魔女も湖や岩場に隠れて、魔の森の表層に姿を見せません。連中はこの穴の事を知っていたのでしょう。くそ、随分と準備がいい・・」

次期辺境伯を前に、調査団長は苛立ちを取りつくう事すらできない様子だ。

穴。
それは魔の森に発生する時空の割れ目だ。
割れ目からは瘴気がこぼれ、瘴気が沈殿すると物質となる。瘴気の影響を強く受けた森の生き物は魔獣となり、濃い瘴気の中から発生した物質から、魔物が誕生する。

大きな魔物が大がかりな魔術を展開した際の空間の傷や、大きな竜の誕生時、封じていた封印を解く際などに時空の割れ目が発生する。穴が発生したらすぐにどんな小さな穴でも神殿から大神官や聖女が駆けつけて神力で穴をふさぐ。穴の発見が遅れると、大事になる。
穴が開き続けると、穴の向こうから魔族が侵入してくると言われている。
魔族は一体で、王国一つを壊滅させるほどの大きな力を持つ、邪悪な生き物だ。

その次の瞬間、砂埃が舞って、一瞬マティアスの視界が白くなった。

「マティアス様! 穴から、魔獣の群れが!!!スタンピートが、ここ第一に一斉に向かっています!!」

次に響き渡った声はマティアスの率いる第一騎士団の騎士の声だった。
マティアスは次々に襲い掛かってくる悪い知らせに、石だたみの床を拳で殴りつけた。

「くそ!!」
「我々は今すぐに鎮圧に向かいます!どうぞここでお館様と待機してください!」

騎士団は一斉にマティアスに向かい騎士の礼をすると、馬のひずめの音も高らかに、大軍が息をつく暇もなく一斉に砦に向かっていった。

(これほどのひずめの音・・つまり、これは総軍・・)

「マティアス様、そんな所で床にはりついてないで、体を起こしてください」

茫然とひずめの音が遠のいてゆくのを聞いていたマティアスの耳に、聞きなれた声が届く。
マティアスの代わりに第一の総隊長を務めるカイルの声だった。

「カイル、第一が総軍が出立とは、一体スタンピートの規模はどうなっている? 同時発生で第3にもスタンピートとは、一体なぜだ?一体どれほどの穴が開いているというのだ!!」

ダン、とマティアスはまた石の床を殴りつけた。

「・・穴は、魔の森の渓谷の奥の、岩場の奥に発見されました。第11砦の大滝の裏側です。あれほどの滝の裏、監視魔術が通る事のできる枠から超えていました。もう穴は手の施しようもありません」

今度マティアスの元に届いた声は、ユールの声だ。

「・・・ユール。ではこの第一は、もう終わりだと、そういうのか」

「第一だけではありません。300年前、王国全土が焼け野原になったスタンピートと同じ規模です。今、辺境の全住民に避難勧告を出しています。大聖女の結界が魔の森からの大型魔獣の侵入を阻止していますが、あまりの魔獣の量に綻びが生じはじめています。これ以上の綻びが広がると、結界は破れます。今大神官が結界の綻びを対応していますが、これ以上は・・」

王国の歴史上、この規模のスタンピートは二度、発生した。
いずれの際も、王国は焦土となり、全人口の三分の一が、空に還った。

「・・せめて、この塔から出る事ができれば、私もこの王国の守護なる雪豹として、魔獣を一体でも多く屠り、この命を散らす事ができただろう・・くそ、くそう!!!」

伝令の早馬のけたたましいいななきが続いた。

「お館様、マティアス様!!! ローズ様が!」

「母に何があった!!」

「救護院にむかわれていたお方様の馬車に、羽型の魔獣の襲来、侍女と共に負傷されました!!」

次々に襲い掛かる報せに、マティアスは膝をついた。

(この為に、エベリン王女の降嫁を願ってきたが・・たった一人の光魔法の遣い手を辺境にお呼びした所で、焼石に水であったという事か)

まだ幼さの残る天真爛漫な王女一人に、この王国の歴史上大災害に匹敵する「穴」に一人で対峙させようとしていたのだ。
マティアスは己の考えの甘さと無責任さに、乾いた笑いを浮かべた。

「・・・マティアス様。結界を繕って、魔の森の穴を、閉じれば、よいのですね」

マティアスの胸に大切に抱えられいたドルマが、蚊の鳴くような声でそっとそう聞いた。

「ドルマ、何を言っている・・?」

思いつめたように己の膝の上で拳を握りしめているドルマの顔を見て、マティアスははっとした。
ドルマの能力であれば、結界を閉じる事ができるかもしれない。
魔の森に発生した綻びを、「穴」を繕う事ができるのかも、しれない。だが。

「ドルマ・・・危険だ。それにこの塔から君は出る事ができない。ユールの命を媒介に、このには塔は錠が下ろされているんだ」

そしてドルマはゆっくりと顔をあげると、悲しそうに言った。

「マティアス様。私、本当はここから出る事ができるのです。でも、私はずっとここに居たかった。外に出ずに閉じ込められていたかった。でも私が寂しかったから、マティアス様にもここに居て欲しかったから、私はマティアス様を塔から出さなかったの。ごめんなさい。本当にごめんなさい」


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