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プロローグ

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 豪華絢爛と言うに相応しいきらびやかな部屋の中で一人の青年が頭を抱える。うつむきかげんになり、さらりと流れた銀の髪は月明かりにキラリと煌めき、その銀を白い指が荒々しく握り込む様でさえ絵画の様であった。


 憂いげに伏せられ長い睫毛に隠された瞳は、澄んだ海を思わせるような深い蒼色。僅かに開いた形の良い唇から、深く長いため息がこぼれ落ちる。神が作り出したとしか思えないような完璧な美貌を歪めなにかを思案する青年は、突然立ち上がると座っていた椅子を倒したことも気に掛けず、部屋の隅へと向かう。広い部屋の隅に置かれ、ひと際存在感を放つそれ・・の布を取り払うと大きな姿見が姿を現す。露になった鏡面は当然自分の姿を映し出し、鏡の中から美しい人間が青年のことを見返す。その冗談のように整った容姿にまるで癇癪を起こしたかのように手を振り上げ、鏡に届く寸前でピタリと止める。はたから見れば気を違えたと思われるであろうことは本人にもわかっていた。曇り一つ、埃一つなく手入れの行き届いた鏡を親の敵でも見るような表情で睨みつけ苛立ちを露わに肩を震わせるのは、カルテリア王国第二王子フォルティア・スカルノート・カルテリア。


 王族で唯一の銀髪と母親譲りの端麗な顔立ち、齢16にして優れた魔法知識と希少な能力を持つ。側室の子でありながら、その優秀さには目を瞠るものがあり、同年代のものとは一線を画す存在であった。高慢で、自分よりも格下と思う相手とは関係を持ちたがらない性格が玉に瑕だが、それを引いても余るほどの優秀さがフォルティアにはあった。


 そんなフォルティアであったがここ数日の彼は部屋を出ることすらせず、使用人の一人も部屋に入れることなく、ただひたすら部屋に籠もって書物を読み込むことに耽っていた。それが要らぬ噂を引き寄せていることを本人は知る由もない。




「っ、ざけんなよあの糞餓鬼。なぁにが、好きに生きろだっつうの!」




 美しい容姿に似合わない暴言を吐くフォルティアは、この上なく苛立っていた。自分をフォルティアに仕立て・・・この世界に放り出した挙げ句トンズラした本来のこの体の主に。どうにかして呼び出し、元に戻せと怒鳴りたいところだが事の発端となった"鏡"は我関せずと言ったふうに、うんともすんとも言わない。怒りをぶつける相手はこの場所にはおらず、腹立たしげに舌打つ。





 窓際に置かれた棚には、この世界、王国内における一般常識、基礎知識、フォルティアの経歴、家族構成、主要な交流関係と重要人物。加えて、フォルティアの行動パターンまで……ありとあらゆることが詳細かつ分かりやすく示された書面が高く積み上がっていた。憎らしいほど分かりやすい説明書のおかげで、なんの知識も持たない人間がほんの数日部屋に籠もって書類を読み漁るだけで、フォルティアがどういった人物であるかを大まかに把握する事ができた。







「あと、一月。うまく演じ切って俺は絶対自由になってやる」







 フォルティアが片手に握り込み、くしゃくしゃになった紙束には『王城脱出計画書』の文字。今のフォルティアには腹立たしいことではあったがこの計画書も、この体の本来の持ち主が作成したもので、素人目から見てもよくできていると言っていいだろう。ようはこれを使って城を抜け出せということらしい。決行日は一ヶ月先の建国祭。





 世界の王子の都合に巻き込まれた男、数々の理不尽に見舞われながらもここに奮起する。
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