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3:従者と打ち解けるだけの簡単なお仕事です[1]

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矢張りというべきか、あれからルシウスに呼び出されることは何度かあり、部屋に行く度に多かれ少なかれ手を上げられた。殴られる程度ならまだいい方で機嫌次第では首を締められたり斬り付けられたりするものだから、たまったものではない。


初日ほど酷い傷を負うことはなかったが、部屋に行けば薄気味悪い言葉とともに陰湿に痛めつけられる。そんなことを繰り返されれば当然、部屋に呼ばれることが億劫で仕方なくなったものの、行かなければ行かなかったで後々面倒なことになると分かっていたし、何よりもまたあの男に殺されかけるのではないかという恐怖心の方が勝っていたため、結局は呼び出しに応じるしかなかった。生傷が絶えないおかげでずいぶんと治癒魔法が上達したように思える。全く感謝をするつもりはないが。



それから、どういった風の吹き回しかは分からなかいがローランが甲斐甲斐しく世話を焼いてくるようになった。どうやらフォルティアの周りにいる使用人たちはフォルティアがルシウスからどういった扱いを受けているのか知っていたようで、大多数が腫れ物を扱うかのように近寄ろうとしてこない。





しかしローランだけは違っていた。彼はフォルティアがルシウスの元で折檻と言う名の暴行を受けている間も部屋の外でずっと待機しており、足元をふらつかせるフォルティアをいつも部屋へ送り届けてくれていた。



加えて食事を持ってきてくれるのはもちろんのこと、着替えやら入浴やらも手伝うと言って聞かなかったのだ。これにはさすがに困り果てた。風呂やトイレにまで付いてこようとするものだから流石に断ったが、それ以外のお節介は取り敢えず全て受け入れた。









ある程度状況が落ち着いて来ると、自分の周りを観察する余裕も出てきて、そうなると必然的に思考が向かうのは現状において交流の機会が多い、ルシウスとローランについて。


ローランの年齢は二十代手前といったところだろうか。背丈はフォルティアより頭一つ分高いくらいで、細身ではあるが決して弱々しい印象を受けるような体つきではない。黒髪の短髪をしていて、やや長めの前髪から覗く瞳の色は青みを帯びた灰色をしている。顔立ちは非常に整っていて美形という言葉がよく似合う、端的に言えばイケメンという部類なのだろうと思う。


ただ、彼はどうやら表情筋がほとんど機能していないようで四六時中無愛想に見えてしまうのが難点で。だから彼が何を考えているのかいまいち掴めないし、時折見せる感情のない冷たい視線は何とかしてほしい。


とはいえ、この城にいる誰よりも優しく接してくれているのは間違いなく彼だった。


正直なところローランが傍にいたおかげでどれだけ救われたことか分からない。第一に、いくらフォルティア当人が必要な準備を全て済ませているとはいえ、全く知らない人間になり過すのは容易なことではない。実際何度かヘタを踏んで危うく正体がバレかけた時もあったが、そんな時彼はさりげなく助け舟を出してくれていた。一度なら偶然として片付けただろうが、そういった場面は何度かあった。





そこから推測するに、おそらく自分が偽物だとバレている。少なくともローランには。








***


「―――」


「…………」



フォルティアの部屋にあるテーブルを挟んで向かい合いながら椅子に座っている二人だったが、先程から会話らしい会話は一切していなかった


ローランは口数が多い方ではないし、フォルティア自身も何か話題を振るような性格ではないため沈黙が続くことはままあったが、今回のこの沈黙は少々事情が異なる。




____何故こんな事態になっているのかと言えば、それは少し前に遡る。




朝食を終えてから少ししてのことだった。フォルティアが自室で寛いでいると扉がノックされた。返事をして入室を促すと入ってきたのはローランで、何やら話があるとのこと。いよいよ成り代わっていることについて言及されるのかと身構えていれば、彼が口にしたのは思いもよらないことだった。



『ルシウス様のお部屋には、もう行かないでください』



思わず耳を疑った。まさかそんなことを言い出すとは思わなかったからだ。



ローラン曰く、フォルティアの世話係を任されていながらルシウスに逆らえないでいる自分が情けないのだという。主人を守れないと責を感じている様子で、確かに彼の言うことも一理あるが、そもそもローランの立場では逆らうことができないのは当たり前だし、それを責めるつもりはない。それに本物のフォルティアならともかく、現在のフォルティアに世話係なんてものは本来必要ないのだ。余計な気は使わなくて良いと伝えたのだが、それでも彼は頑として譲らなかった。




そして話は冒頭に戻る。




「……さっきも言ったけど、それは無理だ。呼び出されてる以上、拒めば余計面倒になる」


「殿下のことは自分がお守りいたします」


相変わらずの仏頂面でこちらを見つめてくる彼に、フォルティアは小さく溜息をつく。この生産性のない時間は一体いつまで続くのだろうか。別にこのまま放っておいても良いのだが、それだときっと彼はずっと気に病むことになるだろう。出来ればこの機会に余計な気を揉まなくて良いと伝えておきたい。


「守ると言われても、私は既に自分の身を守る術を持っている。それをしないのは単にデメリットが大きいからに過ぎない。兄上に逆らうような言動は控えろ、身を滅ぼすぞ」


恐らくはこちらの身を案じて発されであろう言葉に対して、フォルティアはあえて冷たく突き放した。これ以上彼を悩ませるわけにはいかないと思ったからこその処置だ。



「自分は大丈夫です。鍛えておりますから。それよりも、殿下が傷つく方が問題なのです」


その声は真剣そのもので、彼が本気でそう言っていることが嫌でも伝わってきた。ここまでされると罪悪感が半端ない。しかし今更撤回などできるはずもないし、何より厄介事になったとき、火の粉は自分にも降り掛かってくるだろうことは明白だ。


「……あのな。私だって好きで痛い思いをしているわけじゃないんだ。君が心配するようなことは何もないから安心しろ。では、そういうことで」


これ以上話すことはないと判断してフォルティアは席を立つ。しかし、


「待ってください!」


彼はフォルティアの腕を掴んだ。


「まだ話は終わっておりません」


「しつこいな……。君の気持ちは分かったが、この件に関しては私が折れることは絶対にあり得ない。諦めてくれないか?」


苛立ち混じりにそう告げると、ローランは顔を伏せた。彼には悪いが、これ以上付き合ってはいられない。そう思い腕を振り解こうとした時だった。
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