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閑話 かわいいおとうと [2/2]
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フォルティアは優しく素直な性格で、弟と妹に好かれているのは勿論、両陛下、使用人に至るまで城に関わるすべての人に愛されていた。フォルティアは社交的かつ好奇心旺盛で、まさに愛されるために生まれてきたようなそんな存在。身分の差を気にすることなく誰に対しても分け隔てなく接し、笑顔を絶やさないその姿に皆が惹かれた。
そんなフォルティアが、いつも自分の後ろ雛鳥のように付いて歩き『にいさま、にいさま』と鳴き声を発していた可愛い可愛いあの子が、自分に拒絶されたショックで立ち竦んでいた姿を初めて目にしたときは流石に胸を痛めたが、同時に妙な高揚感が全身を包んだことを覚えている。
王城に戻ってしばらくした頃、執務を終え部屋に戻ろうと足を向けるとなぜか開いた自室の扉が目に入った。なんだろうと首を傾げながら部屋の扉を開けるとそこには、今にも泣き出しそうな顔をして俯くフォルティアの姿。
「……どうかした?」
勝手に部屋に入った事自体を咎めるつもりは無かった為、なるべく優しく問いかけると、フォルティアは堰を切ったようにボロボロと涙をこぼしながら、
「ごめんなさい」
と謝ってきた。
「どうして謝るんだ?私は別に怒ってなどいないよ」
しゃがみ込み、目線を合わせて頭を撫でてやる。すると、ぽつりと言葉を漏らす。
「だって……私……兄様に嫌われてしまって……」
しゃくり上げながらも必死に伝えようとするその姿に、ルシウスは思わずその身体を抱き寄せた。自分の気まぐれで、下らない嫉妬心のせいでこんなにも傷ついて涙を流す目の前の生き物がたまらなく可愛らしい。
「大丈夫、嫌いになんかならないよ。安心して。かわいいティア。お前は僕の自慢の弟だよ。__あぁ、そうだ。今日は久しぶりに一緒に寝ようか。お前の好きそうな本を見つけたんだ、読んであげよう」
柔らかい銀糸をよけ、額にキスをしてやれば途端にパァっと花咲くような笑顔を見せる。
ああ、やっぱりかわいい。心の底から思う。この子は絶対に守ってあげなければ。
敢えて優しく接する日と意図的に冷たくあしらう日を作る。そうするとしばらくもしないうちにあの子はこちらの顔色を伺うようになった。少し距離を置いた方があの子は追い掛けてくるだろうと思ってのことだったが、予想以上の効果だった。自分に嫌われまいと必死になる姿は見ていてとても気分が良い。そしてその分自分が構ってやれば嬉しそうにする。それがまたかわいくて仕方がない。
__これでもう、僕なしでは生きていけないね。
***
ある日、母に呼び出された。
「……近いうちにきっと、貴方とフォルティアは王位を巡って対立することになるわ。今はまだ、なんとか火消しをしているけど、……覚悟はしておきなさい」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。そして、すぐに理解する。
その日から、どうやって生きればいいのか分からなくなってしまった。実力はともかく、才能と今後の伸びしろを考えるのなら後継となるべきは間違いなく弟のフォルティア。自分ではない。それなのに、何故わざわざ自分を後継者に仕立て上げる必要がある? そもそも、自分は王位なんて継ぎたいと思ったことはない。けれど、フォルティアを王にするのも嫌だ。あの子にそんな地位は必要ない。ただ自分の傍に居てくれるだけでいいのだ。
ではどうすれば良い?王になりたいわけでもないのに、弟にその地位を譲るのはどうしても許せない。でもだからといって自分が王として君臨し、弟を何処ぞの貴族と結婚させるのも嫌だ。じゃあどうするか……。
いつの間にか回想に浸っていたようで、気が付けばちょうどフォルティアの部屋の前を通るところだった。中からは侍女たちの声が聞こえてくる。
「フォルティア様、そんなに泣いてはいけませんわ。ルシウス様に嫌われてしまいますよ」
こんなにも愛しているのに、この拒絶だってフォルティアを愛しているがゆえの行動。こんなにも大事にしているのに、なぜ何も知らない侍女風情にそんなことを言われなければならない?
侍女の言葉にそんなわけがないと怒りが湧いた。そんなことで自分がフォルティアを嫌いになるがない。むしろもっと泣けばいいと思っているくらいだというのに。
扉の向こうで、泣き声が聞こえる。
「兄様は、優しい方です。それなのに、私は……、お兄様は、わたしのこと……、き、嫌いになってしまわれたのかなぁ」
そう言って泣き続けるフォルティアの声を聞きながら、ルシウスは呆然と立ち尽くしていた。
ああ、そうか。そういうことか。
全てを理解し、ルシウスは歓喜に歪む口元を押さえた。
可愛い。あんなにも慕ってくれていた弟が自分のことでいっぱいになっていると思うだけでゾクゾクとした快感を覚える。もっと、困らせてしまいたい。泣かせてやりたい。絶望に顔を染めるあの子が見たい。
___これは、きっと恋だ。
気づいてしまえば簡単だった。
自分は弟に恋をしていたのだ。
気付いたと同時に抑えきれない衝動が湧き上がる。
あの子を自分のものにしたい。誰にも渡したくない。
だから、思ってしまった。
優しいこの子の性根を塗り替えてやろうと。誰にでも好かれる性格を壊して孤立したところをずっと自分だけが愛してあげればいい。その日からルシウスは少しずつ少しずつ、フォルティアの性格を捻じ曲げていった。時には弱い洗脳魔法と、ちょっとした薬を使いながら素直で無邪気で純粋な生来の性格を、ルシウスの理想通りの王子に仕立て上げた。最初はうまくいかなかったが、フォルティアが成長するにつれてそれは着々と実を結んでいった。
そうして出来上がったのが高慢で、他者を見下すフォルティアという人間である。
__しかし、まだ足りない。
フォルティアは自分に好意を寄せている。それは間違いない。だが、それだけではダメなのだ。
そして遂には、フォルティアがルシウスから逃げ出さぬよう、自分の意思でルシウスに寄り添うよう仕向けた。必要なら暴力も厭わない。兄である自分の言う事を守れるようになるまで何度も何度も教育したし、フォルティアに余計なことを吹き込みそうな人間はみんな排除してやった。
きっとあの子は気付いているだろう。けれどもう逃げられない、逃さない。
分かっている、自分はこの子を手放せないと。フォルティアは自分のものだ。
誰にも渡さない。
渡すものか。
あの子が他の人間を愛することなど、決して許しはしない。
そんなフォルティアが、いつも自分の後ろ雛鳥のように付いて歩き『にいさま、にいさま』と鳴き声を発していた可愛い可愛いあの子が、自分に拒絶されたショックで立ち竦んでいた姿を初めて目にしたときは流石に胸を痛めたが、同時に妙な高揚感が全身を包んだことを覚えている。
王城に戻ってしばらくした頃、執務を終え部屋に戻ろうと足を向けるとなぜか開いた自室の扉が目に入った。なんだろうと首を傾げながら部屋の扉を開けるとそこには、今にも泣き出しそうな顔をして俯くフォルティアの姿。
「……どうかした?」
勝手に部屋に入った事自体を咎めるつもりは無かった為、なるべく優しく問いかけると、フォルティアは堰を切ったようにボロボロと涙をこぼしながら、
「ごめんなさい」
と謝ってきた。
「どうして謝るんだ?私は別に怒ってなどいないよ」
しゃがみ込み、目線を合わせて頭を撫でてやる。すると、ぽつりと言葉を漏らす。
「だって……私……兄様に嫌われてしまって……」
しゃくり上げながらも必死に伝えようとするその姿に、ルシウスは思わずその身体を抱き寄せた。自分の気まぐれで、下らない嫉妬心のせいでこんなにも傷ついて涙を流す目の前の生き物がたまらなく可愛らしい。
「大丈夫、嫌いになんかならないよ。安心して。かわいいティア。お前は僕の自慢の弟だよ。__あぁ、そうだ。今日は久しぶりに一緒に寝ようか。お前の好きそうな本を見つけたんだ、読んであげよう」
柔らかい銀糸をよけ、額にキスをしてやれば途端にパァっと花咲くような笑顔を見せる。
ああ、やっぱりかわいい。心の底から思う。この子は絶対に守ってあげなければ。
敢えて優しく接する日と意図的に冷たくあしらう日を作る。そうするとしばらくもしないうちにあの子はこちらの顔色を伺うようになった。少し距離を置いた方があの子は追い掛けてくるだろうと思ってのことだったが、予想以上の効果だった。自分に嫌われまいと必死になる姿は見ていてとても気分が良い。そしてその分自分が構ってやれば嬉しそうにする。それがまたかわいくて仕方がない。
__これでもう、僕なしでは生きていけないね。
***
ある日、母に呼び出された。
「……近いうちにきっと、貴方とフォルティアは王位を巡って対立することになるわ。今はまだ、なんとか火消しをしているけど、……覚悟はしておきなさい」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。そして、すぐに理解する。
その日から、どうやって生きればいいのか分からなくなってしまった。実力はともかく、才能と今後の伸びしろを考えるのなら後継となるべきは間違いなく弟のフォルティア。自分ではない。それなのに、何故わざわざ自分を後継者に仕立て上げる必要がある? そもそも、自分は王位なんて継ぎたいと思ったことはない。けれど、フォルティアを王にするのも嫌だ。あの子にそんな地位は必要ない。ただ自分の傍に居てくれるだけでいいのだ。
ではどうすれば良い?王になりたいわけでもないのに、弟にその地位を譲るのはどうしても許せない。でもだからといって自分が王として君臨し、弟を何処ぞの貴族と結婚させるのも嫌だ。じゃあどうするか……。
いつの間にか回想に浸っていたようで、気が付けばちょうどフォルティアの部屋の前を通るところだった。中からは侍女たちの声が聞こえてくる。
「フォルティア様、そんなに泣いてはいけませんわ。ルシウス様に嫌われてしまいますよ」
こんなにも愛しているのに、この拒絶だってフォルティアを愛しているがゆえの行動。こんなにも大事にしているのに、なぜ何も知らない侍女風情にそんなことを言われなければならない?
侍女の言葉にそんなわけがないと怒りが湧いた。そんなことで自分がフォルティアを嫌いになるがない。むしろもっと泣けばいいと思っているくらいだというのに。
扉の向こうで、泣き声が聞こえる。
「兄様は、優しい方です。それなのに、私は……、お兄様は、わたしのこと……、き、嫌いになってしまわれたのかなぁ」
そう言って泣き続けるフォルティアの声を聞きながら、ルシウスは呆然と立ち尽くしていた。
ああ、そうか。そういうことか。
全てを理解し、ルシウスは歓喜に歪む口元を押さえた。
可愛い。あんなにも慕ってくれていた弟が自分のことでいっぱいになっていると思うだけでゾクゾクとした快感を覚える。もっと、困らせてしまいたい。泣かせてやりたい。絶望に顔を染めるあの子が見たい。
___これは、きっと恋だ。
気づいてしまえば簡単だった。
自分は弟に恋をしていたのだ。
気付いたと同時に抑えきれない衝動が湧き上がる。
あの子を自分のものにしたい。誰にも渡したくない。
だから、思ってしまった。
優しいこの子の性根を塗り替えてやろうと。誰にでも好かれる性格を壊して孤立したところをずっと自分だけが愛してあげればいい。その日からルシウスは少しずつ少しずつ、フォルティアの性格を捻じ曲げていった。時には弱い洗脳魔法と、ちょっとした薬を使いながら素直で無邪気で純粋な生来の性格を、ルシウスの理想通りの王子に仕立て上げた。最初はうまくいかなかったが、フォルティアが成長するにつれてそれは着々と実を結んでいった。
そうして出来上がったのが高慢で、他者を見下すフォルティアという人間である。
__しかし、まだ足りない。
フォルティアは自分に好意を寄せている。それは間違いない。だが、それだけではダメなのだ。
そして遂には、フォルティアがルシウスから逃げ出さぬよう、自分の意思でルシウスに寄り添うよう仕向けた。必要なら暴力も厭わない。兄である自分の言う事を守れるようになるまで何度も何度も教育したし、フォルティアに余計なことを吹き込みそうな人間はみんな排除してやった。
きっとあの子は気付いているだろう。けれどもう逃げられない、逃さない。
分かっている、自分はこの子を手放せないと。フォルティアは自分のものだ。
誰にも渡さない。
渡すものか。
あの子が他の人間を愛することなど、決して許しはしない。
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