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閑話 かわいいおとうと [1/2]
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ただ、純粋に愛しているから守ってやりたい。それだけだ。
あの子が生まれた日を今でも覚えている。
待ちに待った初めての兄弟の誕生に居ても立っても居られず部屋を飛び出す。興奮状態で走り回るルシウスは苦笑いを浮かべた従者に手を引かれ、そこそこ広い部屋へと連れて行かれる。そこにはベッドの上に横たわる女性と傍らに立つ父がいた。
女性の傍で泣き声を上げている赤子の小さな手がちらりと見えた。その小さな生き物に触れてみたくてそちらに一目散に駆け寄るがベッドの高さもあって赤子の姿はよく見えない。一目見ようと爪先立ちでベッドにしがみついていると、父に抱き上げられそのままベッドの脇まで連れていかれた。
そこで初めて見た弟の姿は小さく頼りなく思えたが、しかしそんなことよりも自分が兄なのだという自覚の方が強く湧き上がる。この子にとって兄となる存在が自分だけなのだと思うと優越感のようなものすら感じた。それが少し恥ずかしくもあり、同時に誇らしくもあった。生まれたばかりの弟にそっと触れてみると柔らかな肌触りに感動を覚える。ふわふわとした温かな弟の身体はとても軽そうで、簡単に壊れてしまいそうで、そして何より可愛かった。
あまりの可愛さにぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるがぐっと堪える。桃色で柔らかな頬に恐る恐る触れてみると、更に大きな声で泣き出してしまい、このままでは折角生まれてきてくれたのにすぐに死んでしまうのではないかと心配になった。おろおろと両手を彷徨わせるルシウスに、父と女性は可笑しそうに笑うばかりで、不満に頬を膨らませたルシウスは直ぐに床に下ろされてしまった。
それから数日の間、母乳を飲む弟の姿を眺めるために毎日のように通い詰めた。ほんの少しの短い間腕に抱かせて貰った時には、その愛らしさに目尻が下がるばかりであった。早く大きくなって欲しいようなずっとこのままでいて欲しいような複雑な気持ちを抱きながら、ルシウスは弟の成長を見守り続けた。
しかし、そんな幸せな時間は長く続かない。
出産後の母体が弱っているせいか弟の母親の身体は日に日に衰弱していった。日に日に痩せ細っていく女性の姿と、その腕に抱かれる弟を見る度に胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
やがて、ベッドの上で起き上がれなくなった弟の母は静かに息を引き取った。
ついに母乳まで与えられなくなり悲しげに瞳を伏せる女性と、乳を求めて無く弟の姿が深く、深く心に刻みつけられた。
だが嘆いたところで何も変わらないことは幼いなりに理解していた。だからルシウスは赤子が寂しがらないようにそばに寄り添い、侍女が止めるのも聞かず毎日毎日赤子の側を離れなかった。それが面白くなかったのであろう自分の母親に怒られても懲りることなく毎日、時間の許す限り側にいた。そんなある日のこと。
いつも通り赤子に付きっ切りだったルシウスの元に父がやってきた。父は珍しく機嫌良さげに微笑むと、ルシウスの頭を撫でてこう言ったのだ。
──お前には大切な使命がある。いずれ王としてこの国を守っていく義務が。
まだ幼かったルシウスはその言葉を噛み砕くことができなかった。父の言っていることがよく分からず首を傾げるルシウスに、彼は続けてこう言い聞かせた。
──いずれ分かる時が来るだろう。それまでは勉学に励みなさい。そして、立派な王になりなさい。
齢四つの幼子にその言葉の真意は解らなかっただろうに、それはまるで呪いの言葉のようにルシウスの頭の中に深く、重く響き渡った。
____________________
さらさらで柔らかな銀色の髪。晴れ渡った天のような蒼い真ん丸な瞳。金の髪を持つ自分とはあまり似ていない容姿ではあったがそんなものは些細なことだった。4歳下のかわいい、弟。その事実にルシウスは満ち足りていた話しかけてみれば、返ってくる喃語に愛おしさを噛み締める。母親が違くとも、末永く支え合いたい。そう思ったのだ。
フォルティアが生まれた翌々年。もう一人弟が生まれた。自分と同じ金髪に、綺麗な紫色の瞳を持った赤子。その一年後には妹も生まれ、自分の後ろを付いて歩くフォルティアを連れ、連日のように弟妹の顔を見に行った。
その頃には、フォルティアに良い印象を抱いていなかったであろうルシウスの母親も段々とフォルティアを可愛がるようになっていた。手ずから食事を与え、髪色の違う幼子を抱き上げる姿は、実の母のそれと遜色ないものであった。
四人の子に囲まれ微笑む王妃の肖像は写したものが国中に飾られた。後継者争いで血を流すことの多かったこの国の歴史上で見ると、まさに異例と言えるほど穏やかな王族だった。
しかし、平穏な日々は長く続かなかった。
それは八歳になったばかりの頃。いつものように弟の部屋に行こうとしたところで突然現れた自分の側付きに腕を掴まれ、そのまま連れ出された。
何の説明もなく、馬車に乗せられ辿り着いた先は王都から少し離れた場所にある修道院。
そのまま、浮世からは一切隔離された生活が始まった。子供とは言え、王妃の庇護下を離れ少しずつ自立の道を歩むルシウスに伸し掛かったのは、次期国王として相応の素質を求める周囲の声だった。思い出すのは数年前、父である国王陛下から言われた言葉。
──お前には大切な使命がある。いずれ王としてこの国を守っていく義務が。
それからは昼夜問わず、読み書きに始まり、歴史や経済など、普通の貴族なら学ぶ機会のない事柄を只々只管に頭に詰め込まれる毎日。それから丸々4年間、ルシウスは勉学に励み、そして剣術を学び、己の力を高めた。愛おしい家族に会えないのが唯一の不満だったが、それももうすぐ解消されることだろう。王太子として相応しい能力を得たと認められればあの場所に帰ることができる。
あとはあの子を守れるだけの力があればそれでいい。
長い修道院生活を終え久しぶりに数年ぶりに自らの家族の元へと戻ってきたルシウスの目に入ったのは幼い3人の子供が身を寄せ合って笑い合う姿。見ないうちにすっかり大きくなっていた弟たちであったが、その面影は未だそのままで懐かしさに駆られるままそちらへ走り寄る。ルシウスが修道院送りになったとき、まだ物心のついていなかった三男と妹は近付いてきた自分に対して驚いて隠れてしまったが、あの子……フォルティアだけは大粒の涙を流しながら自分を迎えてくれた。
__ルシウスが修道院に行っていた間、王家に生まれた弟達には英才教育が施され各個がそれぞれに才能を伸ばしていた。自分のように隔離まではされずとも、魔法、剣術、勉学と。弟妹が次々に王族らしい華々しい功績を残していく。そんな中で、最も手厚い教育を受けたにも拘わらずルシウスにはこれと言って際立った才能が無かった。
勿論、ルシウス単体としての能力なら十二分に優秀だと言えるのだが、他の兄弟にはどう頑張っても及ばなかった。それは三人が異質な才能を持っていたことに起因していたが、それでも人並み外れたものがないというのはルシウスの心に影を落とした。
特にフォルティアには稀有な魔法の才能があった。このせいで今迄は心配されていなかった後継者争いの火種が小さく燻り始めた。口にこそ出さないもののルシウスの周りの人間が、フォルティアに対して露骨に媚びるような真似をしたことが酷く不愉快だった。どうやら自分でも気が付かない内にフォルティアに嫉妬していたらしい。
喉から手が出るほど欲しい才能を我がものとし、純粋に家族の愛情に浸っているその弟が愛しくも憎らしい。次第に王宮内での孤立を深めたルシウスは、やがてフォルティア冷たく当たるようになっていった。
あの子が生まれた日を今でも覚えている。
待ちに待った初めての兄弟の誕生に居ても立っても居られず部屋を飛び出す。興奮状態で走り回るルシウスは苦笑いを浮かべた従者に手を引かれ、そこそこ広い部屋へと連れて行かれる。そこにはベッドの上に横たわる女性と傍らに立つ父がいた。
女性の傍で泣き声を上げている赤子の小さな手がちらりと見えた。その小さな生き物に触れてみたくてそちらに一目散に駆け寄るがベッドの高さもあって赤子の姿はよく見えない。一目見ようと爪先立ちでベッドにしがみついていると、父に抱き上げられそのままベッドの脇まで連れていかれた。
そこで初めて見た弟の姿は小さく頼りなく思えたが、しかしそんなことよりも自分が兄なのだという自覚の方が強く湧き上がる。この子にとって兄となる存在が自分だけなのだと思うと優越感のようなものすら感じた。それが少し恥ずかしくもあり、同時に誇らしくもあった。生まれたばかりの弟にそっと触れてみると柔らかな肌触りに感動を覚える。ふわふわとした温かな弟の身体はとても軽そうで、簡単に壊れてしまいそうで、そして何より可愛かった。
あまりの可愛さにぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるがぐっと堪える。桃色で柔らかな頬に恐る恐る触れてみると、更に大きな声で泣き出してしまい、このままでは折角生まれてきてくれたのにすぐに死んでしまうのではないかと心配になった。おろおろと両手を彷徨わせるルシウスに、父と女性は可笑しそうに笑うばかりで、不満に頬を膨らませたルシウスは直ぐに床に下ろされてしまった。
それから数日の間、母乳を飲む弟の姿を眺めるために毎日のように通い詰めた。ほんの少しの短い間腕に抱かせて貰った時には、その愛らしさに目尻が下がるばかりであった。早く大きくなって欲しいようなずっとこのままでいて欲しいような複雑な気持ちを抱きながら、ルシウスは弟の成長を見守り続けた。
しかし、そんな幸せな時間は長く続かない。
出産後の母体が弱っているせいか弟の母親の身体は日に日に衰弱していった。日に日に痩せ細っていく女性の姿と、その腕に抱かれる弟を見る度に胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
やがて、ベッドの上で起き上がれなくなった弟の母は静かに息を引き取った。
ついに母乳まで与えられなくなり悲しげに瞳を伏せる女性と、乳を求めて無く弟の姿が深く、深く心に刻みつけられた。
だが嘆いたところで何も変わらないことは幼いなりに理解していた。だからルシウスは赤子が寂しがらないようにそばに寄り添い、侍女が止めるのも聞かず毎日毎日赤子の側を離れなかった。それが面白くなかったのであろう自分の母親に怒られても懲りることなく毎日、時間の許す限り側にいた。そんなある日のこと。
いつも通り赤子に付きっ切りだったルシウスの元に父がやってきた。父は珍しく機嫌良さげに微笑むと、ルシウスの頭を撫でてこう言ったのだ。
──お前には大切な使命がある。いずれ王としてこの国を守っていく義務が。
まだ幼かったルシウスはその言葉を噛み砕くことができなかった。父の言っていることがよく分からず首を傾げるルシウスに、彼は続けてこう言い聞かせた。
──いずれ分かる時が来るだろう。それまでは勉学に励みなさい。そして、立派な王になりなさい。
齢四つの幼子にその言葉の真意は解らなかっただろうに、それはまるで呪いの言葉のようにルシウスの頭の中に深く、重く響き渡った。
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さらさらで柔らかな銀色の髪。晴れ渡った天のような蒼い真ん丸な瞳。金の髪を持つ自分とはあまり似ていない容姿ではあったがそんなものは些細なことだった。4歳下のかわいい、弟。その事実にルシウスは満ち足りていた話しかけてみれば、返ってくる喃語に愛おしさを噛み締める。母親が違くとも、末永く支え合いたい。そう思ったのだ。
フォルティアが生まれた翌々年。もう一人弟が生まれた。自分と同じ金髪に、綺麗な紫色の瞳を持った赤子。その一年後には妹も生まれ、自分の後ろを付いて歩くフォルティアを連れ、連日のように弟妹の顔を見に行った。
その頃には、フォルティアに良い印象を抱いていなかったであろうルシウスの母親も段々とフォルティアを可愛がるようになっていた。手ずから食事を与え、髪色の違う幼子を抱き上げる姿は、実の母のそれと遜色ないものであった。
四人の子に囲まれ微笑む王妃の肖像は写したものが国中に飾られた。後継者争いで血を流すことの多かったこの国の歴史上で見ると、まさに異例と言えるほど穏やかな王族だった。
しかし、平穏な日々は長く続かなかった。
それは八歳になったばかりの頃。いつものように弟の部屋に行こうとしたところで突然現れた自分の側付きに腕を掴まれ、そのまま連れ出された。
何の説明もなく、馬車に乗せられ辿り着いた先は王都から少し離れた場所にある修道院。
そのまま、浮世からは一切隔離された生活が始まった。子供とは言え、王妃の庇護下を離れ少しずつ自立の道を歩むルシウスに伸し掛かったのは、次期国王として相応の素質を求める周囲の声だった。思い出すのは数年前、父である国王陛下から言われた言葉。
──お前には大切な使命がある。いずれ王としてこの国を守っていく義務が。
それからは昼夜問わず、読み書きに始まり、歴史や経済など、普通の貴族なら学ぶ機会のない事柄を只々只管に頭に詰め込まれる毎日。それから丸々4年間、ルシウスは勉学に励み、そして剣術を学び、己の力を高めた。愛おしい家族に会えないのが唯一の不満だったが、それももうすぐ解消されることだろう。王太子として相応しい能力を得たと認められればあの場所に帰ることができる。
あとはあの子を守れるだけの力があればそれでいい。
長い修道院生活を終え久しぶりに数年ぶりに自らの家族の元へと戻ってきたルシウスの目に入ったのは幼い3人の子供が身を寄せ合って笑い合う姿。見ないうちにすっかり大きくなっていた弟たちであったが、その面影は未だそのままで懐かしさに駆られるままそちらへ走り寄る。ルシウスが修道院送りになったとき、まだ物心のついていなかった三男と妹は近付いてきた自分に対して驚いて隠れてしまったが、あの子……フォルティアだけは大粒の涙を流しながら自分を迎えてくれた。
__ルシウスが修道院に行っていた間、王家に生まれた弟達には英才教育が施され各個がそれぞれに才能を伸ばしていた。自分のように隔離まではされずとも、魔法、剣術、勉学と。弟妹が次々に王族らしい華々しい功績を残していく。そんな中で、最も手厚い教育を受けたにも拘わらずルシウスにはこれと言って際立った才能が無かった。
勿論、ルシウス単体としての能力なら十二分に優秀だと言えるのだが、他の兄弟にはどう頑張っても及ばなかった。それは三人が異質な才能を持っていたことに起因していたが、それでも人並み外れたものがないというのはルシウスの心に影を落とした。
特にフォルティアには稀有な魔法の才能があった。このせいで今迄は心配されていなかった後継者争いの火種が小さく燻り始めた。口にこそ出さないもののルシウスの周りの人間が、フォルティアに対して露骨に媚びるような真似をしたことが酷く不愉快だった。どうやら自分でも気が付かない内にフォルティアに嫉妬していたらしい。
喉から手が出るほど欲しい才能を我がものとし、純粋に家族の愛情に浸っているその弟が愛しくも憎らしい。次第に王宮内での孤立を深めたルシウスは、やがてフォルティア冷たく当たるようになっていった。
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