異世界で王子様の代わりを務めるだけの簡単なお仕事です

豆野 豆助

文字の大きさ
12 / 21

閑話 かわいいおとうと [1/2]

しおりを挟む
ただ、純粋に愛しているから守ってやりたい。それだけだ。




あの子が生まれた日を今でも覚えている。


待ちに待った初めての兄弟の誕生に居ても立っても居られず部屋を飛び出す。興奮状態で走り回るルシウスは苦笑いを浮かべた従者に手を引かれ、そこそこ広い部屋へと連れて行かれる。そこにはベッドの上に横たわる女性と傍らに立つ父がいた。


女性の傍で泣き声を上げている赤子の小さな手がちらりと見えた。その小さな生き物に触れてみたくてそちらに一目散に駆け寄るがベッドの高さもあって赤子の姿はよく見えない。一目見ようと爪先立ちでベッドにしがみついていると、父に抱き上げられそのままベッドの脇まで連れていかれた。



そこで初めて見た弟の姿は小さく頼りなく思えたが、しかしそんなことよりも自分が兄なのだという自覚の方が強く湧き上がる。この子にとって兄となる存在が自分だけなのだと思うと優越感のようなものすら感じた。それが少し恥ずかしくもあり、同時に誇らしくもあった。生まれたばかりの弟にそっと触れてみると柔らかな肌触りに感動を覚える。ふわふわとした温かな弟の身体はとても軽そうで、簡単に壊れてしまいそうで、そして何より可愛かった。


あまりの可愛さにぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるがぐっと堪える。桃色で柔らかな頬に恐る恐る触れてみると、更に大きな声で泣き出してしまい、このままでは折角生まれてきてくれたのにすぐに死んでしまうのではないかと心配になった。おろおろと両手を彷徨わせるルシウスに、父と女性は可笑しそうに笑うばかりで、不満に頬を膨らませたルシウスは直ぐに床に下ろされてしまった。


それから数日の間、母乳を飲む弟の姿を眺めるために毎日のように通い詰めた。ほんの少しの短い間腕に抱かせて貰った時には、その愛らしさに目尻が下がるばかりであった。早く大きくなって欲しいようなずっとこのままでいて欲しいような複雑な気持ちを抱きながら、ルシウスは弟の成長を見守り続けた。


しかし、そんな幸せな時間は長く続かない。
出産後の母体が弱っているせいか弟の母親の身体は日に日に衰弱していった。日に日に痩せ細っていく女性の姿と、その腕に抱かれる弟を見る度に胸の奥が締めつけられるように痛んだ。



やがて、ベッドの上で起き上がれなくなった弟の母は静かに息を引き取った。
ついに母乳まで与えられなくなり悲しげに瞳を伏せる女性と、乳を求めて無く弟の姿が深く、深く心に刻みつけられた。



だが嘆いたところで何も変わらないことは幼いなりに理解していた。だからルシウスは赤子が寂しがらないようにそばに寄り添い、侍女が止めるのも聞かず毎日毎日赤子の側を離れなかった。それが面白くなかったのであろう自分の母親に怒られても懲りることなく毎日、時間の許す限り側にいた。そんなある日のこと。



いつも通り赤子に付きっ切りだったルシウスの元に父がやってきた。父は珍しく機嫌良さげに微笑むと、ルシウスの頭を撫でてこう言ったのだ。


──お前には大切な使命がある。いずれ王としてこの国を守っていく義務が。


まだ幼かったルシウスはその言葉を噛み砕くことができなかった。父の言っていることがよく分からず首を傾げるルシウスに、彼は続けてこう言い聞かせた。


──いずれ分かる時が来るだろう。それまでは勉学に励みなさい。そして、立派な王になりなさい。



齢四つの幼子にその言葉の真意は解らなかっただろうに、それはまるで呪いの言葉のようにルシウスの頭の中に深く、重く響き渡った。











____________________




さらさらで柔らかな銀色の髪。晴れ渡った天のような蒼い真ん丸な瞳。金の髪を持つ自分とはあまり似ていない容姿ではあったがそんなものは些細なことだった。4歳下のかわいい、弟。その事実にルシウスは満ち足りていた話しかけてみれば、返ってくる喃語に愛おしさを噛み締める。母親が違くとも、末永く支え合いたい。そう思ったのだ。



フォルティアが生まれた翌々年。もう一人弟が生まれた。自分と同じ金髪に、綺麗な紫色の瞳を持った赤子。その一年後には妹も生まれ、自分の後ろを付いて歩くフォルティアを連れ、連日のように弟妹の顔を見に行った。



その頃には、フォルティアに良い印象を抱いていなかったであろうルシウスの母親も段々とフォルティアを可愛がるようになっていた。手ずから食事を与え、髪色の違う幼子を抱き上げる姿は、実の母のそれと遜色ないものであった。



四人の子に囲まれ微笑む王妃の肖像は写したものが国中に飾られた。後継者争いで血を流すことの多かったこの国の歴史上で見ると、まさに異例と言えるほど穏やかな王族だった。


しかし、平穏な日々は長く続かなかった。
それは八歳になったばかりの頃。いつものように弟の部屋に行こうとしたところで突然現れた自分の側付きに腕を掴まれ、そのまま連れ出された。


何の説明もなく、馬車に乗せられ辿り着いた先は王都から少し離れた場所にある修道院。


そのまま、浮世からは一切隔離された生活が始まった。子供とは言え、王妃の庇護下を離れ少しずつ自立の道を歩むルシウスに伸し掛かったのは、次期国王として相応の素質を求める周囲の声だった。思い出すのは数年前、父である国王陛下から言われた言葉。





──お前には大切な使命がある。いずれ王としてこの国を守っていく義務が。





それからは昼夜問わず、読み書きに始まり、歴史や経済など、普通の貴族なら学ぶ機会のない事柄を只々只管に頭に詰め込まれる毎日。それから丸々4年間、ルシウスは勉学に励み、そして剣術を学び、己の力を高めた。愛おしい家族に会えないのが唯一の不満だったが、それももうすぐ解消されることだろう。王太子として相応しい能力を得たと認められればあの場所に帰ることができる。


あとはあの子を守れるだけの力があればそれでいい。



長い修道院生活を終え久しぶりに数年ぶりに自らの家族の元へと戻ってきたルシウスの目に入ったのは幼い3人の子供が身を寄せ合って笑い合う姿。見ないうちにすっかり大きくなっていた弟たちであったが、その面影は未だそのままで懐かしさに駆られるままそちらへ走り寄る。ルシウスが修道院送りになったとき、まだ物心のついていなかった三男と妹は近付いてきた自分に対して驚いて隠れてしまったが、あの子……フォルティアだけは大粒の涙を流しながら自分を迎えてくれた。






__ルシウスが修道院に行っていた間、王家に生まれた弟達には英才教育が施され各個がそれぞれに才能を伸ばしていた。自分のように隔離まではされずとも、魔法、剣術、勉学と。弟妹が次々に王族らしい華々しい功績を残していく。そんな中で、最も手厚い教育を受けたにも拘わらずルシウスにはこれと言って際立った才能が無かった。



勿論、ルシウス単体としての能力なら十二分に優秀だと言えるのだが、他の兄弟にはどう頑張っても及ばなかった。それは三人が異質な才能を持っていたことに起因していたが、それでも人並み外れたものがないというのはルシウスの心に影を落とした。


特にフォルティアには稀有な魔法の才能があった。このせいで今迄は心配されていなかった後継者争いの火種が小さく燻り始めた。口にこそ出さないもののルシウスの周りの人間が、フォルティアに対して露骨に媚びるような真似をしたことが酷く不愉快だった。どうやら自分でも気が付かない内にフォルティアに嫉妬していたらしい。



喉から手が出るほど欲しい才能を我がものとし、純粋に家族の愛情に浸っているその弟が愛しくも憎らしい。次第に王宮内での孤立を深めたルシウスは、やがてフォルティア冷たく当たるようになっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 青春異世界学園BLラブコメディ! 毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...