一杯の紅茶の物語

りずべす

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『Dimbula』②

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 終わりゆく夏休みを数える日々というのは、どうしてこんなにも早く過ぎ去るものなのか。
 九月一日、始業式。オレは約一ヶ月ぶりの制服に身を包んで体育館に立っていた。
 壇上から降る校長だか教頭だかの話をBGMにして、教職員が並んでいる方にずっと視線を向けている。その先にいるのは、背筋をぴしっと綺麗に伸ばしたスーツの女性。今日、学校でその姿を見て、改めてオレは自分の予感が正しかったのだと確信した。
 思わず眉根が、ぎゅっと寄る。間違いない。休みの間、あのライブハウスの暗がりで何度もオレが見かけたのは――。
「麻理子先生のこと見すぎじゃね、お前」
 突然、背中をコンッと小突かれる。その声で今更気づいたが、一つ後ろに並んでいたのは志賀だ。オレの友達でクラスメイトで、しーさんの弟。
「別に、見てねーって」
「いやいや、そんだけガン見してその言い訳は無理あるわー」志賀は口の端を高く引き上げてシシシッと笑う。「もしかしてお前もガチなやつなん?」
「なんだよガチって」
「麻理子先生ガチ恋勢。発足して半年経っても人員増える一方の拡大勢力だぜ。オレの見立てによればクラスでは川田と西村が同門。ちなみにうちのサッカー部では飯沼と小山、あとたぶん、久保も秒読み段階ってとこ」
「わけわからん」もたらされた情報のしょうもなさに呆れ、オレはたまらず溜息をつく。「つか、そんだけ詳しい志賀はちげーのかよ」
「オレはまあ、ガチじゃなくて、フォロワーみたいな?」
「ますますわけわからん」
 オレが雑に笑ってそっぽをを向くと、志賀は「えー、そうー?」とまるで紙飛行機みたいにぺらぺらな答えを返した。「だって年上すぎて、ガチでいくにはさすがにハードル高すぎだべ? でも目の保養にはなるから見てたいじゃん? かわいーかわいー麻理子先生。あとなんつってもおっぱいでかいし」
 オレと交代するかのように、林立する生徒の隙間を縫って先生に視線を飛ばすのがわかる。
 麻理子先生――本名、星岡麻理子ほしおかまりこ。今年からうちの学校に赴任してきた音楽教師だ。美人で若い女の先生なんてこの学校では希少、もとい絶滅レベルだったため、四月の始業式で紹介されたときはその場で男子生徒の多くが沸き立った。礼儀正しく姿勢正しく言葉遣いも正しいそのひととなりは、まさしく教師になるために生まれてきたようなものと言える。
「小山なんてさ、いまだに音楽の授業があった日は部活で自慢してくるんだぜ? 夏休み前とか練習中の鼻歌が、授業でやるっていう歌のテストの課題曲でさ。マジビビったわ」
 まあ確かに、すれ違いざまに聞こえた友達の鼻歌が『荒城の月』とかだったら、オレも二度見するかもしれないけど。
「……そんなことが自慢になるか?」
「え、だって今年の芸術科目選択、美術や書道と違って音楽だけ抽選になったじゃん?」
「そうだっけ。もう忘れた」
「なんでだよ。希望する人が多すぎて、オレとお前あぶれて美術になったのに」
「あれはお前が直前で裏切って音楽希望に変えて、あぶれて戻ってきたんだろ。オレは初めから美術希望だったよ」
「あれ、んだっけ? いや覚えてんじゃんお前」
 志賀は笑いながらオレの背中をまた、今度は強めにゴスッと小突いた。そして引き続き、気紛れに動く生徒の列の隙間に合わせて頭をゆらゆらさせている。
「はー麻理子先生マジかわいー。眺めてるだけでも心安らぐけど、やっぱ一回でいいからあの胸に飛び込みたい」
 そこまで安らぎを欲するほど志賀の日常が荒んでいるようには見えないけど。そう思いながらオレももう一度だけ、件の麻理子先生をちらりと見やった。するとまた無意識に眉根が寄る。
 ……むしろ俺はあの人を見ていると、心がいっこうに安らがない。
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