一杯の紅茶の物語

りずべす

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Menu 5『Assam』

『Assam』①

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 壁一面の窓から日の光をふんだんに取り入れた大きなホール。白を基調とした瀟洒な空間の中、私は汚れ一つない立派なソファに座っている。
 そこへ、女性ながらばっちりとスーツを着こなしたウェディングプランナーさんが戻ってきた。彼女が両手で運んできたのは、先日できたばかりだというウェルカムボードだった。ナチュラルな木目をあしらった茶色の背景に、光沢のある白字で新郎新婦の名前が刻まれている。
 新郎新婦――つまりは隣に座る彼、高畑柊一郎たかばたしゅういちろうと、私、桜山陽凪さくらやまひなの名前が。
 何度目かの結婚式の打ち合わせにして、同じく何度目かの感動が私の胸の中に暖かく灯る。結婚式という行事に際し、とにかく自分とパートナーの名前の入ったものに触れる機会は非常に多いが、私はそのたびに内心でじわりと言葉にならない想いに震えていたのだ。
「いかがでしょう? イメージ通りのものに仕上がっておりますでしょうか?」
 プランナーさんの問いかけに、私は真っ先に「はい!」と頷く。続いて隣の柊一郎さんが「ありがとうございます。とても素晴らしい出来だと思います」と穏やかな声で笑って添えた。
 それから予定通りに挙式と披露宴の内容、料理や引き出物の確認をし、互いの衣装に合わせる小物を決めた。一生に一度の機会だから、と目一杯に悩みながらあれこれと意見を求める私に、柊一郎さんは都度、丁寧に優しく答えてくれる。
 やがて正午も近くなり、打ち合わせの残り時間に私がヘアメイクの相談をしていたところで、柊一郎さんのスマホが鳴った。彼は画面を見て一瞬だけ、驚いたような表情を見せる。
「あ、すみません。ちょっと」
 軽く会釈をし、部屋の隅に寄っていった。話の内容はこちらまで聞こえなかったが、しかし私には、だいたい先の展開に予想がついてしまった。
 しばらくして戻ってきた彼は、心底申し訳なさそうに言った。
「すみません、陽凪さん。ちょっと大学から呼ばれてしまいして……」
 一般企業で事務の仕事をする私と違い、大学の研究室に勤めている柊一郎さんにとって、それは珍しいことではなかった。知り合ってからも休日に大学へ出向かなければならないことがしばしばあり、特に博士号を取得しそのまま助教になった今年からはその頻度も増えていた。まして今日のように、打ち合わせのために有給を取った月曜なんかには、こういう事態はさもありなんといった感じだ。
 腰を低くする彼に向かって、私はやんわりと笑顔を作る。
「そ、そっか。しょうがないね。もう今日の打ち合わせはほとんど終わってるし、柊一郎さんは研究室のほうに行ってあげて。きっと急用なんでしょう?」
「はい。すみませんが、そうします。それで、このあとのお食事とお買い物の件なんですが……」
「いいよ、そんなの。気にしないで、全然」
「そうですか。あの、また別の日に、ちゃんと埋め合わせしますので」
「うん。じゃあ、私は先に帰ってるね」
 午後のデートは流れたが、ここまでの予定が無事に済んだだけでも私は喜ぶべきだろう。
 そうして、私と柊一郎さんは少し早めにこの日の打ち合わせを終えて式場を出る。帰宅する私は路線バスの停留所へ向かい、大学へ行く柊一郎さんは地下鉄の駅へと走っていった。手を振って分かれた私たちはそれぞれ道を反対に進み……そこでふと、私は思うともなく思った。
 相当な大事でもあったのだろうか、と。
 その先に続く思考は、アスファルトを歩く私の頭に曖昧に浮かんでは消えていく。
 普段の柊一郎さんはとても、とても落ち着いた性格だ。これまで休日に大学から呼び出されたことは何度もあったが、走って向かうようなことは一度もなかった。研究者である彼は実験なんかをすることも多いそうだが、いつだったか仕事の話を聞いたときに「動揺が一番失敗を誘う」とも言っていた。そんな彼のことを思えば、さっき電話がかかってきたときに垣間見えた驚き顔にも違和感を覚える。
 私は途端に踵を返した。
 振り向いた遠く先にはまだ柊一郎さんの姿が見えたが、瞬間、私は目を見張った。
 なんと彼は、地下鉄への入口を見向きもせず小走りで通り過ぎたのだ。そしてその先の交差点を折れて姿を消す。
 こうなるともう、私は彼を追いかけずにはいられなかった。
 理由なんてない。単なる違和感など理由にはならない。地下鉄には、もしかしたら別の入口から下りたほうが早いのかもしれない。でもこの気持ちを見過ごすこともできなかった。
 私は、彼が曲がった交差点まで急いで向かった。見回しても既に路上に彼の姿はないが、歩いて進んでいるうちに、ある店の中に彼を見つけた。透明な自動ドア越しに、カウンターに座る彼の姿を見つけたのだ。
 その店は、私もよく知る宝飾店だった。何せ私と柊一郎さんの結婚指輪を頼んだ店だ。
 けれど、その指輪が出来上がるのはまだもう少し先のはずだし……だいいち、彼が一人で受け取りに来るというのもおかしい。
 しばらく考えながら眺めていると、柊一郎さんの向かいに座る店員さんが、一つの小箱を差し出した。遠目で詳しくはわからないが断じて安物ではないだろう。
 そして開かれたその小箱の中に収められていたのは……私たちが二人で選んだ結婚指輪とは明らかに違う、色もデザインも見たことのない別の指輪だった。
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