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挿話
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蠱毒と呼ばれる呪術を知っているだろうか。
百の毒蟲を一つの壺に納めて互いに喰らい合わせ、生き残った最も強い一匹を神霊に変じさせる術式が古代には広く使われたそうだ。
毒という毒を凝縮して神と祀りあげ、あまつさえその毒を同じ人間を屠る為に使うのだから、人とは実に恐れ知らずな生き物である。
さて、「一割に満たない」と言っても百人が集まればその内の何人かが該当し、決して幻の存在だとまでは言えないセンチネルが、巷では殆ど空想の産物扱いにされているのは何故か。——数字の上では地方の小規模な学園にさえ必ず数人は紛れ込んで居る筈であるのにだ。
この空中楼閣は単に特殊なバースは秘匿されるべきとの国の方針の上にだけ成り立った訳ではない。実際に庶民には極めて少ないのがセンチネルなのである。
では、どこにセンチネルの比率を上げる階層が潜在するのかといえば、それは勿論、ヒエラルキーの頂点にある支配者層である。
五感の全てが開花したセンチネルともなれば、先進機器の粋を集めた高性能コンピュータが、そのまま人間になったようなもので、一人の働きで小国の国家予算並みの生産性を発揮するのだから、力ある者がこの財を手中に収めんと動くのは当然の帰結だろう。
上流階級には婚姻によってセンチネルを御し、繰り返し身内に取り込んでその因子を薄めず受け継ぐ血筋の者が、少なからず在るわけだ。
一握りの富豪たちが生み出した、センチネルで稼いだ金で新しいセンチネルを呼び、また金を産ませる永久機関は、彼らの資産を無限に増大させて繁栄をほしいままにするかに思われた。しかし一部の、名家にはありがちな、懐古主義に傾倒する封建的な血族においては、その限りではなかった。
変革を嫌い、古い体質を改めなかった彼らは、自らの血統にこだわる余り、新しい血を取り込むを最小に留め、近親婚を繰り返した。徐々に血を歪め凝らせて生殖能力に支障をきたし、世代を重ねる毎に先細り数を減す結果を招いた。
子供でも気が付くような悪手であるが、問題が顕在化する以前に事の深刻さを計り得る人間は案外貴重である。多くの凡人は、手が付けられない状態に追い詰められて初めて、自らの過ちを認めるのだ。
そんな落ちるばかりの釣瓶と化した名家の一つに数えられるロックウェル家の、直系に生を受けた男がいた。
男はミュートであった。
期待を背負って下にも置かない扱いで育てられた男は、しかし思春期を通り過ぎ、成人を迎えても一向に訪れない覚醒を待ちあぐね厭き厭きた時、己の真価が一族の種馬でしか無いと悟る。
男は最初の妻とは子が出来ず、二度の再婚を経てようやく女児を得た。
女児の名は、ザラ・ロックウェル。ロックウェル家最後のサラブレッドであり、後にショーンと契約を結ぶセンチネル、ザラその人である。
ザラの母親は数いる愛人の内の一人であったが、運良くザラを身籠り男の妻の座を手にした。けれど続けて子を成すことはなく、ザラの母も他の多くの女達も、ザラに続く子を宿す悲願を叶えられなかった。
状況を鑑みて、ザラの父親に先天的な男性不妊が疑われるが、治療を受ける事もなく多くの女を無益に釣り込み、性と金とドラッグの楼閣で狂乱に明け暮れた。
男は自分が失った可能性の塊であるザラを、心のどこかで自分と同じで期待外れのミュートだろうと信じていた。
ところが娘が14の年、彼女が待望のセンチネルだと分かって、こう言った。
「それは、私の能力だ。かえせ」
目は落ち窪み、手には凶器を握りしめていた。
凝り固まった選民意識で母数を減らした一族は、子らに過剰な期待を寄せて金の卵と担ぎ上げる。幼い砌より薄い双肩に受ける重責に拉ぎ、やがては失望に染められるメッキの卵たち。そうして彼らは育つ子の心まで歪にしていった。その在り方がまた凋落を加速させただろう。
日常的に摂取していた薬物の中毒症状も相まって、男は随分前から正気では無かった。
——ところで、人間から血液を吸って痒みを引き起こし、病気を媒介する事でも知られる迷惑昆虫の『蚊』であるが、実は吸血を行うのは非常に限られた状況下のみで、普段は花の蜜を主食としているのだそうだ。
その限られた状況とは、産卵を控えたメスが卵を成熟させるタンパク質を必要とする時、である。
生涯一度、子を成す為の命がけの吸血行為も人間からすれば煩わしいの一言に尽き、存在を感知され次第容赦なく叩き潰される運命にある。
人間は蚊の側の事情など感知しないのである。
その時のザラと父親も、人間と蚊の関係に合致した。
ザラが父親に言った言葉はこうだ。
「へぇ、私を殺せばセンチネルになれるって、本気で思ってるんだ~。終わってんね」
芽生えたのは単調な煩わしさと排除の意思のみ。
その日、ロックウェル家の別邸を紅蓮の炎が舐め尽くした。
狂ったハーレムの王と寵妃たちの紡ぐ幻想と幻影を飲み込み、金のメッキを施した外装を貪り、その体を暴いて腐り切った内実を白日の下に晒した。
一人の男と11人の妻の命を奪った凶悪事件は、兇刃を逃れた唯一の生き残りの証言を元に、妻と娘を道連れに死のうとした男の無理心中として処理された。男の死因となった心臓への一撃を放ったザラは、正当防衛を認められた。
——しかしそれが真実であったなら、事件後にザラをケアしたガイドの精神は、今も平穏無事であったことだろう。
惨劇の後でザラの心に触れて植物状態に陥った哀れなガイドが、何を見て何を感じたのかを知る者はもう一人の目撃者であるザラを措いて居ない。けれどそれが年若いガイドのシールドを破壊した上に、一瞬でその精神を蹂躙する程の何かであった事は、確かだ。
そしてこれを機に、何事にも無関心だったザラが、ガイドに対してだけ純粋な狂気を宿した関心を示すようになった。
壺の中に押し込められた蟲たちは、生き残る為に劣る者を喰らわねばならない。弱き者の怨嗟がより悍ましい毒を醸造し。弱肉を喰らう強者の心を酩酊させる。
最後の一匹は狂乱の果てのその生に、何を見出すのだろうか。
果たして、世界に散らばるセンチネルを蒐集して己の血に取り込もうと初めに考えた賢しらな人間は、人の願望の一つの終着たる「蠱毒」の存在を、知っていただろうか。
百の毒蟲を一つの壺に納めて互いに喰らい合わせ、生き残った最も強い一匹を神霊に変じさせる術式が古代には広く使われたそうだ。
毒という毒を凝縮して神と祀りあげ、あまつさえその毒を同じ人間を屠る為に使うのだから、人とは実に恐れ知らずな生き物である。
さて、「一割に満たない」と言っても百人が集まればその内の何人かが該当し、決して幻の存在だとまでは言えないセンチネルが、巷では殆ど空想の産物扱いにされているのは何故か。——数字の上では地方の小規模な学園にさえ必ず数人は紛れ込んで居る筈であるのにだ。
この空中楼閣は単に特殊なバースは秘匿されるべきとの国の方針の上にだけ成り立った訳ではない。実際に庶民には極めて少ないのがセンチネルなのである。
では、どこにセンチネルの比率を上げる階層が潜在するのかといえば、それは勿論、ヒエラルキーの頂点にある支配者層である。
五感の全てが開花したセンチネルともなれば、先進機器の粋を集めた高性能コンピュータが、そのまま人間になったようなもので、一人の働きで小国の国家予算並みの生産性を発揮するのだから、力ある者がこの財を手中に収めんと動くのは当然の帰結だろう。
上流階級には婚姻によってセンチネルを御し、繰り返し身内に取り込んでその因子を薄めず受け継ぐ血筋の者が、少なからず在るわけだ。
一握りの富豪たちが生み出した、センチネルで稼いだ金で新しいセンチネルを呼び、また金を産ませる永久機関は、彼らの資産を無限に増大させて繁栄をほしいままにするかに思われた。しかし一部の、名家にはありがちな、懐古主義に傾倒する封建的な血族においては、その限りではなかった。
変革を嫌い、古い体質を改めなかった彼らは、自らの血統にこだわる余り、新しい血を取り込むを最小に留め、近親婚を繰り返した。徐々に血を歪め凝らせて生殖能力に支障をきたし、世代を重ねる毎に先細り数を減す結果を招いた。
子供でも気が付くような悪手であるが、問題が顕在化する以前に事の深刻さを計り得る人間は案外貴重である。多くの凡人は、手が付けられない状態に追い詰められて初めて、自らの過ちを認めるのだ。
そんな落ちるばかりの釣瓶と化した名家の一つに数えられるロックウェル家の、直系に生を受けた男がいた。
男はミュートであった。
期待を背負って下にも置かない扱いで育てられた男は、しかし思春期を通り過ぎ、成人を迎えても一向に訪れない覚醒を待ちあぐね厭き厭きた時、己の真価が一族の種馬でしか無いと悟る。
男は最初の妻とは子が出来ず、二度の再婚を経てようやく女児を得た。
女児の名は、ザラ・ロックウェル。ロックウェル家最後のサラブレッドであり、後にショーンと契約を結ぶセンチネル、ザラその人である。
ザラの母親は数いる愛人の内の一人であったが、運良くザラを身籠り男の妻の座を手にした。けれど続けて子を成すことはなく、ザラの母も他の多くの女達も、ザラに続く子を宿す悲願を叶えられなかった。
状況を鑑みて、ザラの父親に先天的な男性不妊が疑われるが、治療を受ける事もなく多くの女を無益に釣り込み、性と金とドラッグの楼閣で狂乱に明け暮れた。
男は自分が失った可能性の塊であるザラを、心のどこかで自分と同じで期待外れのミュートだろうと信じていた。
ところが娘が14の年、彼女が待望のセンチネルだと分かって、こう言った。
「それは、私の能力だ。かえせ」
目は落ち窪み、手には凶器を握りしめていた。
凝り固まった選民意識で母数を減らした一族は、子らに過剰な期待を寄せて金の卵と担ぎ上げる。幼い砌より薄い双肩に受ける重責に拉ぎ、やがては失望に染められるメッキの卵たち。そうして彼らは育つ子の心まで歪にしていった。その在り方がまた凋落を加速させただろう。
日常的に摂取していた薬物の中毒症状も相まって、男は随分前から正気では無かった。
——ところで、人間から血液を吸って痒みを引き起こし、病気を媒介する事でも知られる迷惑昆虫の『蚊』であるが、実は吸血を行うのは非常に限られた状況下のみで、普段は花の蜜を主食としているのだそうだ。
その限られた状況とは、産卵を控えたメスが卵を成熟させるタンパク質を必要とする時、である。
生涯一度、子を成す為の命がけの吸血行為も人間からすれば煩わしいの一言に尽き、存在を感知され次第容赦なく叩き潰される運命にある。
人間は蚊の側の事情など感知しないのである。
その時のザラと父親も、人間と蚊の関係に合致した。
ザラが父親に言った言葉はこうだ。
「へぇ、私を殺せばセンチネルになれるって、本気で思ってるんだ~。終わってんね」
芽生えたのは単調な煩わしさと排除の意思のみ。
その日、ロックウェル家の別邸を紅蓮の炎が舐め尽くした。
狂ったハーレムの王と寵妃たちの紡ぐ幻想と幻影を飲み込み、金のメッキを施した外装を貪り、その体を暴いて腐り切った内実を白日の下に晒した。
一人の男と11人の妻の命を奪った凶悪事件は、兇刃を逃れた唯一の生き残りの証言を元に、妻と娘を道連れに死のうとした男の無理心中として処理された。男の死因となった心臓への一撃を放ったザラは、正当防衛を認められた。
——しかしそれが真実であったなら、事件後にザラをケアしたガイドの精神は、今も平穏無事であったことだろう。
惨劇の後でザラの心に触れて植物状態に陥った哀れなガイドが、何を見て何を感じたのかを知る者はもう一人の目撃者であるザラを措いて居ない。けれどそれが年若いガイドのシールドを破壊した上に、一瞬でその精神を蹂躙する程の何かであった事は、確かだ。
そしてこれを機に、何事にも無関心だったザラが、ガイドに対してだけ純粋な狂気を宿した関心を示すようになった。
壺の中に押し込められた蟲たちは、生き残る為に劣る者を喰らわねばならない。弱き者の怨嗟がより悍ましい毒を醸造し。弱肉を喰らう強者の心を酩酊させる。
最後の一匹は狂乱の果てのその生に、何を見出すのだろうか。
果たして、世界に散らばるセンチネルを蒐集して己の血に取り込もうと初めに考えた賢しらな人間は、人の願望の一つの終着たる「蠱毒」の存在を、知っていただろうか。
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