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覚醒の日
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いつもの通学路。駅につながる階段は地下から吐き出される人の流れでごった返している。最寄駅からそれぞれが目指す場所へとオートメイトする群衆に帰属するショーンは、乗り合わせた友人達がおしゃべりに興じて浮沈させる後頭部を眺めながら、ガイド仲間のケインの言葉を思いしていた。
『——センチネルってどんだけ孤高なの?——センチネル同士なら仲良くなれんの?』
あの時「しらない」と答えたショーンは、今に至り「知りたくない」と考える。
今にも唇が重なりそうな距離で語り合っていた、容貌も性質も秀出した男女。
宇宙に浮かぶ宝石の瞳で、立ち去った女をいつまでも見送る美しい君。
まだ今日という一日は始まったばかりだと言うのに、重い溜息がもれた。
「ショーン」
物思いに耽る余りに聞こえた空耳だと思いたいくらいに、今一番会いたくない人間の声がショーンの名を呼んだ。ヘッドホンで塞いだ耳に直接響くような強制力を持つ声だった。
ザラの声は、契約に繋がれるショーンの不自由を自覚させる。
その影響力と存在を無視したいショーンの気持ちを玩ぶように、通りの向こうでヒラヒラと手を振るザラに友人が反応する。
「ショーンの事、呼んでねぇ?」
「誰?誰?」
それで、言わば野放しの野獣の目に留まってしまった友人の安全を思えば、無かった事にして逃げるわけにもいかないと、諦めがついた。
「あー、親戚。……先行ってて」
「おー、また後で~」
「じゃーなー」
咄嗟の嘘に誤魔化された友人に手を振って、ショーンはゆっくりと道を外れる。
イライラした気持ちを持て余して、先に口を開いたのはショーンの方だった。
「私生活には干渉しない契約だぞ」
今更、常識が通じる相手とも思わないが、文句の一つも言ってやらなければ、この場で暴れだしてしまいそうだった。
「そう、その契約の事で提案があるんだ~。ショーンは何か、お望みが、あるんでしょ~?」
胡散臭いザラの笑顔に警戒心が深まる。けれど、現時点でザラとの契約を解消するにはセンチネル側の同意が不可欠なのだ。ザラとレイを近付けたくないショーンは、甘いエサに惹かれてしまう心を隠しきれなかった。
あまねくザラの掌の上だった。
「一日くらい休んでもいいでしょ~?少し話そう?」
ザラが手元のキーを起動すると路肩のミニバンが解錠音を立ててランプを明滅させる。乗るようにと視線で促すザラの意を汲んでショーンは車に向かった。
ナビシート側に回り込んではじめて、死角に有った車椅子がショーンの前に姿を現した。何故ここに?と疑問に思う間もなく背中に異物が押し付けられる。
本能が打ち鳴らす警鐘にゾワリと悪寒が内臓を逆撫たのと、その異物がショーンに思い切り噛みいたのは、ほぼ同時だった。
そして、激痛で全身を痺れさせるショーンは崩れ落ちる体を乱暴に突き飛ばされて、隠し置かれていた車椅子の必要性を身をもって知ったのだった。
ショーンの重みにバウンドして軋む車椅子の、座面に横倒しになって霞む目を開く。じれったくフォーカスする視界に、背中に噛み付いたらしい物体がザラの手に握られて、青白い閃光を迸らせるのが見えた。
「ああ、スタンガンって言っても、必ず気絶するとは限らないのか~」
呆然と見上げるショーンを確かめたザラが、今度は手の中の異物をショーンの首筋に押し当てた。
その日ショーンは約束の場所に現れなかった。代わりにレイを待っていたのは送り主の持つ異様さをそのまま宿す一通の手紙。便箋にはご丁寧にサンダルウッドの香りが染み込んでいた。
『眠れる簒奪者へ
君が眠っているうちに、可哀想なショーンを美味しく調理しようと思っています。もし君がディナーに間に合えば、喜んでテーブルを囲むつもりです。君の目覚めを祈って。XOXO』
迂遠な言い回しのその言葉通りにショーンを食べる訳ではないだろうが、それに近い狂気を感じてレイは愕然とした。
——ショーンが殺される?
レイはその時初めて、ショーンを失う未来を想像した。
身の毛がよだち、頭がすっと冷たくなる。胃の腑が石でも詰まったように痛みだし、吐き出そうとえずく。意思を離れてフラつく体が大理石の床に強かに膝を打ちつけた。
『——獰猛な欲望と支配力を手にしながら、獲物の自由を許してやる事が出来るのか』……だって?
とんだ大馬鹿野郎だ。何にもわかっちゃいなかった。
囚われ、支配されているのは、誰だ?
下賤なこの身で王冠を戴く尊主を前に、自由を望むなど愚の骨頂。
寧ろ頑丈な鎖で繋いで貰いたいと希うべきだったのだ。
今なら、まだ間に合うだろうか——?
俯いたままのレイが、自然の摂理に逆らうように、ゆらりと立ち上がる。
もう既に彼を知る以前には戻れない現実を咀嚼して、胸にせり上がる酸っぱいものと一緒に呑み込んだ。
眠っているレイに目覚めよと促すザラの明らかな挑発にも、次の行動をを躊躇させる力はない。
何が起ころうと、ショーンを永遠に喪う以上に恐ろしい事などあるのか?
奪いに来いと言うのなら遠慮なく自分が簒いとる。
——そう決心すると、レイの中のリミッターが正しく崩壊した。
読み終わった手紙が指先から滑り落ちる。
刹那、——殴られたような衝撃がレイの体を襲った。
全身が脈動するその度に、精神が膨張と収縮を繰り返すような眩暈。
鳴動は加速して膨張する精神は領域を拡大し、立ち尽くすレイの体を鳥の目で見下ろしている。魚の目は五感の集積する情報の潮の流れを見定め、虫の目が交感神経の亢進する肉体の発熱を認める。
学生たちは安価なランチで空腹を満たし、午後の授業に気怠く備える昼下り。雑木林が秘匿する旧校舎は今日は神聖な産室となり、此処に一人のセンチネルが産声を上げた。
やがて静寂が訪れ、ショーンの居場所を教えるサンダルウッドの香りが、レイの超感覚を呼び覚ます。
眠っていた四感が突出していた聴覚の及ぶ領域の果てにまで、他愛無く拡張していく———。
レイは匂いの残滓が辿るショーンの存在を求めて、蝉時雨に酔い痴れる地上に駆け出した。
『——センチネルってどんだけ孤高なの?——センチネル同士なら仲良くなれんの?』
あの時「しらない」と答えたショーンは、今に至り「知りたくない」と考える。
今にも唇が重なりそうな距離で語り合っていた、容貌も性質も秀出した男女。
宇宙に浮かぶ宝石の瞳で、立ち去った女をいつまでも見送る美しい君。
まだ今日という一日は始まったばかりだと言うのに、重い溜息がもれた。
「ショーン」
物思いに耽る余りに聞こえた空耳だと思いたいくらいに、今一番会いたくない人間の声がショーンの名を呼んだ。ヘッドホンで塞いだ耳に直接響くような強制力を持つ声だった。
ザラの声は、契約に繋がれるショーンの不自由を自覚させる。
その影響力と存在を無視したいショーンの気持ちを玩ぶように、通りの向こうでヒラヒラと手を振るザラに友人が反応する。
「ショーンの事、呼んでねぇ?」
「誰?誰?」
それで、言わば野放しの野獣の目に留まってしまった友人の安全を思えば、無かった事にして逃げるわけにもいかないと、諦めがついた。
「あー、親戚。……先行ってて」
「おー、また後で~」
「じゃーなー」
咄嗟の嘘に誤魔化された友人に手を振って、ショーンはゆっくりと道を外れる。
イライラした気持ちを持て余して、先に口を開いたのはショーンの方だった。
「私生活には干渉しない契約だぞ」
今更、常識が通じる相手とも思わないが、文句の一つも言ってやらなければ、この場で暴れだしてしまいそうだった。
「そう、その契約の事で提案があるんだ~。ショーンは何か、お望みが、あるんでしょ~?」
胡散臭いザラの笑顔に警戒心が深まる。けれど、現時点でザラとの契約を解消するにはセンチネル側の同意が不可欠なのだ。ザラとレイを近付けたくないショーンは、甘いエサに惹かれてしまう心を隠しきれなかった。
あまねくザラの掌の上だった。
「一日くらい休んでもいいでしょ~?少し話そう?」
ザラが手元のキーを起動すると路肩のミニバンが解錠音を立ててランプを明滅させる。乗るようにと視線で促すザラの意を汲んでショーンは車に向かった。
ナビシート側に回り込んではじめて、死角に有った車椅子がショーンの前に姿を現した。何故ここに?と疑問に思う間もなく背中に異物が押し付けられる。
本能が打ち鳴らす警鐘にゾワリと悪寒が内臓を逆撫たのと、その異物がショーンに思い切り噛みいたのは、ほぼ同時だった。
そして、激痛で全身を痺れさせるショーンは崩れ落ちる体を乱暴に突き飛ばされて、隠し置かれていた車椅子の必要性を身をもって知ったのだった。
ショーンの重みにバウンドして軋む車椅子の、座面に横倒しになって霞む目を開く。じれったくフォーカスする視界に、背中に噛み付いたらしい物体がザラの手に握られて、青白い閃光を迸らせるのが見えた。
「ああ、スタンガンって言っても、必ず気絶するとは限らないのか~」
呆然と見上げるショーンを確かめたザラが、今度は手の中の異物をショーンの首筋に押し当てた。
その日ショーンは約束の場所に現れなかった。代わりにレイを待っていたのは送り主の持つ異様さをそのまま宿す一通の手紙。便箋にはご丁寧にサンダルウッドの香りが染み込んでいた。
『眠れる簒奪者へ
君が眠っているうちに、可哀想なショーンを美味しく調理しようと思っています。もし君がディナーに間に合えば、喜んでテーブルを囲むつもりです。君の目覚めを祈って。XOXO』
迂遠な言い回しのその言葉通りにショーンを食べる訳ではないだろうが、それに近い狂気を感じてレイは愕然とした。
——ショーンが殺される?
レイはその時初めて、ショーンを失う未来を想像した。
身の毛がよだち、頭がすっと冷たくなる。胃の腑が石でも詰まったように痛みだし、吐き出そうとえずく。意思を離れてフラつく体が大理石の床に強かに膝を打ちつけた。
『——獰猛な欲望と支配力を手にしながら、獲物の自由を許してやる事が出来るのか』……だって?
とんだ大馬鹿野郎だ。何にもわかっちゃいなかった。
囚われ、支配されているのは、誰だ?
下賤なこの身で王冠を戴く尊主を前に、自由を望むなど愚の骨頂。
寧ろ頑丈な鎖で繋いで貰いたいと希うべきだったのだ。
今なら、まだ間に合うだろうか——?
俯いたままのレイが、自然の摂理に逆らうように、ゆらりと立ち上がる。
もう既に彼を知る以前には戻れない現実を咀嚼して、胸にせり上がる酸っぱいものと一緒に呑み込んだ。
眠っているレイに目覚めよと促すザラの明らかな挑発にも、次の行動をを躊躇させる力はない。
何が起ころうと、ショーンを永遠に喪う以上に恐ろしい事などあるのか?
奪いに来いと言うのなら遠慮なく自分が簒いとる。
——そう決心すると、レイの中のリミッターが正しく崩壊した。
読み終わった手紙が指先から滑り落ちる。
刹那、——殴られたような衝撃がレイの体を襲った。
全身が脈動するその度に、精神が膨張と収縮を繰り返すような眩暈。
鳴動は加速して膨張する精神は領域を拡大し、立ち尽くすレイの体を鳥の目で見下ろしている。魚の目は五感の集積する情報の潮の流れを見定め、虫の目が交感神経の亢進する肉体の発熱を認める。
学生たちは安価なランチで空腹を満たし、午後の授業に気怠く備える昼下り。雑木林が秘匿する旧校舎は今日は神聖な産室となり、此処に一人のセンチネルが産声を上げた。
やがて静寂が訪れ、ショーンの居場所を教えるサンダルウッドの香りが、レイの超感覚を呼び覚ます。
眠っていた四感が突出していた聴覚の及ぶ領域の果てにまで、他愛無く拡張していく———。
レイは匂いの残滓が辿るショーンの存在を求めて、蝉時雨に酔い痴れる地上に駆け出した。
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