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転生者は夢の続きを見たく無い 下
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「……ル…………ラウル?」
「ん……」
目を覚ますと、オープニングムービーで何百回と観た顔が俺を見下ろしていた。
すげー。かっこいい。構図がどうとか無加工だとかを物ともしない本物のイケメン様。眼福です。
ラウルという俺の内に、突如として前世知識が蘇った現在。ゲームや異世界の社会通念についての膨大な情報を俺は手にしたわけだが。不思議と心に混乱は無い。「俺」は相変わらず「俺」である。
あゝ。前世の俺、うっすいな。
きっと、ただ仕事をして、メシを食って、ゲームをして。その繰り返しで人生を浪費していたに違いない。前世の俺も今世と変わらず、余程無気力に生きていたのだろう。
だけどどうもそれだけじゃなく、蘇った記憶には偏りがあるようだ。
前世の俺の生い立ちや思想、どうして無気力になって行ったのかなど。核となる記憶は靄がかかったように思い出せない。ゲームについては鮮明なのに。
だけどそのおかげで、抵抗なく知識を引き出せる。ちょっと作為を感じないでも無い。
新たな視点を得てた結果として、以前より今世について理解が深まったようだ。そう。悪役としてシナリオに定められた可哀想な少年時代を送って来た今世の俺と、いう新視点。
まだほんの子供の頃に、喪った母の大きさと、孤独に耐えかねて。もう何にも期待したくないと心を閉ざした。そうして無気力な人間へと変わって行った俺。
「ラウル?」
セドリックの顔を見つめたまま微動だにしないラウルを、心配そうに覗き込むセドリック。
前世、彼はその生き様で無気力な俺を鼓舞し。今世では温かい手を差し伸べて陽のあたる場所へと連れ出してくれる。
強く、優しく、美しい。俺の英雄。
俺の太陽。
セドリックが俺だけを見つめる擽ったさに、胸が一杯になる。幸福に震える。彼の存在がこんなにも俺の心の支えであったのかと、驚かずにはいられない。
前世を思い出した恩恵は絶大だな。以前より、自身の境遇や感情について客観的な認識が可能になったように思う。メタ認知ってヤツだろう。
そうか。
ゲームのラウルは、二人を。
エステルだけでなく、セドリックを深く愛していたからこそ、裏切りを許すことができずに狂ってしまったんだな。
今なら分かる。
自分を見下ろすセドリックの瞳の青さに、ラウルは胸がいっぱいになる。
俺の内に巣食う喪失への絶望。光への執着。愛への憧れ。あまりに脆いアイデンティティ。
もしかしたら。エステルが死なずに済んでも。俺の元から二人が揃って去って行ってしまったなら、俺はやっぱり狂ってしまうのかも知れない。少しずつ、孤独に心を蝕まれて。
ラウルには、徐々に枯れるように死んでいく自分が容易く想像できた。
でも、ダメだなぁ。そうだとしても。折角前世を思い出したってのに結局。俺には自分の為に状況を打破しようっていう気概がない。
運命に抗うよりも、流されるままに生きていたい。
きっと。誰の助けもなく失敗し、打ちのめされ、誰からも顧みられない、そんな孤独に、この精神は慣れ過ぎちまってるんだろう。
勝利のために戦うとかいう発想が湧かない。出来る気がしない。ちっともイメージ出来ない成功なんかを求めるより、少しでも長く現状を維持して、残された猶予をちょっとでも長く傍観者でいたい。
腰抜けだって?そうさ。前世知識で自己分析能力が向上したところで、根暗モブ陰キャが変わるわけじゃない。
自分でもわかってる。俺ってやつは本当に……。
「終わってる……」
「え?」
「いや、何でもない」
横たえられていた体を起こそうと身じろぐ俺を、セドリックが助けてくれる。ベッドに寝かされていた様だ。見覚えのない部屋。
「ここは……?」
「男爵邸に置いて行きたく無かったから、今日の宿泊予定地まで移動したんだ」
「そうか、う。いてて……」
辺りを見回そうと首を巡らすと酷い痛みが走って、思わず呻いてしまう。
「あ、ごめん。移動中の馬車でずっと膝枕してたんだけど、高さが合わなかったかな……」
「ひ、膝枕?」
「うん。ずっとラウルの寝顔を観察できて役得だったよ」
「は?」
爽やかな笑顔で、気は確かかと疑うようなセリフを口にするセドリック。思わず顔を凝視する。いつも通りイケメン。
「ごめんね?」
「い、いや……大した事ない。すぐ治るだろ」
こんな時でもセドリックはキラキラしくて目が眩む。そうだ。きっと大した問題じゃない。すぐ治るさ。それより今後についてだ。
破滅する運命を回避する為に、差し当たって俺は特に何もしないと決めたわけだが。それだけで本当に全部が上手くいくものか?
本来なら俺がエステルを口説き落とし、両親を説き伏せて、将来の約束を取り交わすべきなんだろう。デイト家は血統を守りながら、しかもエステルを女主人にできるのだから、両親から譲歩を引き出す可能性は充分にある。
そうなれば、いずれセドリックが王女と結ばれて俺の手の届かない存在になってしまっても、セドリックとエステルの内、一人だけでも俺は失わずに済む。
エステルは命を狙われないし、セドリックは順風満帆な人生を進めるのだ。
控えめに言って最善策だろう。みんなハッピーで万々歳だ。
でも。俺は、そうしたくない。
「本当に大丈夫?突然気を失うなんて、余程の事だよ。安静にしてなくちゃ」
心配そうな顔のセドリックが、重病人にするみたいに俺の体をそっと布団に沈めてくれる。ラウルには、こんな風に看病してくれる相手は一人もいなかったな。セドリックが初めてだ。
学園でもやる気の無いラウルを見捨てずに声を掛け続けて、母親みたいに世話を焼いてくれるんだ。「ラウルのお母さん」なんて呼ばれて揶揄われても。
セドリックが側にいるから、ラウルみたいな人間でも、それなりに他の生徒とも交流が図れていたんだろう。セドリックなしには、学園生活もままならなかったに違いない。
いや学園生活どころか、人生さえ……。
セドリックの温かな青い瞳に、俺が映っている。セドリックの目に映るものなら、俺さえも美しく見えるから不思議だな。
全く。ダメだろ塵ごときにそんな目を向けちゃ。
喜びで息の根が止まっちまいそうになるんだ。
やっぱり、俺は、自分からセドリックを諦める選択を、自分に許せないんじゃないかな。
セドリックが俺じゃない誰かの世話を焼いて、心配そうに顔を覗き、日々を共にするのかと思うと、気持ちが萎える、凍えてしまう。自らそれを招くくらいなら、少しずつ狂っていく自分と戦った方がいい。
「俺、ちょっと……トイレ!」
たまらない気持ちになって、部屋を逃げ出そうと起き上がった。だけど逃走しようとする俺を引き止めるものがある。
布団から跳ね起きて、床に下ろそうとした足。ジャラジャラ言うそれが巻き付いて、俺はバランスを崩してしまう。
そのままセドリックの胸に飛び込んだ。
「ぷわ!ごっごめん……」
ムスクの香りが満ちる懐から、慌てて顔を起こす。顔が熱い。セドリックの視線を逃れて後ろを振り向いた。そこで俺の片足を掴んだ犯人を確かめ、絶句する
セドリックは呆然とする俺を、強く強く抱きしめた。
「ねえ、そんなに慌てないで。もう少し話そう?」
同じものを見ているはずのセドリックは、なのにちっとも驚いた様子がない。俺の脚に嵌められた異物。鋼鉄の枷と鎖を。
「へ……?」
俺は恐る恐る振り返る。輝かしい未来を約束された、神の愛し子を。
「本当、ありえないよね。僕にラウルを殺させるなんて。だから女神にやり直しを請求したんだ」
「やり、なおし……」
「そうだよ。褒めて?」
至近距離から見ても毛穴ひとつない顔。長いまつ毛。甘えた声で、得意気に頭を擦り寄せてくるセドリック。
思考停止に陥る俺は、反射的にその頭をなでなでする。
「本当に悲しかった。酷いよラウル」
「な、なん、な、何を言ってる……?」
「やだな、思い出したんでしょ?ラウルってば寝言で色々言ってたよ?」
は?寝言?俺は何を口走った?
顔を青くする俺を面白そうに見つめるセドリック。
「ラウル?よく聞いて。お前の妹は、全然お前に相応しくない。小さい頃に心の支えにしていたのは知ってるけど。お前の妹にしてみれば犬猫に接する程度の軽い気持ちで気まぐれに餌を与えていたに過ぎないし、お前を特別に思っていたわけじゃない。だから簡単に僕になびいたし、少しもお前を守ろうとしなかった。僕だってお前がよそ見しなければ、歯牙にもかけなかったし、その証拠に今回は全く関わってもいないよ」
え、情報が多いんだが……。
ちょ、ちょっと待て。どういう事だ?
この世界は一度回帰してる?
シナリオ通りに進んだ一度目のセドリックは、エステルを好きじゃなかった?
だ、だけど。ゲームではエステルが死んだ時に、王女を断罪する勢いで王宮に乗り込んでいったのに……。
「妹が死んでラウルがあんまり落ち込むから、犯人を縛り上げてやれば気が済むかと思ったのに、王女が今度はラウルを狙うって言い出してさ。どうせその内誰かと結婚させられるなら、ラウルとの関係を黙認する相手がいいかと思い直した。それで王女と取引して婚約を受け入れたんだ」
ふええ。シナリオと現実のギャップ……。
「なのに肝心のラウルがいなくなるんだもん。僕ちょっと暴れちゃったよ」
「いや『もん』てお前……。もしかして。それで隣国との戦争に……?」
「うーん?なんか、僕を恐れてパニックになった【魔獣】がいっぱい隣国に逃げ込んだらしくてね。うっかり侵略行為と見なされたみたいだよ」
「うっかりが過ぎる!」
俺のツッコミに何故だか嬉しそうにするセドリック。
「全部ラウルの責任だよ?」
「まてまてセドリック!お前そんなキャラじゃないだろ!?急なヤンデレやめて!」
セドリックはクスクス笑い始めた。長い両腕に混乱する俺を閉じ込めて、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。肩口に鼻を埋めて、匂いを、嗅いでいる?
ちょ、セドリックさん!?
「前回、ラウルをこの手で殺したせいで、ちょっと壊れちゃったのかもしれない。ああ、いい匂い。落ち着く……」
セドリックの鼻先が頸動脈を掠める。
「ひぃ……」
「もしまた逃げても、何度だってやり直して捕まえにいくから、もう諦めて僕に囚われてね」
俺に巻き付くセドリックの唇が首元に触れる。舐めるよう発せられる声に、鼓膜から骨の髄まで侵される。
ひああああああぁ!
これは、アレだ。蛇に睨まれたカエル!もしくは、猫に追われるネズミ!いや、それじゃコメディアニメか……!?
空回りする前世知識に歯軋りする俺。セドリックはそんな俺を抱きすくめて離さない。
セドリックは神に愛されし男だ。
彼にかかれば運命さえも意のままに。
だけど女神様よ、たぶん貴女はセドリックを甘やかし過ぎたのではないだろうか。
神の寵愛にもまるで感謝が無いし、運命をねじ曲げた反省の色も皆無だ。何でも思い通りになって当然と思ってる節がある。
しかも厄介な事に、その思い込みも女神のおかげで概ね事実であるのだ!
俺は唸った。唸る以外無かった。
こんなヤンデレ男でも、ぬいぐるみでも抱くように、自分に巻き付く姿が可愛く見えてしまう自分が怖い。俺はセドリックに羽交い締めにされたまま天を仰ぐ。
神よ。願わくば、セドリックのチートが今回の世界の平和を乱しませんように。俺の自由とか、幸福とか、他もなんにも望みませんから。
祈り終えて、瞼を開ける。
目の前の現実に、体がしぼむほどの溜息が出た。
鎖がジャラリと言って枷が嵌る俺の足を締め付ける。
だけどセドリックは幸せそうだ。
あゝ愛の監禁生活は、始まったばかり。
「ん……」
目を覚ますと、オープニングムービーで何百回と観た顔が俺を見下ろしていた。
すげー。かっこいい。構図がどうとか無加工だとかを物ともしない本物のイケメン様。眼福です。
ラウルという俺の内に、突如として前世知識が蘇った現在。ゲームや異世界の社会通念についての膨大な情報を俺は手にしたわけだが。不思議と心に混乱は無い。「俺」は相変わらず「俺」である。
あゝ。前世の俺、うっすいな。
きっと、ただ仕事をして、メシを食って、ゲームをして。その繰り返しで人生を浪費していたに違いない。前世の俺も今世と変わらず、余程無気力に生きていたのだろう。
だけどどうもそれだけじゃなく、蘇った記憶には偏りがあるようだ。
前世の俺の生い立ちや思想、どうして無気力になって行ったのかなど。核となる記憶は靄がかかったように思い出せない。ゲームについては鮮明なのに。
だけどそのおかげで、抵抗なく知識を引き出せる。ちょっと作為を感じないでも無い。
新たな視点を得てた結果として、以前より今世について理解が深まったようだ。そう。悪役としてシナリオに定められた可哀想な少年時代を送って来た今世の俺と、いう新視点。
まだほんの子供の頃に、喪った母の大きさと、孤独に耐えかねて。もう何にも期待したくないと心を閉ざした。そうして無気力な人間へと変わって行った俺。
「ラウル?」
セドリックの顔を見つめたまま微動だにしないラウルを、心配そうに覗き込むセドリック。
前世、彼はその生き様で無気力な俺を鼓舞し。今世では温かい手を差し伸べて陽のあたる場所へと連れ出してくれる。
強く、優しく、美しい。俺の英雄。
俺の太陽。
セドリックが俺だけを見つめる擽ったさに、胸が一杯になる。幸福に震える。彼の存在がこんなにも俺の心の支えであったのかと、驚かずにはいられない。
前世を思い出した恩恵は絶大だな。以前より、自身の境遇や感情について客観的な認識が可能になったように思う。メタ認知ってヤツだろう。
そうか。
ゲームのラウルは、二人を。
エステルだけでなく、セドリックを深く愛していたからこそ、裏切りを許すことができずに狂ってしまったんだな。
今なら分かる。
自分を見下ろすセドリックの瞳の青さに、ラウルは胸がいっぱいになる。
俺の内に巣食う喪失への絶望。光への執着。愛への憧れ。あまりに脆いアイデンティティ。
もしかしたら。エステルが死なずに済んでも。俺の元から二人が揃って去って行ってしまったなら、俺はやっぱり狂ってしまうのかも知れない。少しずつ、孤独に心を蝕まれて。
ラウルには、徐々に枯れるように死んでいく自分が容易く想像できた。
でも、ダメだなぁ。そうだとしても。折角前世を思い出したってのに結局。俺には自分の為に状況を打破しようっていう気概がない。
運命に抗うよりも、流されるままに生きていたい。
きっと。誰の助けもなく失敗し、打ちのめされ、誰からも顧みられない、そんな孤独に、この精神は慣れ過ぎちまってるんだろう。
勝利のために戦うとかいう発想が湧かない。出来る気がしない。ちっともイメージ出来ない成功なんかを求めるより、少しでも長く現状を維持して、残された猶予をちょっとでも長く傍観者でいたい。
腰抜けだって?そうさ。前世知識で自己分析能力が向上したところで、根暗モブ陰キャが変わるわけじゃない。
自分でもわかってる。俺ってやつは本当に……。
「終わってる……」
「え?」
「いや、何でもない」
横たえられていた体を起こそうと身じろぐ俺を、セドリックが助けてくれる。ベッドに寝かされていた様だ。見覚えのない部屋。
「ここは……?」
「男爵邸に置いて行きたく無かったから、今日の宿泊予定地まで移動したんだ」
「そうか、う。いてて……」
辺りを見回そうと首を巡らすと酷い痛みが走って、思わず呻いてしまう。
「あ、ごめん。移動中の馬車でずっと膝枕してたんだけど、高さが合わなかったかな……」
「ひ、膝枕?」
「うん。ずっとラウルの寝顔を観察できて役得だったよ」
「は?」
爽やかな笑顔で、気は確かかと疑うようなセリフを口にするセドリック。思わず顔を凝視する。いつも通りイケメン。
「ごめんね?」
「い、いや……大した事ない。すぐ治るだろ」
こんな時でもセドリックはキラキラしくて目が眩む。そうだ。きっと大した問題じゃない。すぐ治るさ。それより今後についてだ。
破滅する運命を回避する為に、差し当たって俺は特に何もしないと決めたわけだが。それだけで本当に全部が上手くいくものか?
本来なら俺がエステルを口説き落とし、両親を説き伏せて、将来の約束を取り交わすべきなんだろう。デイト家は血統を守りながら、しかもエステルを女主人にできるのだから、両親から譲歩を引き出す可能性は充分にある。
そうなれば、いずれセドリックが王女と結ばれて俺の手の届かない存在になってしまっても、セドリックとエステルの内、一人だけでも俺は失わずに済む。
エステルは命を狙われないし、セドリックは順風満帆な人生を進めるのだ。
控えめに言って最善策だろう。みんなハッピーで万々歳だ。
でも。俺は、そうしたくない。
「本当に大丈夫?突然気を失うなんて、余程の事だよ。安静にしてなくちゃ」
心配そうな顔のセドリックが、重病人にするみたいに俺の体をそっと布団に沈めてくれる。ラウルには、こんな風に看病してくれる相手は一人もいなかったな。セドリックが初めてだ。
学園でもやる気の無いラウルを見捨てずに声を掛け続けて、母親みたいに世話を焼いてくれるんだ。「ラウルのお母さん」なんて呼ばれて揶揄われても。
セドリックが側にいるから、ラウルみたいな人間でも、それなりに他の生徒とも交流が図れていたんだろう。セドリックなしには、学園生活もままならなかったに違いない。
いや学園生活どころか、人生さえ……。
セドリックの温かな青い瞳に、俺が映っている。セドリックの目に映るものなら、俺さえも美しく見えるから不思議だな。
全く。ダメだろ塵ごときにそんな目を向けちゃ。
喜びで息の根が止まっちまいそうになるんだ。
やっぱり、俺は、自分からセドリックを諦める選択を、自分に許せないんじゃないかな。
セドリックが俺じゃない誰かの世話を焼いて、心配そうに顔を覗き、日々を共にするのかと思うと、気持ちが萎える、凍えてしまう。自らそれを招くくらいなら、少しずつ狂っていく自分と戦った方がいい。
「俺、ちょっと……トイレ!」
たまらない気持ちになって、部屋を逃げ出そうと起き上がった。だけど逃走しようとする俺を引き止めるものがある。
布団から跳ね起きて、床に下ろそうとした足。ジャラジャラ言うそれが巻き付いて、俺はバランスを崩してしまう。
そのままセドリックの胸に飛び込んだ。
「ぷわ!ごっごめん……」
ムスクの香りが満ちる懐から、慌てて顔を起こす。顔が熱い。セドリックの視線を逃れて後ろを振り向いた。そこで俺の片足を掴んだ犯人を確かめ、絶句する
セドリックは呆然とする俺を、強く強く抱きしめた。
「ねえ、そんなに慌てないで。もう少し話そう?」
同じものを見ているはずのセドリックは、なのにちっとも驚いた様子がない。俺の脚に嵌められた異物。鋼鉄の枷と鎖を。
「へ……?」
俺は恐る恐る振り返る。輝かしい未来を約束された、神の愛し子を。
「本当、ありえないよね。僕にラウルを殺させるなんて。だから女神にやり直しを請求したんだ」
「やり、なおし……」
「そうだよ。褒めて?」
至近距離から見ても毛穴ひとつない顔。長いまつ毛。甘えた声で、得意気に頭を擦り寄せてくるセドリック。
思考停止に陥る俺は、反射的にその頭をなでなでする。
「本当に悲しかった。酷いよラウル」
「な、なん、な、何を言ってる……?」
「やだな、思い出したんでしょ?ラウルってば寝言で色々言ってたよ?」
は?寝言?俺は何を口走った?
顔を青くする俺を面白そうに見つめるセドリック。
「ラウル?よく聞いて。お前の妹は、全然お前に相応しくない。小さい頃に心の支えにしていたのは知ってるけど。お前の妹にしてみれば犬猫に接する程度の軽い気持ちで気まぐれに餌を与えていたに過ぎないし、お前を特別に思っていたわけじゃない。だから簡単に僕になびいたし、少しもお前を守ろうとしなかった。僕だってお前がよそ見しなければ、歯牙にもかけなかったし、その証拠に今回は全く関わってもいないよ」
え、情報が多いんだが……。
ちょ、ちょっと待て。どういう事だ?
この世界は一度回帰してる?
シナリオ通りに進んだ一度目のセドリックは、エステルを好きじゃなかった?
だ、だけど。ゲームではエステルが死んだ時に、王女を断罪する勢いで王宮に乗り込んでいったのに……。
「妹が死んでラウルがあんまり落ち込むから、犯人を縛り上げてやれば気が済むかと思ったのに、王女が今度はラウルを狙うって言い出してさ。どうせその内誰かと結婚させられるなら、ラウルとの関係を黙認する相手がいいかと思い直した。それで王女と取引して婚約を受け入れたんだ」
ふええ。シナリオと現実のギャップ……。
「なのに肝心のラウルがいなくなるんだもん。僕ちょっと暴れちゃったよ」
「いや『もん』てお前……。もしかして。それで隣国との戦争に……?」
「うーん?なんか、僕を恐れてパニックになった【魔獣】がいっぱい隣国に逃げ込んだらしくてね。うっかり侵略行為と見なされたみたいだよ」
「うっかりが過ぎる!」
俺のツッコミに何故だか嬉しそうにするセドリック。
「全部ラウルの責任だよ?」
「まてまてセドリック!お前そんなキャラじゃないだろ!?急なヤンデレやめて!」
セドリックはクスクス笑い始めた。長い両腕に混乱する俺を閉じ込めて、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。肩口に鼻を埋めて、匂いを、嗅いでいる?
ちょ、セドリックさん!?
「前回、ラウルをこの手で殺したせいで、ちょっと壊れちゃったのかもしれない。ああ、いい匂い。落ち着く……」
セドリックの鼻先が頸動脈を掠める。
「ひぃ……」
「もしまた逃げても、何度だってやり直して捕まえにいくから、もう諦めて僕に囚われてね」
俺に巻き付くセドリックの唇が首元に触れる。舐めるよう発せられる声に、鼓膜から骨の髄まで侵される。
ひああああああぁ!
これは、アレだ。蛇に睨まれたカエル!もしくは、猫に追われるネズミ!いや、それじゃコメディアニメか……!?
空回りする前世知識に歯軋りする俺。セドリックはそんな俺を抱きすくめて離さない。
セドリックは神に愛されし男だ。
彼にかかれば運命さえも意のままに。
だけど女神様よ、たぶん貴女はセドリックを甘やかし過ぎたのではないだろうか。
神の寵愛にもまるで感謝が無いし、運命をねじ曲げた反省の色も皆無だ。何でも思い通りになって当然と思ってる節がある。
しかも厄介な事に、その思い込みも女神のおかげで概ね事実であるのだ!
俺は唸った。唸る以外無かった。
こんなヤンデレ男でも、ぬいぐるみでも抱くように、自分に巻き付く姿が可愛く見えてしまう自分が怖い。俺はセドリックに羽交い締めにされたまま天を仰ぐ。
神よ。願わくば、セドリックのチートが今回の世界の平和を乱しませんように。俺の自由とか、幸福とか、他もなんにも望みませんから。
祈り終えて、瞼を開ける。
目の前の現実に、体がしぼむほどの溜息が出た。
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