転生者は夢の続きを見たくない(連載版)

無花果

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転生者は夢の続きを見たくない 上

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 俺はセドリックと一緒に両親の居る客間に向かっているところだった。
 この冬休みはセドリックの屋敷に滞在する予定で、学園からの道すがら、俺の実家にもちょいと足を伸ばした。
 実家に着いて早々、所用を済ませてさっさと出立しようとする俺に、「ご両親へ是非挨拶を」などとセドリックは言う。常識的で至極真っ当なご提案だ。
 あらゆる成績で一度たりとも彼に敵った試しのない俺は、セドリックの正しさを前に、両親との対面が避けられなくなった。
 先導する俺の足取りは重い。
 セドリックは我がデイト男爵家の寄親にあたる伯爵家の令息で、デイトの人間にとっては絶対的上位者である。にも関わらず、俺や両親を立てて接してくれる非常に出来た人間だ。
 素晴らしい幼馴染で、無二の親友。未来の上司、もしくは庇護者。
 俺は、すっかり身に馴染んだ「気遅れ」なんて感情の自覚も薄いまま、半歩後ろを歩くその人を盗み見た。絵に描いたような金髪碧眼に整った目鼻立の、非常に目を引く容姿が目に入る。
 背は高く、鍛えあげた肉体はしなやかで強靭。のみならず、貴重な聖属性持ちという大変に恵まれた資質の持ち主。学園入学当初から、将来は聖騎士にと期待される、神に愛されし男。
 いやまったく感嘆するばかりだ。
 それに引き換え俺はと言えば、どこにでもいる茶色い髪と瞳。中肉中背で貧乏男爵家の嫡男。特筆すべきことの無い残念な腰巾着で、多分、引き立て役にも少し弱い。
 名もなきモブ男。親からも愛されてない。

「旦那様?ラウルさんは、このまま伯爵家でお仕事を頂けば良いのではないかしら。どうせ士官は難しいのでしょう?」

 閉じた扉越しに廊下まで、キンキンと耳に痛い義母の声が響いてくる。
 ナチュラルにディスられるのも、俺にとっては生家における日常の一コマであるが、今はセドリックが一緒なのだ。気まずい。

「跡継ぎはエステルが婿を取ればいいのだし、この機会にセドリックさんにはっきりお願いしましょうよ」
「バカを言うな。いくらあれが無能だからといって、男爵家の血を途絶えさせる訳にはいかん。エステルはワシの娘じゃないのだから。全く、お前に子が出来なかったのは計算外だったな」
「まあ!酷い!!エステルは貴方の子よ!私と結婚したんだから、もう貴方の娘でしょ!?」
「血は繋がってない」

 扉の前で執事のセバスが気まずそうにしている。訪問の意思は通してあるのだ。客を待つ間くらい、聞かれて困る話は控えたらどうなんだ。
 てか、なんだよ。俺とエステルは異母兄妹じゃなかったのか?
 てっきり、クソ親父が外で産ませた娘だと思ってた。
 エステル。
 もう十年以上も前。母親が亡くなった悲しみも冷めらやぬうちに、屋敷にやって来た新しい母に連れられた娘。
 ふわふわの子うさぎのような、愛らしい妹。
 俺をゴミ扱いする継母と違って、一つ年下のエステルは俺を兄と慕ってくれたのに。寄宿舎に身を寄せる様になって、顔を合わせることがめっきり少なくなった今も手紙のやり取りを続けている。
 さっさと済まそうと思っていた用事の一つは、あの子に似合うだろうと買って来た、血のように、赤いリボンを渡す事。
 赤い唇から溢れ落ちた、あの赤に似た。
 エステル、可哀想なエステル。
 ……可哀想?……。
 そうだ、あの子は俺の妹じゃない。
 俺の……、俺の………?
 
「———お前の妹は、」

 セドリックの声が聞こえた気がしたが、それ以上は思考することができなかった。目の前が真っ暗になって、俺は意識を手放した。







 ——アクションRPGゲーム『brilliant  strategyブリリアントストラテジー』——
 剣と魔法の世界。権謀術数の張り巡らされた権力闘争を制し、若き英雄となるべく、少年の戦いは今始まる。——とかなんとか。そんな感じに始まるオープニングムービー。
 貴族らしき少年が徐々に青年へと姿を変え、白銀の鎧を纏って群衆の頂点に立つ。主人公らしいその勇姿は、金髪碧眼に整った目鼻立の、非常に目を引く……。
 セドリック?
 理知的な眉。切れ長の瞳。少し尖った犬歯。少年の姿は間違いようもなく。成長した姿は、想像で補うしかないが。
 このキャラクターはセドリックだ。神に愛されし男、聖騎士セドリック・アドラム。
 は?……セドリックは本当に聖騎士になるのか?……この記憶はなんだ?
 チカチカと光が瞬く。

 ——分かるはずだ。

 ……そうだな。分かる。これは俺がラウルおれになる以前の記憶。セドリックとラウルの物語。






 セドリック・アドラムは王国に古くから続く伯爵家に生まれた。
 次男だったが聖属性を扱う才能を授かったため、嫡男以上の待遇でそれはそれは大切に育てられた。命の揺籠の外なる存在——【魔獣】に対抗する最も有効な手段が、聖属性による攻撃であるからだった。
 人間のみならず、生きとし生けるものの命を脅かす【魔獣】。有史以来、人類の歩みは常に【魔獣】との戦いと共にあった。
 【魔獣】を屠るには、只人よりも騎士が。騎士よりも魔術師が。魔術師よりも聖騎士が、より絶大な力を誇示する。そして、この世界ではより多く【魔獣】を斃す者が、更に多くの名声を手中に収める。
 セドリック・アドラムは、生まれ落ちたその時から、魔獣被害に苦しむ人々の期待の星であった。そしてその期待を裏切ることなく成長し、幾多の試練を乗り越え、最後には王女を妻に得て国王の後継者にまで上り詰めるのだ。
 それが『brilliant  strategyブリリアントストラテジー』の筋書きである。
 物語の中では、セドリックの側に常に影の様に付き従う存在があった。ラウル・デイト男爵子息。セドリックの学友として育ち、従者を務める男ある。
 つまり、俺だ。
 ラウルには、一歳年下の妹が居た。親の愛を知らないラウルにとって、かけがえのない存在であった。
 彼女は名をエステルと言う。
 エステルはセドリックとも幼少期から面識があり、引く手数多なセドリックの、はじめの恋人でもある。
 実はラウルもエステルに対し、決して報われない想いを抱いていたが、その気持ちを胸に秘め、セドリックとの関係の橋渡し役を務めていた。自分の代わりにセドリックが妹を幸せにしてくれるのならば、それで充分だと思っていたのだ。
 しかし残酷な運命は、そんなラウルのささやかな願いを打ち砕く。
 セドリックの能力を高く買った国王派貴族が、セドリックと王女の婚約を取り決めようと画策。邪魔となるエステルを排除しようと企てるのである。
 セドリックとラウルは必死にエステルを守ろうとするが、彼女は運悪くその命を散らしてしまう。エステルの死後、セドリックと王女との婚約は強引に取り決められてしまうのだった。
 当初反発していたセドリックだが、王女の人となりを知り、深く関わり合う内に、彼女の知らぬ所で進められた陰謀の咎を、彼女に問うことはできないと考える様になる。
 次第に蟠りを解消し、二人は惹かれ合って名実ともに理想のカップルとなっていく。
 これに深く傷ついたのはラウルである。
 希望エステルは死んで、悼む者もいない。そればかりか、こともあろうに元凶の王女に尻尾を振るセドリック。
 全てに失望したラウルは、エステルの命を奪った者たちへの復讐を誓い、セドリックの元を去る。
 そして復讐の時を伺うラウルは、物語終盤に隣国の兵と共に王国へと攻め入る。その結果、他ならぬセドリックの手にかかって死ぬことになるのだ。
 何とも後味の悪い最期だ。
 多くの犠牲を乗り越え、セドリックは本当の平和とは何かを問い、やがて明君へと成長するのだ。

 ところで。
 今さっき、俺とエステルに血の繋がりがないという話を聞いて、この胸を過った感情があった。
 「憐憫と焦燥」だ。
 あの感情はどこからやって来て、どこへ行ったのだろうか。
 俺は確かに、家族の中で一人だけ俺に優しいエステルを特別に可愛く思ってはいる。でも、だからこそ血の繋がりがなかった事実には衝撃を受け、がっかりもしている。
 だってそうだろう?血の繋がりがなければ家族としての権利を主張できない。これまでも、両親がいい顔をしないので、妹と大っぴらに仲良くすることは出来なかった。けれど折に触れ、ささやかな親交を深めてきたのだ。
 誕生日にはカードを送ったり。小遣いを捻り出して王都土産を買って帰ったり。不肖の兄なりに妹を大切にしてきた。
 それが蓋を開けてみれば、俺にはエステルの兄として側にいる資格が初めから無かったなんて。
 あんまりだ。
 あの両親は、エステルの兄でありたい俺の気持ちなど、露ほども気にかけない。血の繋がらない兄なんかが側にいたら、嫁入り前のエステルの価値を下げるばかりだと、むしろ俺を排除しようとしてきたのだと分かる。俺の存在価値が塵。
 なんでだよ。俺が一体何をした。
 だけど。悔しがる俺がいる一方で、一理あると思う俺もいるのだ。
 エステルには幸せになってもらいたい。
 あの子はなかなかの美人だし、可愛げのない兄にも優しいとてもいい子だ。平たく言ってモテるだろう。
 一方の俺は、根暗なモブの陰キャだ。
 釣り合わん。
 あの子の相手は俺じゃない。物語の中のラウルは、血の繋がりを疑っていないエステルに対して、道ならぬ恋心を抱いていたらしいが。
 不毛すぎるだろ。地獄だな。
 うーん?俺の内にある感情、これは果たして恋と言える想いだろうか。
 エステルが不幸になるのを防ぎたいとは思う。けど、そのために自分がエステルを奪おうなどとは考えられない。そうしたいと願う情熱が無い。全然無い。
 俺はそもそもが無気力な人間なのだ。
 感情的になったのなんて、ペットの亀キチが指に噛みついた時くらいだ。恋のライバルなんて役目は到底果たせない。だってペットの亀くらいしか、感情をぶつける相手がいない俺ぞ?
 いや、ホント。向いてない。
 人格というのはその人の持つ記憶が形成するんだそうだ。失敗や成功の体験が次の選択を左右し、選び取った行動の一つ一つが人の骨格を形作る。
 つまり、そういうことだろうな。
 子供が大人に成長すれば、人格も大抵は様変わりするように。俺の前世での経験と意識が、ラウルという人物を本来とかけ離れた人格に変容し、俺を俺たらしめた。
 本来のラウルらしい思考と行動が困難なほどに。
 だけと、俺は今急に俺になったわけでない。生まれた時から俺として、一歩ずつ、ゲームのラウルとは違った道を歩んできた。俺はラウルであると同時に、ラウルから俺へと、すっかり変わり果ててしまったのだ。
 だからラウルである俺は、エステルの未来に「憐憫と焦燥」を覚え、俺であるラウルは、遠い昔の記憶のよう曖昧に受け流した。
 遠い過去のような、未来として。
 多分、そういうこと。

 とは言え。
 このまま事態を放置して、エステルが不幸になるのは看過できんよな。
 何とかルートを変更できないものか。若くして亡くなるだけでなく、自分の死に関わる相手に恋人を取られるとか。可哀想すぎるだろ。
 いやしかし、セドリックとエステルが恋人になるとはね。今までのところ、二人の間にそんな雰囲気を感じたことは一度もないのだが。
 俺が鈍感すぎたのか?応援したいようなしたくないような、ちょっと複雑な気持ちだ。
 ともかく、セドリックとエステルが俺の助けを借りて気持ちを通わすのなら、俺は二人の恋を助けなければいい。
 それで二人が恋仲にならなければ、エステルが狙われることもないはずだ。
 しめしめ。何もしないのは大得意だ。
 俺はエステルを女として見てないし、多分セドリックもまだエステルを意識していない。
 エステルの気持ちは……。うん。俺に乙女心を解する繊細さは無い。ちょっと全然分からん。
 けど、もしエステルが恋をしていたとして。俺は余計なことは何もせず、エステルの初恋はそのまま想うだけの恋にとどめてもらおう。
 貧乏男爵家の養女が結ばれる相手には、セドリックは大物すぎる。エステルも分かってくれるだろう。だから大丈夫だ。
 エステルが可哀想なのは、ゲームの中の事で、俺が妹に思慕を寄せるのも、ゲームの中の話だ。
 オレが俺になる前の、ゲームの、中の……。






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