転生者は夢の続きを見たくない(連載版)

無花果

文字の大きさ
28 / 33

二十六日目 デート

しおりを挟む
 コンロに乗せられた鍋からゆらゆらと湯気が立ち昇る。
 温まった真っ白な液体は、たっぷりの砂糖入りミルク。慎重にカップに注いで二人分をダイニングテーブルに運ぶ。
 ホカホカのホットミルクを持つせいか、窓から見える雪景色も心なし暖かい。窓の外枠に鎮座する小さな雪だるまが、羨ましそうにこちらを見ている。

「セドリックも飲めよ」

 脱いだ上着を椅子に掛け、長い足を組んで新聞を読む男へと、縁の欠けがマシな方のカップを手渡す。襟なしシャツにベスト。飾り気のない平民風の装いをしていても、気品はだだ漏れ通常営業。
 極上の笑顔で「ありがとう」と受け取るセドリック。「いや」とか何とか、モゴモゴと応じながらラウルも向かいの席に着く。今日の朝食は、食糧庫にあった保存用ビスケットとホットミルク。
 食事にバリエーションが有るのは地味にありがたい。
 昨夜はセドリックが買ってきたボックスミールを食べた。美味かった。コチコチの保存用ビスケットも素朴なお味で普通に美味い。ミルクをすすって二枚目のビスケットに手を伸ばす。
 新聞を畳んだセドリックは、渡したカップを大事そうに両手で包んでニコニコしながらラウルを見ている。あんまりじっと見つめられて、落ち着かないらしいラウルが口を開く。

「飲まないのかよ」
「ふふ、もちろん飲むよ。だけど、そうしたら後で僕とデートしてくれる?」

 「え?」と顔を上げたラウルの手からポロリとビスケットが転がり落ちる。コロコロ転がるビスケットを尻目に、懇願するようなあざとい上目遣いを繰り出すセドリック。その殺人的魅力にラウルは「ふぐっ」と息の根が止まりそうになった。
 するりとセドリックの手が伸びて来て、いつの間にか空になっているラウルの手を握る。持っていたはずのビスケットを取り落としたと漸く気が付いて「はっ」となるラウル。

「あ、ちょ……え?いや。あの……。手……あの、えっと……」

 宝物にでもするように恭しく手を握られ、セドリックという佳人の視線を独り占めにする状況。ラウルはドギマギと狼狽えて、視線はウロウロ、口をモニモニさせた。
 セドリックは笑顔の下で、ヤルこと散々ヤったのに変わらないラウルの初々しさに感嘆する。
 エロ耐性皆無のラウルにしてみれば、些細な接触の一つ一つにあらぬ期待を膨らませてしまうのだ。ときめきが制御不能。一触即発の恋愛境界線に抵触されっぱなしで心の休まる暇がない。
 幸せな悩みである。
 テーブルの上に転がるビスケット。繋がれた手の温かさ。窓の外には昨日作った雪だるま。コート掛けの二人分のコート。甘いホットミルク。デートの誘い。
 ラウルは重ねられた手に視線を落としながら、照れくさそうにコクリと頷いた。
 セドリックは表情をぱっと華やがせて、繋いだ手をきゅっと握り直す。そして、赤くなった顔を長い前髪で隠すように俯くラウルに身を寄せて、甘く優しく強請った。

「この手をずっと繋いでてね」

 


 新年のバザールは大賑わい。
 屋根付きの商店街を行き交う人々は活気に溢れ、通りはガヤガヤと騒がしい。食品から生活用品、家畜に反物、宝石まで。何でもござれ。
 すれ違う人も多種多様。人種も階級も異なる者が入り乱れる。体格や肌の色の違い、耳の形から尻尾の有無まで十人十色。ドレスの貴婦人がいるかと思えばフルアーマーの冒険者や、他国の民族衣装をまとう者。草臥れた作業着の労働者から聖職者まで、千差万別。
 ラウル達は商人風の旅装で、人波を縫うように進んだ。
 前を歩く頼もしい背中が、久々に外界を歩くラウルの心許なさを和らげてくれる。幼い子供のように手を引かれるのは少々くすぐったいが、変え難い安心感がある。
 セドリックは自らの体を盾にして、ラウルを守りながら雑踏を歩きつつ、ラウルが目を止めた品物をさっと手に入れて進む。流石恋愛上級者。ボーイフレンドの鑑。
 次々に鞄に収められる菓子や果物、手袋にマフラー、そろいの靴下。小さな金色の亀の置物。
 食欲をそそる香ばしい匂いを通りに広げる串焼き肉も、オーダーから受け取りまで流れるような手際で済ませる。そしてラウルの分を手渡す前に、噴水の縁へとエスコートして腰掛けさせるスマート決済。

「さ、どうぞ」
「お、おう。……ありがと。セドリックも座れよ」

 晴れやかに頷いたセドリックが、ラウルの隣に身を押し込む。
 肉を持った利き手と反対の左半身に、セドリックがぎゅっと密着する。肩と肘、膝と腿とが触れ合って、めくるめく肌の記憶を蘇らせる。——滑らかな皮膚、熱い昂り、そして淫らな息遣い。
 「ぐっ」と、溢れ出る唾液を飲み下し損ねたラウルが咽せた。耳が熱い。きっと真っ赤になってる顔を下を向けて「ンン"っ」と咳を払う。
 そこに隙ありとばかりに、セドリックがさっき肉に齧り付いたままの唇で「チュッ」とラウルのこめかみにキスをした。

「っぉい……!!」

 声を上ずらせ、ばっとセドリックの顔に向き直ると、今度はさっと唇を奪われた。何という早技……!
 通行人から「キャッ!」と黄色い悲鳴が上がった。見ればうら若い乙女達がこちらを向いて、あんぐりと口を開け、顔を赤らめている。
 見られた。
 ぱっ、と目を逸らし肉を齧る。
 乙女達は興奮気味に「見ちゃった」とか「すごい美形」とか「お忍びかな」とかとか、言いながら遠ざかって行った。あんな場面を見られてもモテるセドリックに、何とも言えない気持ちになる。
 安定のハーレムモード。えぐい!

「ラウル」
「あ?」

 食べ終わった串を、ひょいと奪われ手を取られる。指と指を絡めた恋人繋ぎで握られる。手の甲をスリ、と撫でられゾクリとした。

「ね、もう帰らない?」

 切羽詰まったように熱っぽく言うセドリック。だけど素直じゃないラウルは「まだ、来たばっか、だろ」と、はぐらかす。実際小一時間しか経ってない。ちょっと吃ったのはご愛嬌。

「うん。でも人が多くて疲れたし、……もっとキスしたいから……」

 前半は甘えた感じで。後半は耳元で囁くように宣うセドリック。その色めいた掠れ声にラウルは肩を震わせた。口内にぶわりと唾液が溢れ出す。この声にもっと奥深くまで揺さぶられたい。
 膝を擦り合わせ、手を揉むラウルがゴクリと喉を鳴らす。そっとセドリックへと視線を寄越す。その白い頬は上気して、前髪の奥の眉は困ったように下げられている。欲望に濡れる唇はどれほど……。

「……帰ろう」

 秘密めいた細い声で応えたラウルを、ちょっと強引に立ち上がらせたセドリックは、そのまま彼を横抱きにした。そして転移ができる場所まで一目散に駆け出した。
 ラウルは、セドリックが走りやすいように首にぎゅっと抱きついて、解き放たれた矢のように通り過ぎる景色の中を、大人しく運ばれて行った。
 ハネムーンに飛び立つ新郎新婦みたいに。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そのモブは、私の愛しい唯一無二

ミクリ21
BL
アズエル・ミスティアはある日、前世の記憶を思い出した。 所謂、BLゲームのモブに転生していたのだ。 しかし、アズエルにはおかしなことに思い出した記憶が一つだけではなかった。 最初はモブだと信じきっていたのに、副会長セス・フェリクスに迫られ続けるアズエルの話。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...