転生者は夢の続きを見たくない(連載版)

無花果

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二十九日目 夢の続きは

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 交易都市コースタン。
 王都と海運都市とを繋ぐ中継地点に位置する商業都市である。街は歴史あるバザールを有し、国内外から様々な人と物が集う。大変活気のある地域だ。人の気質も賑やかで、遠慮のない物言いが特徴。
 これはメインストリートから少し外れた裏通りの商店の一つ。老舗文具店「万月堂」での出来事である。





「あんなの、学生時代のお遊びよ」

 ソプラノの囀り。紅茶の香り。

「私、聞いた事あるわ。男ばっかりの場所では時々あるんだって。欲を慰めるだけの、関係?」

 退屈な昼下がり。

「いやだ穢らわしい」
「男の子っていつまでも子供でしょ?だから欲望に身を任せてしまうのね。ウチの弟もあっちこっちの女の子に手を出しまくってるわ。ちょっとばかり顔が良いからってやりたい放題!」

 そう言った一人が、白磁のカップをチョイと摘んで口に運んだ。テーブルには堅焼きのプレーンクッキー。女三人のティータイム。

「ええ~?ファルクってば、そうなの?!てっきりマリアに気があるんだと思ってたのに……!」
「あるわよ?マリアが本命なんだと思うわ。でも全然相手にしてもらえないから……ね、マリア?」

 マリアが顔を上げる。なるほど、多少地味だが可愛らしい顔立ちの娘だ。
 そのマリアの隣で、話題のファルクを「馬鹿ねぇ」と断じるのは、マリアの姉レイラ。「マリアもそう思うでしょ?」と向かいの席からも従姉妹のヤスミンが加勢する。
 ヤスミンの弟ファルクは、マリアと同年の十七歳。金髪美人で有名な母親似にた爽やかボーイだ。残念ながら平凡な父親に似たヤスミンは、その父とよく似た叔父の娘達と過ごす間、染みついた劣等感から解放される。

「いくら顔が良くても、誠実さが犠牲になるんじゃね~」

 弟個人を通り越して、全人類に対する嘆きとでも言うように大袈裟にぼやくヤスミン。と言うのも、話は冒頭の会話に取り沙汰される、とある人物との衝撃的な出会いに端を発するのだ。


 三日ほど前、三人は初売りで賑わうバザールへ出掛けた。
 陸上貿易の中継地である町は、国際色豊かで人も物も大変に賑やかだ。新年のお祝いに華やぐ通りを連れ立って歩き、お祭り気分を満喫した。
 一行はメインストリートの終わりまで進み、噴水広場に辿り着く。屋根付きの商店街に繋がる広場は、三人と同じく歩き疲れて足を休める人や、待ち合わせの若者でザワザワと賑わっていた。だけど、その人がやって来ると、人の声や噴水の水音、あらゆる雑音がフッと消えてしまった気がした。
 彼はラクダ色のファーワ(伝統的な外套)を纏い、庶民風の装いで街に溶け込もうと努力しているらしかった。けれど一切が徒労だった。
 スラリと長い手足。洗練された所作。全てが完璧に配置された顔貌。緻密な計算の証左とでも言いたげに整列する白い歯。健康的な象牙色の肌は艶めき、ナチュラルに切り揃えた金の髪が陽の光を浴びて王冠のようにキラキラと輝いていた。
 人ごみを寄せ付けず、ポカンと見惚れる庶民を尻目に、雑踏を悠々と闊歩する。その姿は誰がどう見ても、王侯貴族のお忍び観光。三人娘もその他大勢と同様に、声を失くして彼に見惚れた。
 夢でも見ているみたいだった。
 問題はその後。
 彼には連れがあった。長身の彼より一回り小柄な男性と並び立つ様子は、クラスメイトと連むファルクに通じる雰囲気があった。二人はおそらく学友だろう。そう、思ったのも束の間。噴水の縁に並んで腰掛けた二人は、なんと公衆の面前で堂々と口付け合った!
 艶やかに微笑む美しい男。時が止まったように見つめ合う二人。

「キャ………ッ!!」

 マリアはすぐ側で上がった悲鳴にギョッとした。
 見ればレイラが「しまった」とばかりに両手で口を塞いでいる。真っ赤な顔で、彼らに目を釘付けにしたまま。
 あんぐりと口を開けたヤスミンもすっかり興奮して、「見ちゃった」とか「お忍びかな」などと顔を赤くして呟いている。そこに追従して「すごい美形」なんて、レイラが半ば呆れた調子で言い出す始末。
 あんまり明からさまな野次馬ぶりに、別世界の住人みたいだった彼らもギョッとこちらを振り向いた。
 目が合った。
 ひたすらに気まずい。まるで上映中の舞台上に乱入した不届き者の気分だ。
 マリアは未だ興奮冷めやらぬ二人を、ぐいぐい押して舞台から引き摺り下ろすと、一目散に家に帰ったのだった。



 それから三日。ずっと、あの光景が心に引っかかっている。
 固いクッキを手に取ったレイラが「あーあ」と、ため息混じりに言う。

「やっぱり男は年上のお金持ちに限るわ。私には、カリムおじ様が居て本当に良かった」
「少しお腹は出てるけど?」

 ヤスミンの言葉に憤慨したレイラが「ヤスミン?」と低い声を出す。それを「ごめんごめん」と軽くいなしてヤスミンが笑った。
 カリムおじ様というのはレイラの年の離れた婚約者だ。見知らぬ美青年にポッとなって我を忘れる程度には面食いなレイラだが、婚約者の見目に対する不満からは極力目を逸らすようにしているらしい。
 多少は裕福であっても、自活の術を持たない娘達に与えられる将来は、思う以上に現実的だ。夫は堅実で夢見る余地などない人が相応しい。その方が余計なトラブルから身を守れるのだ。
 よしんば欲を解消するためのセフレがいたとして、男は結婚したら妻一筋になるのが当然。許してやるのが妻の甲斐性。なるべく若く美しい内に嫁に行って、有り難がられなければ損。
 自分たちを取り巻く常識に、マリアは胸が悪くなる。

「マリアも、いつまでも空想の世界にばかり夢中になってないで、真面目に将来を考えないとダメよ」
「あら、もしかしてまだ書いてるの?マリアのお話は面白いけど、職業小説家なんて女には無理よ」
「そうよ。結婚して、趣味として続けさせてもらえば良いじゃない。まずは結婚よ!」
「そうね、じゃあやっぱり相手は年上のお金持ちね!」
「そーね!」

 何がおかしいのか、コロコロと笑い合うレイラとヤスミンに肩をすくめ、マリアが席を立つ。残された二人は「おや」という顔をしたものの、何も言わず自由にさせる。
 無口なマリアがこんな風に話の輪を外れるのも、珍しいことではない。マリアが居なくなっても支障なく花咲く会話に背中を押されて廊下を進み、階段を降りる。
 華やかな居住空間から階下の店舗スペースへ。文具を扱うシンプルで質実な内装は、マリアのささくれた心を慰めた。
 誠実でありたいと願うのに、夢見るようにささめく乙女たちは妥協こそ叡智と謳う。

「あら、お嬢様。おしゃべりはもうよろしいんですか?」

 店番中のアマルが振り向いた。もう十年もここに勤めるご婦人だ。姉妹の母親世代のふくよかな女性で、さっぱりとした性格が心地いい。マリアの避難所。

「あの人達の“正しい結婚のススメ”には食傷よ」

 口を尖らせて言うマリアに、アマルが「あらまぁ」と仕方なさそうに笑う。

「店番でもしている方がよっぽど有意義だわ。空想の余地があるもの」
「空想の余地ですか?そんな風に言うのはマリアお嬢さまくらいなもんですよ。アタシにはちんぷんかんぷんですけど、手伝って頂けるのは大助かりですよ」

 アマルが、店番の手慰みに細工する羊の毛玉を差し出す。ちくちくと針で突いて形を整え、犬や猫のマスコットを作るのだ。完成品は店に飾ったり客にプレゼントしたりするらしい。
 このコロリと小さい手のひらサイズのマスコットがマリーは大好きだった。
 受け取った羊毛の温もりが、鬱屈を解かしてくれるのを感じてマリーは微笑む。すると、畏まった雰囲気の店内が春でも来たようにパッと華やいだ。笑顔のマリーを至近距離で目にしたアマルも、えも言われぬ幸福感に溜息を吐いた。
 このマリア、モテる。
 実家は金持ちだし、笑顔がとても可愛い。そして何よりその思慮深い性質が、従順な妻を求める男達にとって好ましく映るらしかった。
 思慮深い人間は確かに感情的でないが、それが他者に従順だということとは違う。寧ろ確固たる信念を抱き、容易に曲がらない人々だ。
 だからマリアは、表面的な自分に好意を抱く異性が苦手だった。だって彼らの求めるものをマリーは持っていなかった。彼らは認識は間違っていて、尊敬も尊重も出来なかった。
 姉の許嫁だって実際は、姉が外したのを見計らってマリアのを握り、「嫁は出来るだけ若い方が良い」なんて言うような人だ。もう若くないってだけで、人が欲望に身を任せるのを止めるなんて誰が決めたのか。
 もし仮に、マリアが姉を出し抜いてカリムおじ様と結婚したとして。いずれマリアが若くなくなった時に、彼はまた別の新しい嫁を見繕うのだろうか。そして姉の婚約者を略奪したマリアに、「因果応報だ」とでも言うつもりなのだろうか。
 もどかしい。
 真実が知りたいと願うのに、涎を垂らした狼たちは都合の良い偽りばかり流布する。そしてそれに容易に騙される、無知で無力な自分たち。
 だけど。
 彼は、何かが違って見えた。

 ——チリリン……

 来客を知らせるドアベルが鳴って、マリアははっと顔を上げる。春はまだ先なのに、店内に若草の香りが吹き抜けた。

「いらっしゃいま、……せ……」

 顔を上げたアマルが元気よく繰り出した歓迎の挨拶は、尻すぼみに途切れる。
 入店したのは二人組の学生だった。軽く目礼すると、ノートがどうとかインクも必要だ、とか言いながら店内を物色する。
 会話から察するに、彼らは文具を買いに来たらしい。文具店なので当たり前である。のだが、それが疑わしく感じるくらい、その人が余りに浮世離れした貴公子である事に、アマルとマリアは息を呑んだ。
 金モールがあしらわれた黒基調の制服。スラリと引き締まった長身の肉体に、金髪碧眼の完璧フェイス。
 控えめに言って伝説級イケメンのご入店である。しかしマリアは美の見本品の登場以上に、数奇な巡り合わせに面食らっていた。
 だってその人は、つい三日前に見かけた、噴水の前で男の子にキスをした、例の、あの人だったからだ!!
 間違うわけがない。こんなイケメンがそこらに二人も三人も居ては堪ったもんじゃない!
 硬直するマリアとアマルの目の前で、彼らは和気藹々と物品を選び、真っ直ぐにカウンターへと歩いてくる。
 節目がちに「お願いします」と品物を差し出したのは、茶色い髪の地味な印象の男の子。(親近感!)店番のおばさんと小娘にも礼儀正しい。(好感度!)たぶん、噴水でキスされてた人。(ハレンチ!)
 彼が買おうとしているのは、学生によく売れるノートと筆記用具。ここらじゃ見かけない学生服を着ているから、きっとどこか遠くの土地から休暇にでも来ているのだろう。

「それを五セット、郵送できるかな?」

 無駄に良い声で後ろから伝説級イケメンが尋ねた。地味男くんが「え?」と振り返る。マリアとアマルは、了承を伝えるために首振り人形みたいに二人でコクコクと頷いた。

「僕もラウルと同じものが欲しいから、まとめて送ってしまおう」

 彼はそう言いながらコツコツと靴を鳴らしてやって来て、さらりと送り状に筆を走らせる。ついでに会計も小切手でスマートに済ませてしまった。行動もイケメン。
 早速準備に取り掛かかろうと、アマルがカウンターを出る。

「あっ、おいセドリック!俺の分まで一緒に払ったのか?……すいません領収証貰えます?」

 お名前判明!伝説級はセドリックさん。地味男くんはラウルくん!
 さらに新事実!!セドリックさんの手元を覗いて、顔にかかる前髪を払った地味男ラウルくん。顔面が、地味じゃなかった!!
 マリアは目をバキバキにして凝視する。なんて事。この男の子……近くで見たら、……むちゃくちゃ美人!!……じゃなくて……何か言われた、何だっけ……領収証??

「カ、カシ、コマリマシタ」

 パニック状態で顔を赤くするマリア。「ん?」となるラウル。その肩にセドリックの手が触れて、マリアから視線が逸れる。二人が見つめ合う。

「ね、ラウル。この万年筆、見て」

 セドリックがカウンターのショーケースを指差した。ラウルは何となく腑に落ちない様子ながら素直に応じる。

「おう。綺麗だな」
「ね。色も僕とラウルの瞳の色が揃ってる」

 艶のある黒の本体を覆うキャップは、深みのある青と、美味しそうなチョコレート色の二種類。

「確かに……?」
「僕はラウルの色を使いたいから、ラウルは僕の色を使ってね」
「え?……買うの?いやコレ、ちょっと高いな……」
「大丈夫。記念のプレゼントだよ」
「は?記念て、なんの?」

 領収証を切りながら耳をそばだてるマリアを焦らすように声をひそめ、ラウルに耳打ちするセドリック。秘密の囁き。

「ばっ……!」

 耳を押さえてグワッとのけぞるラウル。その隙に、セドリックは「これ、青とブラウンを一つずつ」と注文を通す早技を見せる。
 ほわぁ、と呆気に取られるマリアは、セドリックにパチリ⭐︎とウインクされて大急ぎで仕事に取り掛かった。ラウルが「あ、ちょっと」なんて言ってる間に、ケースから青と茶色の二本の万年筆が飾られたトレイを取り出して「コチラデオマチガエナイデショウカ」と早口で尋ねる。

「うん。良い品だね。包んでもらえる?」
「モチロンデス」

 首振り人形からの操り人形。
 マリアは、ご購入済み高級万年筆を捧げ持って包装用の作業台へとカクカクと移動する。ちょっと深呼吸してから、二人のイメージにピッタリなシックで高級感のある包み紙を取り出した。
 そして丁寧にラッピングを施しながら、この少しばかり強引なこのプレゼントは受け取ってもらえるのかな?と心配になって、ラウルの様子を盗み見た。
 彼はセドリックの背後で、考え込むように腕を組んで静かに俯いていた。マリアにはラウルの逡巡と葛藤が理解できるような気がした。
 きっと二人は秘密の恋人同士なのだろう。ラウルがセドリックを憎からず思っているのはマリアの目にも明らかだった。けれど身に余る貢ぎ物というのは受け取る側には負担となるものだ。応えられない想いを向けられる辛さにも似て。
 マリアの勘が、セドリックはかなりの執着系だと告げている。このプレゼントにも、単なる贈り物の域を超えた意味合いが込もっていそうだ。
 好き合っているだけで何もかもうまく行く程世の中は甘くない。立場とか世間体とかに振り回されず、対等に愛し合うというのはとても難しいことだ。マリアとって、好きをそのまま仕事にする決断が、とても難しいことであるように。
 この国で女が職業小説家を目指すのと同じくらい、同性愛は前途多難で、世間から理解されにくい関係だろう。しかもあんな、全人類から愛されていそうな男性がお相手だ。好意的に受け止められる方が稀だろう。同性の恋人がいるくらいの事で彼を放っておいてくれる程、世のご令嬢はお行儀よろしくないだろうし。思いを貫くには、面倒な局面が幾らでも勃発しそうだ。
 理解されにくい生き方に、それでも一歩を踏み出すには切っ掛けが必要だ。背中を押してくれる何かが……。
 期待と不安を胸にマリアはラウルを観察した。彼の決断を見届けたいと願って。
 すると見守るマリアの目の前で、変化は起こった。

 さっと薄曇りの空が晴れて、薄暗かった店内に陽の光が差す。
 真冬の太陽は低く、光は南の窓から部屋の中程にまで長く差し込み、一筋の道となった。道は項垂れる男の元にまで届いて、柔らかな光を投げ掛けた。温かで、懐かしい光だ。
 その温もりが俯けた顔を動かし、彼は光を見上げた。
 まばゆい光を仰ぎ見た。
 そこには、呻きたいような過去も。
 手の届かない未来もなく。
 ただ温かい光に包まれる喜びだけが鳴り響いていた。
 彼の暗いチョコレートの瞳も、透明な琥珀色に輝き出す。まるで蛹が蝶になるように。
 特別な、奇跡のような、平凡な日常。

 その美しい瞬間を目撃したマリアは、息を呑んで胸に手を当てた。
 ずっと見ていたいような素晴らしい光景なのに、視界を遮るものが現れる。マリアの手にある品物の受取人だ。こっちも素晴らしい美形ではあるのだが。よく見ると目が怖い。
 慌てて「コチラデヨロシイデスカ?」と仕上がりを確認してもらって、丁重に袋に詰めた。
 窓の外では上空に流れる雲がまた太陽の顔を隠し、波が引くように、光がスルリと遠ざかる。
 ラウルは終わりを惜しんだ。
 その神聖な僅かな時間、男でも女でも、子供でも大人でも、前世でも今世でも無い、ただ一個の魂として。成功も失敗も、生も死も、愛も憎しみも追いつけない、今という一瞬の喜びに満ちた世界に、ラウルは在った。
 それは、全ての生命に与えられた比類なき幸福。
 光の道が閉ざされ、魔法の時間が終わって現実に引き戻されたラウルは、はっとなってセドリックへと目を向けた。
 期待と不安をないまぜにした、なんとも言えない表情でラウルを見下ろしている。なんでか知らんが、その後ろで店員さんも似たような顔でラウルを見ていた。
 面食らっていると、セドリックが店の袋をラウルに差し出す。中身はもちろんお揃いの万年筆だ。両手を添えて受け取った。
 ちょっと疑うような調子でセドリックが聞く。

「ちゃんと使ってね?」
「あたり前だろ。使うよ!」
 
 そう答えたラウルの顔にはもう葛藤の色は見当たらなかった。彼自身も少し戸惑うくらいに、心は晴れ渡っていた。プレゼントを抱きしめて、照れ臭そうに笑う。太陽は隠れたままなのに、眩しそうに目を細めてセドリックも笑った。
 マリアの直感は正しかった。
 やっぱり彼は。彼らは、「打算的な恋」も「偽りばかりのご都合主義」もはねつける強さのある人たちだ。知るべきことを知り、つけるべき力をつけ、戦うことを恐れない。彼らこそがマリアの望む世界の証明だった。
 きっとマリアはただ、世間知らずだったんだろう。自分の身近にあるものが世界の全てと思うだなんて、恥ずかしい事だ。気がついて本当に良かった。

「さあ、行こう」

 二人はマリアの感動など知りもせず、背を向けて出口を目指す。だけど、別れ難いものを感じるマリアは、目についた粗品を引っ掴むと意を決して二人を追いかけた。

「あの!コレ、おまけです……!」

 差し出した手のひらに乗る羊毛のマスコット。黄色とブラウンの二匹の犬。
 振り返ったラウルが受け取った。そしてじっと観察する。それから、ふ、と口元を緩めた。

「わぁ、かわいいね。ありがとう」

 そう言って優しく微笑んでくれた。セドリックも何も言わず見守っている。
 パッと顔を綻ばせたマリアが「ありがとうございました!」と勢いよく頭を下げる。いつか、二人をモデルに小説を書きたい。そう思う気持ちは胸に秘めて二人を見送った。
 他の客にはした事もないのに、マリアは店の入り口の扉を押し開けて外にまで送りに出た。人波に消えてゆく背中を暫し黙って眺める。真冬の空気の冷たさは頬を切り裂かんばかりだ。人々は忙しなく、冬の匂いはツンと鼻腔を刺激する。
 マリアは二人の後ろ姿に祈った。
 もしもこの先、同性の二人が神の前で愛を誓い合うことを世間が許さないとしても。彼らの身に思いがけないすれ違いが起ったとしても。どうか彼らの愛が滅びることなく、永く永く続いてゆきますようにと。

 願くば、死が二人を分つまで。

 どうか、どうか。




 空は青く。流れる雲は純白。

 マリアの清らかな願いはきっと空を渡り、天上にまで届いただろう。











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