転生者は夢の続きを見たくない(連載版)

無花果

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九日目 セドリックご乱心※

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 ラウルは不気味な地鳴りと建家を揺さぶる振動で目覚めた。

「あわっ地震!?」

 ガバッと起き上がって身構える。けれど、足元で鎖の音が鳴っただけで辺りは静寂に包まれている。寝ぼけたのかも知れない。
 時刻は昼近く。今日も左足には鎖。
 昨夜は夜中に夢から覚めて、考え事などしたせいで、少々寝過ごしてしまったようだ。朝食を食いっぱぐれたなと、ぼんやり考える。
 監禁生活が始まってからこっち、実家で過ごすより余程規則正しい日々を送っていたのだが……。ラウルに文化的で健康的な最低限の暮らしをもたらす彼は、どこかに出かけているのだろうか。
 室内を見まわしたラウルは、びくりと身を震わせた。「っほわ!?」と変な声も出た。
 彼——セドリックが、狭い部屋の壁際に置かれた椅子にダラリと座り、長い足を組んでじっとラウルを見つめていた。

「っは……なんだ、居たのか」

 大袈裟に驚いてしまった照れ隠しに、ぼやくラウル。目が合ったのに、セドリックは何も言わず手元の本に視線を落とした。
 おや?とラウルは思う。いつもの彼なら、ニコニコしながら早めの昼食を勧めてくるところだが。……あれ?なんか怒ってる?
 途端に後ろめたい気持ちがラウルの心を占める。
 そりゃ、自分みたいなのの世話するなんて楽しいわけが無いし。自分なんて主人公を逆恨みして裏切る悪役だし。我が身可愛さに恩人を売ろうとするクズだし。夜中にトイレで啜り泣く迷惑野郎だし……。
 トイレから戻ったらセドリックはよく寝てるみたいだったけど、本当は起きていたのかも。もしかしたら女神と接触したのもバレてるのかも。スパイだと思われてるかも?
 よくないよくない……。ラウルってキャラクターには前科があってだな?セドリックからの信用度は底辺だろ?下手するとこの場で……断罪?
 め、め、め、女神様?俺がセドリックの成長の糧になるのって、もしかして、……今です?
 顔を青くしたラウルが、オドオドとセドリックの様子を伺う。

「セ、セドリック?ごめんな?」

 読んでいた歴史書をパタンと閉じて、深いため息を吐くセドリック。ゆっくりと上向く視線。静かな怒りの宿る瞳がラウルに注がれる。

「何が?」
「……え?」

 予想外の質問だ。「何が?」って?そりゃあ……。
 ラウルは答えられずウロウロと視線を彷徨わせる。「ゴゴゴ」と、また低い地響きが鳴ってラウルの不安を煽った。

「ねえ、何がなの?」

 硬い声、厳しい顔つき。珍しく取り付く島もない頑なな態度で、重ねて尋ねるセドリック。ラウルは途方に暮れて、しょんぼりと眉を下げた。
 許してほしくて。ただ許して欲しくて。どんな悪さをしたのかも説明しないまま謝った卑怯な自分が、恥ずかしくなってラウルは黙って俯いた。
 地鳴りは益々大きくなり、虚空に「バチバチ」と何かの爆ぜる音と光が迸る。

「ねぇ、誰に謝ってたの?」

 ラウルには、セドリック以外の誰かに謝る理由なんて無い。だけどセドリックを裏切ろうとしたなんて知られたく無い。
 押し黙るラウルを責め立てるように、今度は七色の光がスパークした。空気が揺れる感触と鉄のような匂いが広がる。ラウルは「ひっ」と身をすくめた。
 それは魔法の発動を失敗した時とよく似た現象だった。ラウル自身も魔力を持ち、それなりに行使することができる。今のはラウルなんかの魔力量じゃ有り得ない規模ではあったが、よく見知った光景だ。
 おそらく魔力暴走。セドリックの魔力が暴走している。かなり危険な状況だ。
 それでもラウルは、呆れられたくない、嫌われたくないという幼稚な動機で口を閉ざし続けた。まるで叱られた子供だ。恐怖心が正常な判断を妨げた。
 こわい。セドリックに見捨てられなくない。
 どうしたらいい?どうなりたい?どうしてあげたらいい?答えが分からずラウルは混乱した。決められない。上手くできない。心が竦む。
 ベッドの上で項垂れるラウル。握りしめられた白いシーツ。そこに影が落ちてスルリとラウルへ忍び寄った。伸ばされた冷たい手がラウルの顎を取り、ぐいと顔を上げさせる。
 ラウルは、従わされる事への奇妙な安堵を覚えながら見上げた。圧倒的な存在感で、「こちらを見ろ」と命じる強い視線で、見たこともない暗い瞳でラウル覗き込む、セドリックを。
 まるで深い海に沈んでいくような絶望と恍惚の中。ラウルは決して眼を逸らすまいと、必死でセドリックの視線に喰らいついた。いつの間にか音と光はピタリと止んで、二人の息遣いだけが世界を満たす。
 このまま時が止まらないだろうかとラウルは思った。だけど、くっと眉を歪めたセドリックが鼻を鳴らして視線を逸らした。
 え?と眼を丸くするラウルは不意に肩を押され、ばふんっとベッドに押し倒される。「ぐっ」と呻く内に伸し掛かられて、両腕はセドリックの手でシーツに縫い止められる。鎖の擦れる音がジャラリと鳴った。

「ねえラウル、お願いがあるんだけど」

 やけに明るいトーンでセドリックが言う。
 仰向けにベッドに倒れる体。投げ出した足には鎖。更にセドリックの膝がラウルの腰を跨いで、馬乗りになる。
 痛みはない。しかし本能的な恐怖を覚えた。およそ三メートル四方の自由も、儚い幻と知る。
 自身の置かれた境遇の危うさを改めて突きつけられ、ラウルは鉛を飲まされたように胸が苦しくなった。
 耳鳴りがして、胸が早鐘を打つ。
 呼吸が乱れる。
 ゆっくりと、けれどまるでギロチンが降りるように。セドリックの体が迫り来る。分厚い影の中に囚われる。温かい闇に沈む。
 痺れた思考で、自分のものではない吐息が鼻を擽り、唇が押し歪められるのを感じた。温かく柔らかな感触。
 それは生き物のように形を変えて、また唇に吸い付く。それからぬるりと濡れた感触が唇を割り開き、口内に侵入した。驚いて声を上げようとしたせいで、奥深く入り込む。

「あっ……んむ、ふ………」

 くちゅくちゅと音を立て、ラウルの中を暴れ回る肉の塊。自分とは違う体温の、言い知れぬ慕わしさ。
 ラウルはさっきとは違った情動にゾクリと身震いする。
 舌に絡まり、上顎を撫で上げる感触に、何かが湧き上がる。
 ラウルは堪らずに喘いだ。上擦った、耳を塞ぎたくなるような自分の声が恥ずかしくて堪らないのに、止められない。
 認めたくもないのに。声に滲むそれは、紛れもない「快感」だった。
 どうしようもなく下半身に熱が集まるのを感じる。

 ——爆発しそうだ。

 長い長い、若しくは一瞬の接触が解かれて、ラウルを包み込む影の気配が遠ざかる。いつの間にか固く閉ざしていた瞼を開く。
 光の中で最初に見えたのは。セドリックの唇を伝い、自分の唇から伸びる銀糸がふつりと途切れるさま。

 呆然とするラウルを、無表情に見下ろすセドリックからの通達は簡潔だった。
 たった一言。


「抱かせて」


 そう言った。





 な、  ……………なん で?




 

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