練習なんかじゃ終われない!

リツカ

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「俺、みっちゃんともっと恋人っぽいことしたいなぁ」

 六回目の自宅デートのとき、リョクは突然そんなことを言い出した。
 コーヒーを手渡しながらリョクの隣に腰掛けた光秋は、小首をかしげる。

「もっと恋人っぽいこと?」
「うん。あ、これちょっと仕事の話になるからいったんタイマー止めるね」

 そう言ってスマートフォンのタイマーを止めたリョクは、再び光秋と目を合わせてにっこりと笑う。

「うちの店って彼氏代行サービスを謳った風俗店で、まあちょっとめずらしいタイプのウリ専なんだけどさ、うちが提供してる主なサービスはレンタル彼氏業と出張ホスト業の二種類なんだけど、これは知ってる?」
「あ、うん……たしか、コースが別れてて、できることが違うんだよね?」
「そうそう。『恋人コース』と『もっと恋人コース』ってのがあって、『恋人コース』は過度な接触禁止だけど、『もっと恋人コース』はキスとか性交渉もオーケーってやつ」

 正直、ホームページを見たときはそのコース名に乾いた笑いがもれた。わかりやすいといえばわかりやすいが、もっと他になかったのかと思わなくもない。
 それはそれとして、光秋がリョクと会うのは今回で六回目だが、そのいずれも『恋人コース』での指名である。今以上の関係を求めていないというのもあるし、そもそも──

「リョク君は『恋人コース』の仕事しかやってないんだよね?」

 予約するとき、『もっと恋人コース』を選べるキャストと選べないキャストがいた。サイトの説明によると、本人の希望でレンタル彼氏業だけで働いているキャストもいるようで、リョクもその内のひとりらしかった。
 光秋の問いかけに、リョクはうれしそうに目を細める。

「みっちゃん、ちゃんと確認してくれてるんだ」
「確認してるというか、予約画面で選択できないから……」
「選択できたら選択してた?」
「い、いや、しないと思うけど……というか、この話なんの意味があるの? リョク君はレンタル彼氏の仕事しかしてないんだよね?」
「表向きはね」

 ──表向き……?

 さらりと告げられた言葉に、光秋はきょとんとした。
 リョクはコーヒーを飲みつつ、ぺらぺらと話を続ける。

「そこらへん、うちの店結構柔軟なんだよね。キャストが客選んでもいいようになってんの。だから、表では『恋人コース』しか選択できないようにして、好きなお客さんにだけ個別に『もっと恋人コース』の営業かけるのは有りなんだよね。あ、これもちろん外部には秘密ね」
「う、うん……」

 そっちの方面にはあまり詳しくない光秋だか、リョクの説明でその仕組み自体はなんとなく理解できた。なぜ、今そんな話をリョクが光秋にしてくるのかはわからないが。
 光秋がぼんやりしていると、今度はリョクが首を傾げる。

「みっちゃん?」
「なに?」
「俺が今みっちゃんに『もっと恋人コース』の話持ちかけてるってわかってる?」
「え? あ……そ、そうなんだ……」

 ──そう言われてもなぁ……

 光秋はもともと『もっと恋人コース』にさほど興味がない。
 リョクのことをとても気に入っているし、この関係にのめり込んでいることも認めるが、それでもこれはあくまで『練習』なのだ。
 光秋はコーヒーの黒い水面を見下ろしながら、もごもごと言う。

「えっと……気持ちはありがたいけど、俺は今までみたいに一緒に過ごせたらそれでいいかな……」
「は?」
「……ん?」
「あ、いや……な、なんで? 潔癖とか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「ならよくない?」
「うーん……」

 光秋は閉口して唸った。

 ──『もっと恋人コース』の方が稼げるからそっちにしてほしいのかな……でも、俺は今のままで十分なんだよな……

「……前会ったときも言ったけど、俺、練習のつもりでサイトに登録したから──」

 光秋がそう言った瞬間、ただでさえ苦笑になりかけていたリョクの口元がひくりと引きつった。笑っているのに苛立っているのがわかる、なんだか怖い表情だ。
 それに気付いた光秋は、あわてて話を中断する。

「あ……ご、ごめん……リョク君が嫌とかそういうわけじゃないんだけど……」
「──ううん。いいんだよ。だって、みっちゃんにとっては俺なんてただの練習相手だもんね。……でも、今のままで練習になってるって、本気で思ってる?」
「え……?」

 笑顔で問いかけてきたリョクの言葉に、光秋は目をぱちぱちと瞬かせる。
 するりと目を細めたリョクが、くすくすと笑いながら光秋を見つめた。

「俺たち、一緒に映画見たりご飯食べたりはしてるけど、それだけじゃん。いくら経験がなくても、恋人がすることは他にもあるってみっちゃんにもわかるよね?」
「…………」
「こんなの友達だってするよ。恋人なら、キスとかセックスもするもんでしょ」
「そ、れは……俺だってわかってるけど……」

 ──でも、俺たちただのキャストと客だし……

 こういうサービスを利用しておいてなんだが、本格的な恋人同士の行為なんて光秋は求めていなかった。
 もちろん興味はある。しかし、いくら光秋がリョクにのめり込んでいると言えど、恋人でもない相手と性的なことまでしたいとは思わない。
 弟の秋也の言葉を借りるなら、光秋はいわゆる『夢見がちな男』だ。なので、そういうことはちゃんと恋人になった相手としたいのだ。

 いつまでも続きの言葉を発さない光秋に痺れを切らしたのか、リョクは再び質問を投げかけてくる。

「俺が『練習』なら、次の相手は本番なんでしょ? このままで大丈夫?」
「大丈夫って……?」
「ちゃんとキスとかセックスとかできるの? 軽く手握られたくらいで顔真っ赤にして、俺の手振り払っちゃうのにさ」
「っ……!」

 ふいにリョクの大きな手が、光秋の手を掴むように力強く握ってきた。
 あの日同様、光秋はとっさにその手を振り払いかけたが、なんとかグッと我慢する。
 けれども、顔が赤くなるのはどうしようもない。
 赤くなった頬を隠すように俯いた光秋の顔を覗き込み、リョクはかすかに意地悪く微笑んだ。

「顔真っ赤にしてかわいいね。……でも、みっちゃんの恋人になるひとはそう思ってくれるかな? 処女嫌いってひと結構多いよ。痛がられたら萎えるし、慣らすのも面倒だからね。……あと、相手が慣れてなかったり、そもそも乱暴なひとだと、みっちゃん痛い思いしちゃうかもなぁ」

 畳み掛けるように言われて、光秋の顔が赤くなったり青くなったりを繰り返す。
 緊張と不安で、心臓が早鐘を打った。

「お、おれ……」
「ごめん。変に怖がらせちゃったね」

 申し訳なさそうな声で謝罪して、リョクは握った光秋の手の甲をそっと撫でる。

「でも俺、みっちゃんのことが心配なんだよ。こんなかっこいいのに童貞処女のひとなんて今時なかなかいないから、変なひとに傷付けられちゃうんじゃないか、って……」
「りょ、リョク君……」
「俺だったら、キスもセックスも最後までぜーんぶ優しく教えてあげる。もちろん、危険なことやみっちゃんの嫌がることはしないよ。一応プロだし」

 練習にはちょうどいいでしょ?

 リョクが柔らかく微笑んで、首を傾げた。
 その美しい顔を、光秋は魅入られたようにぼうっと見つめる。
 まるで、甘い毒のようだ。
 光秋だって、これがただの営業トークだということぐらいわかっていた。でも、リョクに笑いかけられると、嘘とか本当とか、そんなことはどうでもよくなってしまう。

 この愛おしい時間さえ、タイマーが鳴ったら覚めてしまうただの夢だと頭ではわかっているのに──
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