7 / 40
7
しおりを挟むいろんな感情が波のように押し寄せて、光秋の心が揺れる。
ダメだと分かっているのに、リョクの提案がひどく魅力的なものに思えて仕方がなかった。
……いや、そもそも本当にダメなことなのだろうか。リョクの言っていることは彼にとって利があるものの間違いなく正論で、それに水を差しているのは夢見がちで臆病な光秋自身だ。
光秋の迷いを察知したのか、リョクは優しく微笑みながら甘く囁く。
「本当は今日も『恋人コース』のはずだけど、みっちゃんは特別だから少しサービスしてあげる」
「サービス……?」
「普通のお店でもよくあるサービスだよ。お試しで無料体験コースとかやってるとこあるでしょ?」
「あるけど、それって普通最初の一回目にするんじゃ……」
「細かいことはいいの。俺が、今、みっちゃんにやってあげたいんだから」
細められた目から覗く黒い瞳が、まっすぐに光秋を捉えて離さない。
リョクは光秋と視線を交えたまま、光秋の頬を指先でするりと撫でた。
「今日だけ特別に、『もっと恋人コース』の体験させてあげるね。……そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ。だって俺たち、タイマーが鳴るまでは恋人でしょ?」
そう問いかけてきたリョクに、光秋は返す言葉が見つからなかった。
まさしく物は言いようだ。
確かに金で買った時間分だけ、リョクは光秋の恋人なのだろう。
たとえリョクが、絶対に光秋のものにならない、光秋のことをただの金ヅルだと思っている男だとしても。
「……うん、わかった……」
こんな関係にはなんの意味もない。わかった上で、光秋はその物悲しさを無視した。
そして、『これは練習だから』とまるで言い訳のように自身に言い聞かせて、おずおずと小さく頷いたのだ。
その瞬間、スッと目を細めたリョクがにやりと笑った。いつもの爽やかな笑みとはまったく違う、少しぞくりとする笑みだった。
「……じゃ、タイマー再開するね」
いったん止めていたスマートフォンのタイマーが再び動き出すと同時に、リョクは艶っぽく微笑んだ。
光秋はどうしていいのかわからず、おろおろと視線を漂わせる。
「みっちゃん、大丈夫だから」
「だ、大丈夫って言われても……」
「まずはキスからしようね」
まるで幼子を諭すような柔らかな声で言うと、リョクは手のひらで光秋の頬を撫でた。そのまま髪を撫で、光秋の後頭部に手を置く。
ゆっくりとリョクの顔が近付いてきた。からかうように細められた目がいつもの雰囲気とは少し違って、でもそれもすごくかっこよかった。
「……みっちゃん、キスのときは目閉じて」
「あ……う、うん……」
言われて、光秋はあわててぎゅっと目を閉じた。
かすかにリョクが笑ったような気配がしたが、光秋はそれどころではない。頭の中はパニック状態で、どきどきと高鳴る心臓の音がうるさかった。
唇に柔らかなものが軽く何度も触れる。わずかに濡れた感触もして、光秋の指先がぴくりとした。
「みっちゃん、目は閉じてていいけど、口はそんなギュッと閉じてなくていいよ。ていうか、閉じてちゃダメ」
「は、はい……」
なぜか敬語になりつつ、光秋は唇を薄く開いた。「そう、そのまま」とリョクに言われて、その状態をキープする。
再び、柔らかなものが光秋の唇に触れた。それからすぐに、唇の間からなにかが入ってくる。
それがおそらく舌だろうことは、経験のない光秋にもわかった。ほんのりと自宅のブラックコーヒーの味がして、少し不思議な気分だ。
リョクの舌が光秋の唇をこじ開け、探るように口内を舐めていく。歯列をなぞられ、舌を舐められると、光秋は未知の興奮に眩暈すら覚えた。
その合間にも、リョクは口付けの角度を変えながら、「ちゃんと鼻で息して」「舌奥に引っ込めないで」「逃げちゃダメだよ」などと吐息混じりの声で時々アドバイスをしてくれる。
だが、口付けを受け入れるだけで精一杯の光秋がちゃんとそのアドバイスを理解できているのかどうかはあやしいものだ。舌を絡めるたびに口内で鳴るいやらしい水音に、光秋の頭は沸騰しそうだった。
「ふ、はっ……はっ、あ……はぁ……」
「みっちゃん、大丈夫?」
ようやく唇が離れた。
肩で息をする光秋の背中を、リョクが気遣うように優しく撫でる。
「どうだった? 恋人との初めてのキス、気持ちよかった?」
「わ、わからない……むずかしい……」
「ふふ、そっか。これからいっぱいするから、少しずつ慣れていったらいいよ」
そう言って、リョクは軽く光秋の頬にキスをした。チュッと可愛らしいリップ音を鳴らしながらすぐに唇は離れたが、光秋の頬はいっそう赤く染まっていた。
──恥ずかしかったけど、なんかちゃんと練習っぽかった……
光秋は片手で口を覆って、リョクから視線を逸らした。
リョクとキスがしたかったわけではなくて、今後のために練習がしたかったのだと、それ以上の関係など求めてはいない──いや、いけないのだと、自分に言い聞かせる。
「みっちゃん? 大丈夫?」
「う、うん……」
視線を合わせると、リョクはにっこりと綺麗に笑った。そして──
224
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ドジで惨殺されそうな悪役の僕、平穏と領地を守ろうとしたら暴虐だったはずの領主様に迫られている気がする……僕がいらないなら詰め寄らないでくれ!
迷路を跳ぶ狐
BL
いつもドジで、今日もお仕えする領主様に怒鳴られていた僕。自分が、ゲームの世界に悪役として転生していることに気づいた。このままだと、この領地は惨事が起こる。けれど、選択肢を間違えば、領地は助かっても王国が潰れる。そんな未来が怖くて動き出した僕だけど、すでに領地も王城も策略だらけ。その上、冷酷だったはずの領主様は、やけに僕との距離が近くて……僕は平穏が欲しいだけなのに! 僕のこと、いらないんじゃなかったの!? 惨劇が怖いので先に城を守りましょう!
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる