お仕置きはほどほどに

リツカ

文字の大きさ
40 / 41
地獄の結婚生活編

21


「──っていう夢を見たんだ」
「いや、項にがっつり噛み痕残ってますけど」
「……う、うぅ~っ」

 クリスからの容赦ない突っ込みを受け、ローランはテーブルに突っ伏した。
 それを見たユズリハが焦ったようにクリスを叱る。

「ちょっとクリス、ローランが泣いちゃったじゃない!」
「どうせ嘘泣きだよ、こいつ結構図太いもん。それに、今回に関してはほぼ合意だからそもそもそんな傷付いてないだろ」

 ──ぜ、全部見透かされてる……!?

 嘘泣きをやめたローランは、いそいそと顔をあげた。
 それを見たクリスは「ほらな」と、得意げな顔をする。
 市井から戻って二週間、ようやくまたモンクレア邸に三人で集まることができた。クリスの冷めた反応はともかく、市井で起こった悲劇をふたりに説明できて、ローランは少しだけ胸がスッとした。

「──それで、今回ばかりはお前も腹括ることにしたのか?」
「腹括るってなにが?」
「ルシアン様と番になって、今回は妊娠してる可能性も高いわけだろ? さすがにもう逃げようなんて思ってないよな」
「うーん……」
「いや、悩むのかよ」

 ──そりゃ悩むだろ。

 呆れ顔のクリスをローランはじとりと睨んだ。
 あの日、ローランがルシアンを求めたのは確かに事実だが、だからといってルシアンのことを好きになったわけではない。ローランは今でもルシアンのことが苦手だし、変わらず女の子の方が好きだ。
 ……さりとて、前よりはルシアンへの苦手意識が薄れているのもまた事実だった。
 単純に慣れたのか、はたまた優しくされて絆されたのかは自分でもわからない。ただ以前のように、腹に子どもがいるかもしれない状態でルシアンから逃げたいとは思えなかった。
 難しい顔で長考するローランを見て、クリスはからかうように口角を上げる。

「そんな迷うことないだろ。市井でデートするくらい仲良くなったのに」
「でっ、デートとかじゃないから!」

 そう言い返したが、声が上擦ったせいでなんだか言い訳がましくなってしまった。ローランは軽く咳払いをして、言葉を続ける。

「……ただ一緒に出かけた、それだけだ」
「でも、楽しかったんだろ?」
「市井なんて誰と行っても楽しいだろ」
「いや、心底嫌いな相手と一緒だったら楽しくないだろ」
「……確かに?」

 もっと昔のローランだったら、ルシアンと一緒の市井をあんなに楽しめなかっただろう。きっとルシアンの顔色ばかり窺って『早く帰りたい』とそればかりを考えていたはずだ。

 ──ルシアン様のこと好きになったとかそんなんじゃないんだけど……嫌いではなくなったかもな……

 ルシアンは当たり前のようにローランを馬に乗せて、なんでもないことのように市井に連れて行ってくれた。それが当たり前でもなんでもないことは、他ならぬオメガのローランが一番よくわかっている。
 愛だの恋だのが絡まなければ、ルシアンの隣の居心地は悪くない。完璧すぎて鼻につくし、自分へ向けられる熱い目線が怖いのは変わらないが、ルシアンが悪い人間でないことはローランもわかっている。

「──まあ、今後どうするかは一旦保留かな」
「なんだそりゃ」
「ふふ、私はそれでいいと思うよ。時間が解決することもあるだろうし」
「だよな!」

 ユズリハに優しい笑顔を向けられ、ローランはにっこりと頷く。
 クリスはそんなふたりを呆れ顔で眺めながら、市井のお土産のクッキーをぱくぱくと口に運んでいた。どうやらお気に召したらしい。

「そういえば、ルシアン様がローランを好きになったきっかけがなんなのか、あれからなにかわかったりした?」
「全然。でも、ルシアン様的にはわからなくていいらしい。そういう俺が好きなんだって」
「なんだそりゃ」
「意味わかんないよな」

 ──ひとり目の大切なひとが誰なのかも結局わかんないしな。

 ローランは頬杖をつきながら紅茶を口に運ぶ。
 ルシアンは人当たりが良くて交友関係も広いが、実際は他人に興味のないドライな人間だ。だって彼は実の両親が亡くなったときでもさほど悲しんでいなかった。対外的に悲しんでいるふりをしていただけだ。
 そんな彼が大切に思っていたひとなんて──……

「あっ!」

 ローランは不意に大声を上げた。
 クッキーを食べていたユズリハとクリスの肩が小さくびくりとする。

「えっ、なに?」
「突然どうしたんだよ?」
「わかったかも……」
「なにが?」
「ルシアン様のひとり目の大切なひと」

 ローランはふと思い出したのだ。ルシアンがただひとり、心を許したように微笑みかけていた女性のことを。彼女が亡くなったあと、庭園の木の下に座り込んで黄昏れていたルシアンの姿を。

 シャティ・ゴードン。
 彼女はルシアンの乳母で、あのルシアンが人間らしい素の表情を向けるただひとりのひとだった。
感想 23

あなたにおすすめの小説

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。