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しおりを挟む「ロウ、あの、実は折り入ってお前に頼みたいことがあって……」
「なんだ?」
「えっと、その……たぶんすごくビックリすると思うんだけど……」
「御託はいいから早く言え」
ノアは大きく息を吸い込んだ。
そして──
「俺とセックスしてくれないっ?」
とうとう言ってしまった。
ロウの鋭い切長の瞳がみるみるうちに見開かれていく様を、ノアは引きつった笑顔で見上げていた。
◇◇◇
ことの始まりは一週間前。
あっ、と思った時にはもう遅かった。
ぐらりと体が傾いて、ノアはそのまま音を立てて地面の上に倒れ込む。
──あと数歩で家にたどり着いたのに……おしい……。
ぐわんぐわんと揺れる視界の中、家のドアが開く音と父の慌てた声を聞きながら、ノアは静かに意識を失った。
目が覚めると、ノアは自室のベッドの上にいた。
体が妙に重く、視界もなんだかぼんやりとしている。
「ノア、大丈夫か?」
ベッドの傍の木椅子に腰掛けていた父が、心配そうにノアの顔を覗き込んでくる。
「うん、大丈夫だよ。それにしても、またか……なんなんだよこの貧血は」
「…………」
ここ最近、突然立ちくらみを起こして倒れることが多くなった。
医者に診てもらっても、原因はいまいちわからない。ただ、日に日に倒れる回数が増えている気がする。
ノアが渋い顔をしていると、父がグゥっと低く唸った。
いつもはピンと立っているご自慢の耳が、いまはペタンと伏せられている。
獣人の特徴である耳や尻尾は平常時は隠れているものだが、父の場合は生まれつきずっと獣耳が頭の上にあるらしい。何万人にひとりの割合で、そういう獣人が生まれてくることがあるのだという。
……いや、いまは父の獣耳のことなんてどうでもいい。
問題は、その父のなにか言いたげな態度だ。
「……父さん?」
「…………お前に、言っておかなくちゃいけないことがある」
なんとなく、嫌な予感がした。
しかし、聞かないわけにもいかないのだろう。
父は長い長い沈黙のあと、重々しく口を開いた。
「……実は、お前の体調不良に少し心当たりがあって……」
「え、そうなの?」
なら早く教えてよ!……とはなんとなく言いづらい雰囲気だった。
父は気まずそうな表情で、なぜか少しもじもじとしながら口を開く。
「その……お前のもうひとりの親が関係してることで……」
「もうひとりの親……」
狼獣人が暮らす村の隅っこに建つ家で、ノアはずっと父ひとり子ひとりで生活してきた。
母親の姿は、幼い頃からノアの傍にはない。死んでいるのか、生きているのか、どこの何獣人なのか──ノアが何度尋ねても、父が答えてくれることはなかった。
しかし、ノアはもうひとりの親が別の種族の獣人なんだろうな……となんとなく察していた。もしかすると、草食獣人なのかもしれない。
狼獣人だけで暮らすこの閉鎖的な村は、よそ者をひどく嫌う。
おそらく別種族と子どもを作った父とその息子であるノアは、それ故に村の多くのひとたちから遠巻きにされているのだろう。
──でも、このタイミングでもうひとりの親が関係してるってことは、なんか遺伝的な病気があるとか……?
ノアの背筋に悪寒が走った。
ごくりと唾を飲み、緊張した面持ちで父を見つめる。
その後、父は散々目線を泳がせたあと、もごもごと不明瞭な声で言葉を紡いだ。
「ずっと言えなかったんだが……いや、いつかはちゃんと説明するつもりで、ただ、その……」
「っあーもー! そういうのいいから早く教えてよ! こっちは不安なんだからさ!」
思わず怒鳴ってしまった。
父はしゅんと肩を落として、そしてぽつりと呟く。
「……淫魔なんだ」
「え?」
「だから、その……お前のもうひとりの親は魔族で、淫魔なんだよ……」
まぞく??
いんま??
理解が追いつかず、ノアの頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
そんなノアの困惑を知ってか知らずか、父はもごもごと言葉を続ける。
「生まれたときに耳と尻尾があったから、普通の狼獣人の子が生まれたんだと思ってたが……もしかしたら、いまになって淫魔の特性が出てきたのかもしれない……」
「いんまのとくせい……?」
「淫魔は、その……他人の精気を吸って生きる生き物だから……だから、あの……」
そこまで言って、父はさらに挙動不審な態度を取り始めた。貧乏ゆすりがすごい。
「だから、だから……」
「……だから?」
父はノアと目を合わさないまま、がくりと肩を落とす。
「……もし、お前が淫魔としての特性を持ち合わせているなら、お前も他人の精気を吸わなければ生きていけない……」
「……つまり?」
長い沈黙だった。
のろのろと顔を上げた父は、青い顔でノアを見つめながら言う。
「……これからお前は、誰かと定期的に性行為をしなければ死んでしまう……のかもしれない……」
……死ぬ。
定期的に性行為をしなければ。
死ぬ。
「ノアっ!」
頭がくらりとして、そのままノアは卒倒した。
この二十年、自分をただの狼獣人だと思って生きてきたノアには受け入れ難い事実だった。
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