死にたがりハズレ神子は何故だか愛されています

ゴルゴンゾーラ安井

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神子はライバル

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 その日から、セイとマナトは常に行動を共にするようになった。
 セイはマナトを一人にすることを厭い、マナトもセイに促されれば遠慮がちに後をついてくるようになったのだ。
 2人の仲睦まじい姿はその容姿の愛らしさも相まって、一部の王宮勤めの人々の目を楽しませた。

 ライオネルへ言い渡した面会禁止は、ほどなくして解かれた。
 ただし、二人きりではなくセイが同席するなら、という条件付きだ。
 ライオネルは抗議の声を上げたが、マナトがセイの意見に雛鳥のように頷いてしまうので、それ以上意見することは難しかった。

「おい、殺気出てるぞ」

 マクシミリアンに指摘され、ライオネルは弟を睨みつけた。
 不機嫌さを隠そうともしない兄に、マクシミリアンは肩を竦める。

「仕方がないだろうが。お前のしでかしたことを考えれば」
「それは、悪かったと思っている!……あの時は、つい頭が真っ白になって、何も考えられなくなってたんだ」

 好いた相手が襲われていて取り乱したのは理解できるが、だからと言ってその場で斬り捨てるという凶行に及んだライオネルを、マクシミリアンは恐ろしいと思う。
 普段は常識人ぶっているが、意外と暴君の資質も持ち合わせているのかもしれない。
 そんな相手に好かれたお陰で、自分を犯そうとした相手の死に様を見せつけられ、あまつさえ大量の返り血を浴びせられる羽目になったマナトには同情を禁じえなかった。きっと酷いトラウマになったことだろう。
 むしろ、条件付きとは言えこんな短期間で面会謝絶を解除してくれたことに感謝すべきじゃないだろうか。 

「そもそも、なんで見張りも置かずに一人にしたりしたんだ?」
「見張りは置いていたさ!……だが、相手の方が狡猾で、子飼いの神官に命じて追い払ったんだ。司教が呼んでいるからと交代を申し出たらしい。そいつはマナトを守るどころか、ルドヴィスがマナトを襲う間邪魔が入らないよう見張りをしていた」
「ルドヴィス卿か……バカなやつだ」

 マナトを襲ったのは、ダンタリアン伯爵家の次男、ルドヴィスという男だった。
 金遣いが荒く、素行も良くないルドヴィスは、社交界でも良くない噂が絶えず、当主から勘当を言い渡されていたという。
 あの日教会などという似合わぬ場所に居合わせたのは、本当に偶然だった。
 勘当後、間違っても伯爵家に金の無心に訪れたりせぬようにと、伯爵はルドヴィスを修道院に閉じ込める予定だったのだ。
 それを察したルドヴィスは、自分が入った修道院で思うがままの生活を送るため、懇意にしている司教に金を握らせに行ったのである。
 そこでたまたま、第一王子であるライオネルがマナトを連れているのを目撃した。
 遊び歩いているだけあって、ルドヴィスは噂話を掴むのがうまい。最近活発化している魔物の瘴気から、近々神子を召喚するのではないかと囁かれていたのを、ルドヴィスは知っていた。
 もし神子を自分のものにすることができれば、修道院どころか兄を押しやって当主の座に着くことさえ可能になると思ったルドヴィスは、浅はかにもその場で犯行に及んだのだ。
 
 ちなみに見張りを務めた愚かな男は、ルドヴィスよりも一足先にあの世に送られていた。ルドヴィスと繋がりのあった司教も、ルドヴィスがマナトを襲う時間稼ぎのためにライオネルの足止めに加担したとして教会を破門となり、つい先日死刑となったばかりだ。
 このことは絶対にマナトに知らせる訳にはいかないと、マクシミリアンは頭痛を覚える。

 あの日以来、マナトはセイとメイドなどの女性ならば問題ないが、男性には極端に怯えるようになった。
 彼の身に起こった悲劇を思えば当然と言えなくもないが、警護のための兵も一定以上の距離を置かねば配置できず、教育の講師も限られ、何よりライオネルの不機嫌が最高潮なのは困りものだ。
 さりとて、マナトに妥協しろと無理を強いるわけにはいかない。

 というより、マナトはあのとおりの性格で、内心恐怖を感じていたとしても自分からああしてほしい、これは嫌だと注文をつけたりしないのだ。
 むしろ、自分の感情を殺して、抑えて抑えて抑え込む。
 それによって生じたストレスはマナトの心と体に甚大なダメージを与えてしまい、すぐに不眠や拒食の兆候を現した。
 メイド達やセイがすぐに気付いて代わりに声を上げてくれるおかげで、マナトの健康は守られていると言っても過言ではない。

「なんでセイはいいんだ……セイだって男なのに」
「おいおい、セイにまで嫉妬とかヤバいだろ。おんなじ異世界人の神子同士で、友達なんだ。そういう対象じゃないだろうが」
「いいや、私にはわかる。セイはこっち側の人間だよ。あれは立派な雄だ。まだ幼いから可愛らしく見えているだけで、要注意だよ」

 マナトへの好意から眼鏡が曇りきっているライオネルに、マクシミリアンは呆れるしかない。
 もう何も言葉を掛ける気になれず、そっとその場を後にした。

 マクシミリアンは、セイを気に入っている。
 確かにマナトには不思議な魅力があるし、最近は可愛いと思わないこともないが、だからと言ってあんなにも美しく、明るくて聡明なセイを雄呼ばわりするなど、ライオネルはどうかしているのではないだろうか。

 一度自室に戻ったマクシミリアンは、用意させておいた差し入れを持ってマナトの部屋へと向かった。
 現在セイは常にマナトの部屋に入り浸っている。
 それならばもう少し広い部屋を用意させようと提案したが、デリケートなマナトは環境の変化に極端に弱く、話はそのままお流れになった。
 2人で使うには手狭な部屋で身を寄せ合っている様子は、まるで二匹の子猫が戯れているようで、非常に癒される光景ではあるのだが、マクシミリアンとしても全く思うところがないわけではない。
 やはり自分もマナトのようにセイとくっついたり、もっと親密な関係になりたいと思っていた。

 マナトの部屋の前には、常に5人の護衛兵が立っている。マクシミリアンの姿を認めると敬礼し、中のメイドに取次をしてくれた。
 メイドがセイとマナトに来客を告げ、準備が整ってからようやく中に入ることが許される。
 自分はこの国の第二王子だというのに、今やこの部屋は城で一二を争うセキュリティの固さだ。

「よう、体調はどうだ?マナト」
「げ、元気です」
「そうか、良かったな。無理はするなよ」
「はい」

 素直に頷くマナトは年齢よりずっと幼く見え、マクシミリアンは思わず頭を撫でてしまった。
 触れた瞬間は僅かに体を固くしたものの、一度撫でられるとマナトは大人しくマクシミリアンに頭を撫でられていた。何だかほっこりする。

 お互いの歩み寄りの結果か、マナトは定期的に差し入れを持って顔を出している自分にも少しずつ慣れて来ていて、今やライオネルよりも気安い付き合いを許してくれている。
 好意の大きさでいえば圧倒的にライオネルの方が大きいのはわかりきっているが、お互いほどほどの感情だから気楽でいられるということもあるのだ。
 ライオネルはぶつける感情がクソデカ過ぎる上、マナト自身もライオネルを特別に意識しているからこそ、微妙にぎくしゃくしてしまうのだろう。
 
「ちょっとー!マクシミリアン様、お触り禁止!」

 セイが抗議の声を上げ、マクシミリアンは笑いながらセイに手を伸ばした。まるで嫉妬のようなセイの言葉に、すっかり機嫌をよくする。

「セイもなでてやるから。それに、お前に頼まれていたものも持ってきたぞ」
「やった!ありがとうマクシミリアン様!マナト、お菓子と本持ってきてくれたって!」
「ほんと?……ありがとう、マクシミリアン様」
 
 はにかむマナトに、マクシミリアンは苦笑いをした。
 セイのためと思っていたが、セイは初めからマナトのためにマクシミリアンを頼っていたらしい。
 マナトの欲しい物ならライオネルに教えてやれば大喜びで用意するだろうに、わざわざ避けるところを見ると、セイはよほどライオネルをマナトに近付けたくないらしい。

「セイ、頼んでくれてありがとう」
「ううん、マナトの喜ぶ顔が見たいもん。お礼にほっぺにチューしてくれてもいいよ?」
「ふふ、セイったら。……ほんとに?ほんとに、してほしいの?」
「ほんとのほんと」

 てっきり冗談だと思って一度は流したマナトだったが、セイがじっと待っているので、恐る恐る問いかける。
 あっさり肯定されて、マナトは困ったように微笑み、勇気を振り絞るようにして『チュッ』と短くセイの頬にキスをした。

「マナト~♡♡かーわいい~♡♡僕からもチューしちゃう!」
「わっ、あっ、セイ、やめてよお」

 じゃれつく2人に、マクシミリアンは複雑な感情を抱いた。
 これはただの子猫の戯れ………。わかってはいるが、自分もセイにキスしてもらえたらと思う。
 
(これは……確かに、最大の障害と言えるのかもしれないな)

 今のライバルは他の男達ではなく、同じ神子であるマナトであるのかもしれない、とマクシミリアンは認識を改めずにはいられなかった。



 
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