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4.お茶会ヘルプミー(後編)
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頭を撫でられてすっかり毒気を抜かれた俺だったが、いやいや流されちゃイカンとハッとする。
追いかけてくる手から逃れるべく距離を取った俺に、アーネストは心底残念そうな顔をしたが、情けは無用だ。気軽におさわりするんじゃない!
コイツがおかしいのは確かなんだ。アーネストは間違いなくこの十数年間俺を嫌ってた。それだけは疑いようがない。
それなのに、こいつはことあるごとにかわいいかわいいと連呼して、俺を愛でようとする。これが正常なわけあるか。
「そもそも!アーネスト様はずっと私を嫌っていらっしゃいましたよね?」
「そんなことないよ?俺はデモの第一印象から決めてました。攻略対象じゃないって知った時は絶望したからね。レニたんルート作るために制作買収しようとしたもん。お待たせレニたん、溺愛ルートです」
「あーもー、何言ってるかわからない!!!!!!」
コイツほんとなんなの!?以前のクソムカつくアーネストが恋しいまである。少なくともあの頃はまだもうちょっと意思疎通ができてたからな!
「とにかく!茶番はもうたくさんです!あなたがこの11年間私にしてきた言動が好意から来るものだなんて、私には到底思えません!バカだとかブサイクとか散々馬鹿にされて、パーティーのエスコートもいっつも不機嫌で嫌そうで、プレゼントどころか笑い掛けてくれたことさえなかった。それがあなたの愛情表現ですか!?そんなのなら、愛なんか要りません!」
遂に耐えかねた俺がやけっぱちになって洗いざらいぶちまけると、アーネストは切れ長の目を瞠って俺を見た。
どうだ怒ったか?でも、俺にだって積年の恨みってもんがある。コイツのせいで今までの人生ロクなことがなかった。地獄の王妃教育のために6つの頃から王城通いの勉強漬け、強制参加の茶会に参加すればやっかみと蔑みと嫌味の嵐で、ついぞ友達の一人もできなかった。
コイツが俺を本当に愛してたんなら、俺の11年はこんなつらく苦しいものじゃなかったはずだ。婚約者になったばかりの頃は、俺だってコイツに夢と期待を抱いてた。ぶっちゃけ一目惚れした相手が婚約者で嬉しかった。
それを、11年かけてすり減らされてなんにも残らなくなった俺の気持ちがお前にわかるか!?
教会行きを決めた俺には、もう失って困るもんなんて何もない。殴られて全部終わるなら願ったり叶ったりだね!
「レニたん……レニたん、ごめんね……ごめん……本当に遅過ぎたね」
息巻いていた俺は、息を呑んでアーネストを見つめた。アーネストが俺に謝るなんて、今まで一度だってなかった。それどころか、アーネストは謝罪しながら目からボロボロと大粒の涙を流し始めた。アーネストが俺に涙を見せるなんて、信じられない。
壁に徹していた使用人や護衛達すら、俺達の遣り取りに動揺し、緊張を走らせている。
アーネストはよろよろと立ち上がり、俺の隣に座ると、謝りながら俺に抱擁した。
「今までレニたんを傷つけて悲しませたこと、俺は一生かけて償うよ。絶対にレニたんを幸せにするって誓う。君が望むことなら何だって叶えるし、なんだって捧げる。世界の半分だってあげる」
世界の半分ってなんだよ、いらねえよ、怖すぎるよ。
償いなんていらねえから、さっさと俺を自由にしてくれよ。
そう思うのに、超絶級の顔面の涙って本当にずるい。間近で見せつけられて甘い言葉を囁かれたら、騙されそうになっちゃうじゃないか。
「私は、私はなんにも要りません。色々言ったけど、私が綺麗じゃないのも頭がよくないのも事実だから、完璧の王太子だったあなたが、俺なんかが婚約者に選ばれたことを不服に思っても当然なのは理解してました。だから、償いなんか要りません。もう終わりにしましょう。その方がお互いのためなんです」
今更いい子ぶるつもりはないが、本心だった。アーネストに愛されるには、俺は出来が悪すぎた。それは事実だから。
長年かけてねじくれまくったこの感情がどうしたら清算されるかなんて、俺にもわからない。
だけど、これだけははっきり言える。俺はもうアーネストを愛してない。今になって愛だの償いだのと言われたって、それは俺にとって苦痛でしかないんだってことだ。
「ごめんねレニたん、レニたんのお願いでもそれだけはできない。レニたんのためなら死んでもいいと思うぐらい愛してるけど、俺が死んだ後レニたんに触れる男がいるのは許せないから、殺して回らなきゃいけなくなっちゃう」
なっちゃう、じゃねえよ!怖いよ!何やりたくないけど仕方ないみたいな言い方してんだよ!
「ご安心ください、アーネスト様。私はアーネスト様とお別れした後、学園を去って教会に入ります。修道士には結婚は許されておませんから、他の方と婚姻することもありませんし、純潔を失うこともありません」
「教会が一番ダメなやつだから!あんなとこ飢えた男共が蔓延る縦社会の閉鎖空間だよ!?レニたんみたいに騙されやすくて流されやすくてフンワリした若くて可愛い男の子なんか、一瞬で剥かれて凌辱の限りを尽くされちゃうよ!?」
「教会をなんだと思ってるんですか!?」
「飢えた男共が蔓延る縦社会の閉鎖空間だよ!」
「神に仕える敬虔な信徒の方々が集う神聖な場所です!」
コイツまじ頭の中どうなってんだ!?何をどうしたら教会がそんな爛れた恐ろしいところになるんだよ!
「とにかく、教会は絶対にダメ。婚約破棄もしない。俺は絶対に許さないから」
悔しいが、この国の権力者であるアーネストの言葉は絶対だ。例え俺がどんなに望んでも、王太子から恨みを買ってまで俺を受け入れてくれる教会などどこにもないに違いない。
「ひどい。どうして俺を困らせようとするんですか。俺の願いを叶えてくれるなんてうそばっかり」
ぽろぽろと涙がこぼれる。ほんとにひどい。どれだけ俺を振り回せば気が済むんだ。
俺はなんにも望んでない。誰にも陰口を囁かれず、ただ静かに暮らしたいだけなのに。
「泣かないでレニたん。我儘言ってごめんね。絶対大事にするし、もう二度と悲しませないって誓う。レニたんの心を悩ませる羽虫は全部駆除して黙らせるから、もう一度だけ俺にチャンスちょうだい」
そう言って、アーネストはペロリと俺の涙を――――舐めた。軽い口付けすらしたことのないこの俺の眦から頬まで。一切の躊躇なく。
(コイツほんと――――マジでなんとかしてくれよ)
そうして俺は、ショックのあまりそのまま意識を失った。
追いかけてくる手から逃れるべく距離を取った俺に、アーネストは心底残念そうな顔をしたが、情けは無用だ。気軽におさわりするんじゃない!
コイツがおかしいのは確かなんだ。アーネストは間違いなくこの十数年間俺を嫌ってた。それだけは疑いようがない。
それなのに、こいつはことあるごとにかわいいかわいいと連呼して、俺を愛でようとする。これが正常なわけあるか。
「そもそも!アーネスト様はずっと私を嫌っていらっしゃいましたよね?」
「そんなことないよ?俺はデモの第一印象から決めてました。攻略対象じゃないって知った時は絶望したからね。レニたんルート作るために制作買収しようとしたもん。お待たせレニたん、溺愛ルートです」
「あーもー、何言ってるかわからない!!!!!!」
コイツほんとなんなの!?以前のクソムカつくアーネストが恋しいまである。少なくともあの頃はまだもうちょっと意思疎通ができてたからな!
「とにかく!茶番はもうたくさんです!あなたがこの11年間私にしてきた言動が好意から来るものだなんて、私には到底思えません!バカだとかブサイクとか散々馬鹿にされて、パーティーのエスコートもいっつも不機嫌で嫌そうで、プレゼントどころか笑い掛けてくれたことさえなかった。それがあなたの愛情表現ですか!?そんなのなら、愛なんか要りません!」
遂に耐えかねた俺がやけっぱちになって洗いざらいぶちまけると、アーネストは切れ長の目を瞠って俺を見た。
どうだ怒ったか?でも、俺にだって積年の恨みってもんがある。コイツのせいで今までの人生ロクなことがなかった。地獄の王妃教育のために6つの頃から王城通いの勉強漬け、強制参加の茶会に参加すればやっかみと蔑みと嫌味の嵐で、ついぞ友達の一人もできなかった。
コイツが俺を本当に愛してたんなら、俺の11年はこんなつらく苦しいものじゃなかったはずだ。婚約者になったばかりの頃は、俺だってコイツに夢と期待を抱いてた。ぶっちゃけ一目惚れした相手が婚約者で嬉しかった。
それを、11年かけてすり減らされてなんにも残らなくなった俺の気持ちがお前にわかるか!?
教会行きを決めた俺には、もう失って困るもんなんて何もない。殴られて全部終わるなら願ったり叶ったりだね!
「レニたん……レニたん、ごめんね……ごめん……本当に遅過ぎたね」
息巻いていた俺は、息を呑んでアーネストを見つめた。アーネストが俺に謝るなんて、今まで一度だってなかった。それどころか、アーネストは謝罪しながら目からボロボロと大粒の涙を流し始めた。アーネストが俺に涙を見せるなんて、信じられない。
壁に徹していた使用人や護衛達すら、俺達の遣り取りに動揺し、緊張を走らせている。
アーネストはよろよろと立ち上がり、俺の隣に座ると、謝りながら俺に抱擁した。
「今までレニたんを傷つけて悲しませたこと、俺は一生かけて償うよ。絶対にレニたんを幸せにするって誓う。君が望むことなら何だって叶えるし、なんだって捧げる。世界の半分だってあげる」
世界の半分ってなんだよ、いらねえよ、怖すぎるよ。
償いなんていらねえから、さっさと俺を自由にしてくれよ。
そう思うのに、超絶級の顔面の涙って本当にずるい。間近で見せつけられて甘い言葉を囁かれたら、騙されそうになっちゃうじゃないか。
「私は、私はなんにも要りません。色々言ったけど、私が綺麗じゃないのも頭がよくないのも事実だから、完璧の王太子だったあなたが、俺なんかが婚約者に選ばれたことを不服に思っても当然なのは理解してました。だから、償いなんか要りません。もう終わりにしましょう。その方がお互いのためなんです」
今更いい子ぶるつもりはないが、本心だった。アーネストに愛されるには、俺は出来が悪すぎた。それは事実だから。
長年かけてねじくれまくったこの感情がどうしたら清算されるかなんて、俺にもわからない。
だけど、これだけははっきり言える。俺はもうアーネストを愛してない。今になって愛だの償いだのと言われたって、それは俺にとって苦痛でしかないんだってことだ。
「ごめんねレニたん、レニたんのお願いでもそれだけはできない。レニたんのためなら死んでもいいと思うぐらい愛してるけど、俺が死んだ後レニたんに触れる男がいるのは許せないから、殺して回らなきゃいけなくなっちゃう」
なっちゃう、じゃねえよ!怖いよ!何やりたくないけど仕方ないみたいな言い方してんだよ!
「ご安心ください、アーネスト様。私はアーネスト様とお別れした後、学園を去って教会に入ります。修道士には結婚は許されておませんから、他の方と婚姻することもありませんし、純潔を失うこともありません」
「教会が一番ダメなやつだから!あんなとこ飢えた男共が蔓延る縦社会の閉鎖空間だよ!?レニたんみたいに騙されやすくて流されやすくてフンワリした若くて可愛い男の子なんか、一瞬で剥かれて凌辱の限りを尽くされちゃうよ!?」
「教会をなんだと思ってるんですか!?」
「飢えた男共が蔓延る縦社会の閉鎖空間だよ!」
「神に仕える敬虔な信徒の方々が集う神聖な場所です!」
コイツまじ頭の中どうなってんだ!?何をどうしたら教会がそんな爛れた恐ろしいところになるんだよ!
「とにかく、教会は絶対にダメ。婚約破棄もしない。俺は絶対に許さないから」
悔しいが、この国の権力者であるアーネストの言葉は絶対だ。例え俺がどんなに望んでも、王太子から恨みを買ってまで俺を受け入れてくれる教会などどこにもないに違いない。
「ひどい。どうして俺を困らせようとするんですか。俺の願いを叶えてくれるなんてうそばっかり」
ぽろぽろと涙がこぼれる。ほんとにひどい。どれだけ俺を振り回せば気が済むんだ。
俺はなんにも望んでない。誰にも陰口を囁かれず、ただ静かに暮らしたいだけなのに。
「泣かないでレニたん。我儘言ってごめんね。絶対大事にするし、もう二度と悲しませないって誓う。レニたんの心を悩ませる羽虫は全部駆除して黙らせるから、もう一度だけ俺にチャンスちょうだい」
そう言って、アーネストはペロリと俺の涙を――――舐めた。軽い口付けすらしたことのないこの俺の眦から頬まで。一切の躊躇なく。
(コイツほんと――――マジでなんとかしてくれよ)
そうして俺は、ショックのあまりそのまま意識を失った。
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