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6.公爵令息は諦めない
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「よし、国外行こう」
庭で気絶した俺が、自室のベッドで目を覚まして一番に思ったことがそれだった。
もうね、あのキ○ガイ王子から逃れるためには、それしかない。
幸い隣国は母上の出身だけあって伝手がある。こっそり目立たない場所に身を隠すぐらいは出来るはずだ。
善は急げ。俺は身支度を整えて、母上の部屋を訪ねて行った。
*********
「後生ですからお願いします。どうか俺を助けると思って、口を利いてください」
「だーめ」
部屋に入るなり必死に懇願する我が子の切なる願いを、母上は笑顔で一蹴した。ひどい。
「お願いします!この通りです!」
「だめです!あなたはアーネスト王太子殿下の婚約者なのよ。そんなこと出来るわけがないでしょう」
「そこをなんとか!」
「いけません。次期王太子妃が姿を晦ませるなんて、その後お父様が陛下からどのようなお叱りを受けるか。まして私の母国ファンネを逃亡先に選ぶなど、もし明らかになった時、国家間の関係がどうなるか。貴族の婚姻は契約です。個人の好き嫌いで反故にしては国が乱れます。隣国に行きたいなら、きちんとアーネスト様との関係に蹴りを付けてからになさい」
正論過ぎてぐうの音も出ないとはこのことだ。
コテンパンにされた俺は、トボトボと母上の部屋を後にする。
「でもまあ……この長期休暇中に息抜きに行くことくらいは認めましょう。あなたも王太子妃になってはおいそれと旅行もできないでしょうからね」
「本当ですか!?」
俺は目を輝かせて、一も二もなくその話に飛びついた。
一部ポンコツになったあのアーネストは、いつまた屋敷に押しかけてきて訳のわからんことを喚き散らし、おぞましい愛の言葉とともに不埒なことを仕掛けて来るかわからない。
モラハラもパワハラも最低最悪だったが、現状セクハラが一番シャレにならないのだ。
逃げている間にアイツが正気に戻り、俺への執着を失うことを願って、一刻も早く逃げ出したい。
俺はメイドに旅支度を頼み、必要最低限の荷物だけを抱えて、一人馬車に転がり込んだ。
久々の旅行は最高だった。馬車で揺られながら外の景色を楽しんだり、本を読んだり、気ままに過ごす時間は最高に贅沢だ。
夕暮れ時になれば道中にある親戚の屋敷や、警備のしっかりした宿屋に身を寄せて、地の物やワインで唇を濡らす。
その日も、街のちょっといい宿の食堂でワインと食事を堪能しながら、俺はいい気分になっていた。
「あ~、最高。もうマジ帰りたくない……」
「それは困るなぁ。レニたんがいないと寂しくて死んじゃうよ」
唐突に背後から耳元で囁かれ、全身にぞわわわわっと鳥肌が立った。慌てて振り返ると、申し訳程度に変装したアーネストが、満面の笑みを浮かべてそこに佇んでいた。
「な、なな、なんでここが。どうしてここに」
「きちゃった♡」
ぜんっぜんかわいくない!ていうかコエ―――んだよ!!!(泣)
そんな俺の心の叫びがコイツに伝わるはずもなく、アーネストは当たり前のように俺の向かいの席に腰を下ろし、店員に料理とワインを注文した。
すぐに運ばれてきたグラスを一方的に俺のグラスにぶつけ、陽気に乾杯と叫んでいる。俺はこの休暇が天国から地獄と化したことを悟った。
アーネストから話を聞くと、コイツは俺が逃げるように家を出たその日に俺の屋敷にやって来て、俺が隣国に旅行に行ったことを知ったらしい。
詳しい旅程は誰にも(主にコイツに)知られたくなかったから、俺自身しっかりとは決めず、風の向くままゆっくりと気ままに行先を決めていたので、誰も知りようがなかった。
そこでアーネストは、普段から各地に身を潜めつつ連絡を取り合っている王家の密偵の方々のネットワークを駆使して、俺の目撃情報をかき集め、3日徹夜で公務を先取りで片付けた後、馬を変えながら馬車を夜通し走らせてここにやって来たというわけだ。
(信じられない……なんて執念深くて手段を選ばない奴なんだ)
サラッと口にしてはいるが、密偵の人なんてそう簡単にホイホイつまらん用事に使っていいものではないのだ。
いくらある程度公務を片付けたとはいえ、王太子という身分にある人間が碌に先触れもなく、共も数人しかつけずに国を離れるなんて許されるわけがない。一体どんな無茶をしてここにやって来たのだろう。
「まじか……やばいよー、俺のせいって叱られる。また王宮官吏の人たちに嫌味言われちゃうじゃん。最悪だー」
王宮の官吏たちの多くは、優秀な王太子の婚約者でありながらパッとしない俺のことを快く思っていない。
俺を追ってアーネストが無茶をしたと知ったら、ここぞとばかりに叩かれるに違いない。その時のことを考えると、今から胃のあたりがシクシクと痛む。
「大丈夫だよ、レニたん。もう誰にも何にも言わせたりしないし、俺がレニたんを守るから。レニたんをお迎えできる清浄な空気に掃除できるまで、王宮には来なくていいようにするからね」
誰のせいだよ、と思いもするが、ほとぼりが冷めるまで王宮に上がらなくていいのは純粋に有り難かった。あそこは俺にとって居心地のいい場所ではない。
単なる口約束に過ぎない可能性もあるが、少なくともこの旅行中鬱々とした気分で過ごさなくても良くなる。
「その、レニたんっていうの、気持ち悪いからやめてください」
酒の勢いでかねてから思っていたことを切り出すと、アーネストは軽くショックを受けていた。
「じゃあ、レニ。これでいいかな?」
ざまあみろ、と思う間もなく、極上のいい笑顔で切り返してくるのが、最高にムカつく。
俺を散々冷遇し続け、いきなり手のひら返してキモいこと連発してくる男のくせに、生意気にも俺をドキドキさせるだなんて、顔面が良いってほんっとにずるくねぇですか!?
庭で気絶した俺が、自室のベッドで目を覚まして一番に思ったことがそれだった。
もうね、あのキ○ガイ王子から逃れるためには、それしかない。
幸い隣国は母上の出身だけあって伝手がある。こっそり目立たない場所に身を隠すぐらいは出来るはずだ。
善は急げ。俺は身支度を整えて、母上の部屋を訪ねて行った。
*********
「後生ですからお願いします。どうか俺を助けると思って、口を利いてください」
「だーめ」
部屋に入るなり必死に懇願する我が子の切なる願いを、母上は笑顔で一蹴した。ひどい。
「お願いします!この通りです!」
「だめです!あなたはアーネスト王太子殿下の婚約者なのよ。そんなこと出来るわけがないでしょう」
「そこをなんとか!」
「いけません。次期王太子妃が姿を晦ませるなんて、その後お父様が陛下からどのようなお叱りを受けるか。まして私の母国ファンネを逃亡先に選ぶなど、もし明らかになった時、国家間の関係がどうなるか。貴族の婚姻は契約です。個人の好き嫌いで反故にしては国が乱れます。隣国に行きたいなら、きちんとアーネスト様との関係に蹴りを付けてからになさい」
正論過ぎてぐうの音も出ないとはこのことだ。
コテンパンにされた俺は、トボトボと母上の部屋を後にする。
「でもまあ……この長期休暇中に息抜きに行くことくらいは認めましょう。あなたも王太子妃になってはおいそれと旅行もできないでしょうからね」
「本当ですか!?」
俺は目を輝かせて、一も二もなくその話に飛びついた。
一部ポンコツになったあのアーネストは、いつまた屋敷に押しかけてきて訳のわからんことを喚き散らし、おぞましい愛の言葉とともに不埒なことを仕掛けて来るかわからない。
モラハラもパワハラも最低最悪だったが、現状セクハラが一番シャレにならないのだ。
逃げている間にアイツが正気に戻り、俺への執着を失うことを願って、一刻も早く逃げ出したい。
俺はメイドに旅支度を頼み、必要最低限の荷物だけを抱えて、一人馬車に転がり込んだ。
久々の旅行は最高だった。馬車で揺られながら外の景色を楽しんだり、本を読んだり、気ままに過ごす時間は最高に贅沢だ。
夕暮れ時になれば道中にある親戚の屋敷や、警備のしっかりした宿屋に身を寄せて、地の物やワインで唇を濡らす。
その日も、街のちょっといい宿の食堂でワインと食事を堪能しながら、俺はいい気分になっていた。
「あ~、最高。もうマジ帰りたくない……」
「それは困るなぁ。レニたんがいないと寂しくて死んじゃうよ」
唐突に背後から耳元で囁かれ、全身にぞわわわわっと鳥肌が立った。慌てて振り返ると、申し訳程度に変装したアーネストが、満面の笑みを浮かべてそこに佇んでいた。
「な、なな、なんでここが。どうしてここに」
「きちゃった♡」
ぜんっぜんかわいくない!ていうかコエ―――んだよ!!!(泣)
そんな俺の心の叫びがコイツに伝わるはずもなく、アーネストは当たり前のように俺の向かいの席に腰を下ろし、店員に料理とワインを注文した。
すぐに運ばれてきたグラスを一方的に俺のグラスにぶつけ、陽気に乾杯と叫んでいる。俺はこの休暇が天国から地獄と化したことを悟った。
アーネストから話を聞くと、コイツは俺が逃げるように家を出たその日に俺の屋敷にやって来て、俺が隣国に旅行に行ったことを知ったらしい。
詳しい旅程は誰にも(主にコイツに)知られたくなかったから、俺自身しっかりとは決めず、風の向くままゆっくりと気ままに行先を決めていたので、誰も知りようがなかった。
そこでアーネストは、普段から各地に身を潜めつつ連絡を取り合っている王家の密偵の方々のネットワークを駆使して、俺の目撃情報をかき集め、3日徹夜で公務を先取りで片付けた後、馬を変えながら馬車を夜通し走らせてここにやって来たというわけだ。
(信じられない……なんて執念深くて手段を選ばない奴なんだ)
サラッと口にしてはいるが、密偵の人なんてそう簡単にホイホイつまらん用事に使っていいものではないのだ。
いくらある程度公務を片付けたとはいえ、王太子という身分にある人間が碌に先触れもなく、共も数人しかつけずに国を離れるなんて許されるわけがない。一体どんな無茶をしてここにやって来たのだろう。
「まじか……やばいよー、俺のせいって叱られる。また王宮官吏の人たちに嫌味言われちゃうじゃん。最悪だー」
王宮の官吏たちの多くは、優秀な王太子の婚約者でありながらパッとしない俺のことを快く思っていない。
俺を追ってアーネストが無茶をしたと知ったら、ここぞとばかりに叩かれるに違いない。その時のことを考えると、今から胃のあたりがシクシクと痛む。
「大丈夫だよ、レニたん。もう誰にも何にも言わせたりしないし、俺がレニたんを守るから。レニたんをお迎えできる清浄な空気に掃除できるまで、王宮には来なくていいようにするからね」
誰のせいだよ、と思いもするが、ほとぼりが冷めるまで王宮に上がらなくていいのは純粋に有り難かった。あそこは俺にとって居心地のいい場所ではない。
単なる口約束に過ぎない可能性もあるが、少なくともこの旅行中鬱々とした気分で過ごさなくても良くなる。
「その、レニたんっていうの、気持ち悪いからやめてください」
酒の勢いでかねてから思っていたことを切り出すと、アーネストは軽くショックを受けていた。
「じゃあ、レニ。これでいいかな?」
ざまあみろ、と思う間もなく、極上のいい笑顔で切り返してくるのが、最高にムカつく。
俺を散々冷遇し続け、いきなり手のひら返してキモいこと連発してくる男のくせに、生意気にも俺をドキドキさせるだなんて、顔面が良いってほんっとにずるくねぇですか!?
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