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番外編
ひめごとびより 20日目
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俺の問いかけに、シリルはうーんと唸りながら答えた。
「何がイヤって言われると、ひとことではなかなか言い表せないんですけど、なんていうかこう、今が一番楽しいっていうか、僕の人生これからだ!って感じなんですよね。今までも不満があった訳じゃないけど、どこか家からは離れられないというか、公爵令息としてしか生きられないような気がしてたんですけど、今はちょっと違って、自分のやりたいように生きてみてもいいのかなって思うんです」
なるほど。同じ公爵家令息だから、シリルの言いたいことはよくわかる。
俺と違ってシリルには取り巻きが沢山いたけど、結局は旗色が悪くなればシリルを見捨てて逃げ出すような連中だ。
純粋な友情なんか感じられなかっただろうし、周囲にそんなのばかり溢れていては、自分には肩書きしか価値がないと思えてしまっても無理はない。
それを、幸か不幸かアーネストのあの一件でぶっ壊されたことによって、自分自身を見つめ直すいい機会になったというわけだ。
覚えのある感情過ぎて、俄然俺の心の天秤はシリルに傾く。
ラートン公爵には悪いけど、ここはシリルに肩入れさせてもらうとしよう。といっても、俺にはどうしたらシリルの望むように取り計らえるのか、想像もつかないんだけどさ。
「なぁ、アーネスト。シリルのこと、どうにかなんないかな?」
アーネストの膝の上にずっと居座ったままの俺は、図らずも下から上目遣いで見上げるようにして言った。
後からマリクが言うには、あざといおねだりみたいだったらしいけど、ち、違うから!そういうつもりじゃないからな!
「うーん、そうだなぁ。だったら、いずれ生まれてくる子の礼儀作法の教師として予約でもしておく?」
なるほど、予約!その発想はなかった。
王族の子供の礼儀作法指導なら、身分の高い人が選ばれてもおかしくない。
この子が姫なら、嫁ぎ先に恥ずかしくない礼儀作法が必要になるし、男ならいずれ国王になるかもしれないんだ。どっちに転んでもふさわしい教養は絶対に必要。
その点、シリルなら能力的に文句のつけどころがないし、気心も知れてるから俺も安心してお願いできる。
「それ、いいな。シリルが良ければだけど」
「やるやる!やりたい!お願いします!僕、絶対お二人の子を立派に指導して見せますから!」
「じゃあ、一応ラートン公爵家に打診だけはしておくか」
あくまで打診という形ではあるけど、王家から申し出ればラートン公爵は断らないだろう。未来の王太子になるかもしれない子と幼少期から先生という関係でコネクションが結べるなんて、こんなラッキーな話はなかなかない。
現在ラートン公爵家とウチの関係はかなり良好だから、そういう意味でも断る理由はないはず。
数年後には教育係として王宮入りすることが決まっていれば、卒業後すぐに領地に行かされる可能性は低いし、結婚の話もとりあえずは先送りになるだろう。
縁談ぐらいは持ちこまれるかもしれないけど、じっくり時間をかけてシリルの納得のいく婚約者を選べるなら、それも悪い話じゃない。
公爵家に帰る馬車の中でも、俺はやっぱりアーネストの膝の上にいた。
生徒会室から馬車までの移動も、抱き上げられたまま連れて来られたから、俺は一歩も歩いてない。
「なあ、アーネスト。いいかげん俺のこと膝からおろさねぇ?」
「だが断る」
え、即答。てか、『だが』ってなんだよ。
「レニたんの望みはなんでも叶えてあげたいけど、こんなガタガタ揺れる馬車に大事なレニたんのお尻を座らせるなんて絶対にムリ。今、車輪がゴムでカバーされた新型馬車を職人に作らせてるから、それまで我慢して」
ゴムって、こないだ見せて貰ったあの黒くて伸びるやつだよな?
あんなのを馬車の車輪に使うなんて、ちょっと想像できない。ちゃんと走れるのか??
疑問は残るけど、アーネストができると思ってるなら何とかなるんだろう。そこらへんは、割と信用してる。
「わかった、じゃあ待ってる」
「うん、楽しみにしててね。ソファにも改良したスプリング入れる予定だから、きっと乗り心地良くなるよ」
言いながらも、アーネストは俺のお腹をさすりながら、後頭部にめちゃくちゃチュッチュしてくる。
くすぐったいけど、悪い気もしないから俺はついついそのままにしてしまった。
実を言うと、ウチの屋敷では地味にイチャイチャ禁止的な空気があって、何かと言うとすぐに誰かしら身内がやってきて邪魔しにくる。
こないだのエッチがバレちゃったらしくて、それ以来父上や兄上の目が厳しい。
愛ゆえなのはわかるし有り難いんだけど、ぶっちゃけしつこ……いや、うっと……困る。
そんなわけで、現状学園にいる時と通学の時間は、気兼ねなくアーネストとくっついて過ごせる貴重な時間だ。
アーネストに背中を預けて揺られていると、だんだん眠たくなってきて、俺は全てを委ねて目を閉じた。
(ああ……しあわせ)
俺はうとうとと微睡みながら、妊娠期間中の最後の平穏を味わっていたのだった。
「何がイヤって言われると、ひとことではなかなか言い表せないんですけど、なんていうかこう、今が一番楽しいっていうか、僕の人生これからだ!って感じなんですよね。今までも不満があった訳じゃないけど、どこか家からは離れられないというか、公爵令息としてしか生きられないような気がしてたんですけど、今はちょっと違って、自分のやりたいように生きてみてもいいのかなって思うんです」
なるほど。同じ公爵家令息だから、シリルの言いたいことはよくわかる。
俺と違ってシリルには取り巻きが沢山いたけど、結局は旗色が悪くなればシリルを見捨てて逃げ出すような連中だ。
純粋な友情なんか感じられなかっただろうし、周囲にそんなのばかり溢れていては、自分には肩書きしか価値がないと思えてしまっても無理はない。
それを、幸か不幸かアーネストのあの一件でぶっ壊されたことによって、自分自身を見つめ直すいい機会になったというわけだ。
覚えのある感情過ぎて、俄然俺の心の天秤はシリルに傾く。
ラートン公爵には悪いけど、ここはシリルに肩入れさせてもらうとしよう。といっても、俺にはどうしたらシリルの望むように取り計らえるのか、想像もつかないんだけどさ。
「なぁ、アーネスト。シリルのこと、どうにかなんないかな?」
アーネストの膝の上にずっと居座ったままの俺は、図らずも下から上目遣いで見上げるようにして言った。
後からマリクが言うには、あざといおねだりみたいだったらしいけど、ち、違うから!そういうつもりじゃないからな!
「うーん、そうだなぁ。だったら、いずれ生まれてくる子の礼儀作法の教師として予約でもしておく?」
なるほど、予約!その発想はなかった。
王族の子供の礼儀作法指導なら、身分の高い人が選ばれてもおかしくない。
この子が姫なら、嫁ぎ先に恥ずかしくない礼儀作法が必要になるし、男ならいずれ国王になるかもしれないんだ。どっちに転んでもふさわしい教養は絶対に必要。
その点、シリルなら能力的に文句のつけどころがないし、気心も知れてるから俺も安心してお願いできる。
「それ、いいな。シリルが良ければだけど」
「やるやる!やりたい!お願いします!僕、絶対お二人の子を立派に指導して見せますから!」
「じゃあ、一応ラートン公爵家に打診だけはしておくか」
あくまで打診という形ではあるけど、王家から申し出ればラートン公爵は断らないだろう。未来の王太子になるかもしれない子と幼少期から先生という関係でコネクションが結べるなんて、こんなラッキーな話はなかなかない。
現在ラートン公爵家とウチの関係はかなり良好だから、そういう意味でも断る理由はないはず。
数年後には教育係として王宮入りすることが決まっていれば、卒業後すぐに領地に行かされる可能性は低いし、結婚の話もとりあえずは先送りになるだろう。
縁談ぐらいは持ちこまれるかもしれないけど、じっくり時間をかけてシリルの納得のいく婚約者を選べるなら、それも悪い話じゃない。
公爵家に帰る馬車の中でも、俺はやっぱりアーネストの膝の上にいた。
生徒会室から馬車までの移動も、抱き上げられたまま連れて来られたから、俺は一歩も歩いてない。
「なあ、アーネスト。いいかげん俺のこと膝からおろさねぇ?」
「だが断る」
え、即答。てか、『だが』ってなんだよ。
「レニたんの望みはなんでも叶えてあげたいけど、こんなガタガタ揺れる馬車に大事なレニたんのお尻を座らせるなんて絶対にムリ。今、車輪がゴムでカバーされた新型馬車を職人に作らせてるから、それまで我慢して」
ゴムって、こないだ見せて貰ったあの黒くて伸びるやつだよな?
あんなのを馬車の車輪に使うなんて、ちょっと想像できない。ちゃんと走れるのか??
疑問は残るけど、アーネストができると思ってるなら何とかなるんだろう。そこらへんは、割と信用してる。
「わかった、じゃあ待ってる」
「うん、楽しみにしててね。ソファにも改良したスプリング入れる予定だから、きっと乗り心地良くなるよ」
言いながらも、アーネストは俺のお腹をさすりながら、後頭部にめちゃくちゃチュッチュしてくる。
くすぐったいけど、悪い気もしないから俺はついついそのままにしてしまった。
実を言うと、ウチの屋敷では地味にイチャイチャ禁止的な空気があって、何かと言うとすぐに誰かしら身内がやってきて邪魔しにくる。
こないだのエッチがバレちゃったらしくて、それ以来父上や兄上の目が厳しい。
愛ゆえなのはわかるし有り難いんだけど、ぶっちゃけしつこ……いや、うっと……困る。
そんなわけで、現状学園にいる時と通学の時間は、気兼ねなくアーネストとくっついて過ごせる貴重な時間だ。
アーネストに背中を預けて揺られていると、だんだん眠たくなってきて、俺は全てを委ねて目を閉じた。
(ああ……しあわせ)
俺はうとうとと微睡みながら、妊娠期間中の最後の平穏を味わっていたのだった。
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