竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

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6.浮気の真相

 事の始まりは、15年前に宰相バルディティアの番、ラーナが病で亡くなったことだった。
 王太子であるラインハルトの婚約者ナディアはバルディティアの一人娘で、『病に伏している妻に娘の晴れ姿を見せてやりたいのです』とバルディティアに婚儀を早められないかと嘆願されたのだ。
 早々に王座を放り出してリディエールと二人きりの生活を送りたいと思っていたジークハルトにとっては願ってもない話で、ジークハルトは二つ返事でその申し出を受け入れた。

 しかし、ラーナはもたなかった。哀れなことに、彼女は娘の婚礼を待たずしてこの世を去ることになってしまったのだ。
 ナディアも気落ちしていたが、番を失ったバルディティアの憔悴は比べようもないほど酷く、食べることも寝ることもできなくなって、遂には体調にまで支障をきたしてしまった。すっかり気弱になり、一人娘のナディアを手放すことにも消極的になっていく。
 いつも毅然としていた父が弱っていく姿にナディアは心を痛め、母親のかわりに父を支えなくてはと決意した。
 ラインハルトと相談し、式を上げて番になるのはもう少し先送りにすることになったのだ。

 ラインハルトは婚約者の家族想いで責任感があるところを愛していたし、自身も同じような性質だからナディアの考えは理解できた。
 もし逆の立場で亡くなったのがリディエールだったら、同じように婚礼どころではなくなるだろう。
 結婚式は祝い事である。誰からも祝福される、良い時期にすればいい。
 ラインハルトは婚約者としてナディアの心が癒えるよう慰め、励まし続けた。


 計算外だったのは、バルディティアが立ち直るまで13年かかったことである。
 15年経った今でこそ以前と同じような働きぶりを取り戻しているが、依然として娘を手放すことに消極的な姿勢であることは変わりない。
 そして、ナディアもまた自分が家を去ることで父が再び落ち込んでしまうのではないかという不安を拭えずにいた。

 幸か不幸か、竜人の寿命はかなり長い。力のある竜なら500年は生きるだけあって、気の長さも人一倍だ。
 あと5年、もしくは10年ぐらい待てば心から幸せな結婚をナディアにさせてあげられるというなら、ラインハルトは全く構わなかった。
 
 我慢できなかったのはジークハルトである。
 全てから解き放たれてリディエールと二人きりの甘い生活を送るという夢をお預けにされて15年。この上10年も待たされるなど、到底耐えられない。
 愛する番を失ったバルディティアのことは哀れだと思うが、今は立派に立ち直っているし、娘を手放したくないと思うのと同時に、早く愛する人の番となって幸せになって欲しいと思っていることも知っている。
 ラインハルトがビシッと決めてとっとと子供の一人も作ってやれば、孫ができたとバルディティアは大喜びするに違いないのだ。
 かわいい孫に夢中になっている爺がそう簡単に死ぬものか。ナディアの心配は杞憂である。

 しかし、いくらラインハルトをせっついたところで、慎重型のラインハルトは『僕たちのことは僕たちで決めます』と冷たい視線を向けるばかりで、行動を起こす様子もない。
 さりとて、王であり舅になる自分が直接ナディアになにか言えば、それは命令になってしまう。もしそんなことがリディエールにバレようものなら………震えが走る。

 
 業を煮やしたジークハルトは、この件に関して一計を案じることにした。
 今の二人に足りないのは、きっかけだ。離れたくない、相手を早く自分のものにしたいという情熱である。
 婚約者としての期間が長すぎた二人は、もう精神的にはとっくに夫婦の域と化している。プラトニックでもないし、今更急いで形に拘らなくても良くなってしまっているのだ。

 この状況を打破するためには、刺激が必要である。
 例えば第三者の出現によってナディアが少しでもラインハルトとの関係に焦りを抱いてくれれば、すんなり結婚に踏み切ってくれるのではないだろうか。

 そう思いついたジークハルトは、舞台の役者としてウェニタス伯爵家の三男に白羽の矢を立てた。
 彼には想い合う相手がいるのだが、生憎ウェニタス伯爵家は先代当主の散財が原因で多額の借金を抱えていた。
 そのせいで恋を諦めざるを得なくなっているという話を聞きつけて、多額の報酬を条件に今回の話を持ち込んだというわけだ。
 彼は快諾してくれたが、半年経っても一向に結果を出せずじまいだった。
 どうやらラインハルトとナディアの絆はちょっとやそっとで揺らぐような代物ではなかったらしい。喜ぶべきことなのだが、今は複雑としか言いようがない。
 すっかり自信を失ってしまったウェニタス伯爵令息は、肩を落としながら7度目の報告書を提出しにきた。結果は、いつものごとく『効果なし』。


「…………やっぱり、もう無理なんじゃないでしょうか……」

 申し訳無さに意気消沈しているウェニタス伯爵令息に、ジークハルトは内心大慌てだった。
 なにせ、この役どころは借金でもない限り完全なる貧乏くじなのだ。
 ラインハルトを巡ってナディアの恋敵になるということは、次期竜王妃にケンカを売るというのと同義である。
 借金を返済したら恋人と国外に行く予定の彼だからこそ、こんな案件を引き受けてくれているのだ。ここで辞退されてしまったら、もう後釜を引き受けてくれる人材はいない。
 そうなれば、リディエールとの第二のハネムーンは10年先までお預けである。

「何を言う、まだたったの半年じゃないか。それに効果はなくもないと思うぞ。おそらく……多分……きっと……」

 どんどん自信なさげになるジークハルトの言葉尻に、ウェニタス伯爵令息は涙を滲ませた。

「やっぱり、あのお二人の間に割り込むなんて、土台無理だったんです……。申し訳ありませんが、お役目はここまでとさせてください」

 遂に断りの文句を告げられ、ジークハルトは慌てて立ち上がる。
 立ち去ろうとする令息の両肩を掴み、部下の仕事を激励するがごとく励ました。

「大丈夫だ、自信を持て!お前ならやれる!」

「陛下……」

 涙にうるんだ瞳でジークハルトを見つめるウェニタス伯爵令息と、その肩をしっかりと掴んで熱い眼差しを向ける姿。
 


「―――――――――ジーク、これってどういうこと?」



 瞬間、ジークハルトは全ての時が止まったかのように感じた。
 ギギギ、と音がしそうなぐらいゆっくりと振り向くと、氷のように冷たい視線を向けているリディエールの姿がある。
 その視線にはありありと軽蔑の色が浮かんでいた。

 

 

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