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2章

19.第18王子の葛藤 2【Side:ライル】

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 眠れぬ一夜が開け、俺は改めて情報収集へ乗り出した。
 ライアンの動向を部下に見張らせ、俺は兵士たちにあの家族についての情報がないか聞き込みを始める。
 殆の兵士は何も知らないと首を傾げていたが、どう見ても余所者で目立つ奴らだ。拠点にしているところぐらいはわかるはずだろうと街を探るよう命じた。

 その日の収穫はなし。偵察に出した部下もライアンの兵士に見つかって送り返されており、動向の監視は失敗に終わった。
 しかし、それから数日後、ようやっと情報を掴むことに成功したのだ!
 なんでも、丁度俺たちが奴らに会った日に子供連れで泊まれる宿を訊かれ、馴染みの宿屋を紹介したのだという。
 俺はその兵士に宿の名前と場所を聞き、すぐさま馬車を走らせた。



 中を探るまでもなく、宿の傍にはライアンの馬車があった。馬車は路地裏の目立たないところに駐められている。
 住宅街に近いこの場所なら、今まで見つけられなくても無理はないと納得した。兵士が行う治安維持のパトロールは街中がメインで、比較的危険の少ない住宅街は自警団の管轄になっているからだ。
 ともかく、ようやっと居所を掴んだのだ。俺は奴らが居るはずの宿へと乗り込んだ。

「邪魔するぞ。ここにライアンが来ているだろう?」

「えっ!?あんた、いきなり来て一体何なのさ!……悪いけど、お客のことについては何も言えないよ」

「ライアンは客じゃないだろう?部屋に入れろとは言わない、アイツを出してくれるだけでいいんだ」

 女将は宿泊客の情報を出すことに難色を示したが、どうしてもライアンに緊急の用があると頼み込んだら、仕方なくライアンを呼びに行ってくれた。
 泊まっているのは十中八九あの親子で間違いない。馬車があるのだから、ライアンもかならずここにいるはずだ。
 しかし、女将は首を傾げながら一人で階段を降りて戻ってきた。その後ろにライアンの姿はない。

「変だねぇ……ノックしたけど、返事がないんだよ。私が気付かなかっただけで、出掛けちまったのかねぇ」

「なんだと!そんな筈はない!!!この宿屋から出て護衛が気付かない訳がないだろう!!!」

 俺は動転して女将に詰め寄ってしまった。ライアンの身に何かあったのだと思ったからだ。
 女将は俺の剣幕に、仕方なく部屋の鍵を開けた。あの家族は悪いことなどしない、開けるのはあくまであの人たちの無実を証明するためだと女将は前置きをしていた。

 そして、ドアを開けると―――――中には誰の姿もない。
 女将の話ではこの宿屋から外に出るためには正面口と勝手口を消しているのは使うしかなく、勝手口は女将の働く厨房を通らなければならないという。
 しかし、正面口を通れば当然ライアンの護衛が気付かないはずがない。となれば、あとは窓からなど普通ではないやり方で隠れて出ていくより方法がない。

「女将、ライアンはあれでも王族だ。悪いが、部屋の中と残された荷物を検分させてもらうぞ。まだ親子が犯人と決まったわけではない。ライアンの誘拐に巻き込まれたという可能性もある。何か手がかりを探さなければ」

「そ……そうかい、そうだね!巻き込まれただけかもしれないんだものね」

 女将は頷いて、私を部屋に残して去っていった。
 心配ではあるのだろうが、女将には女将の仕事がある。宿に来る客はあの親子だけではないのだ。
 俺は意気込んで部屋の中を探ったが、特に争った形跡はない。続いて親子の残した荷物を検分したが、こちらにも目立って不審な点はなかった。
 着替えが数枚と菓子や携帯食、地図などが少し。ごく普通の旅装であり、ここを引き払って逃げ出した様子でもなかった。

「くそ……手詰まりか」

 もしかして、本当に単純に忍んで出ていっただけなのだろうか?
 ライアンはあれで箱入りだ。俺と違って真面目だから、身分を隠して街で遊んだこともない。何度かデートにと思って誘ったが、王族として迷惑をかけてはいけないからと断られ、逆に叱られたこともある。
 しかし、本音では街に興味があるのは明らかだった。馬車が広場や繁華街を通るたび、ライアンはきらきらとした目で窓の外を夢中になって見つめているのだ。
 無意識なのだろうが、『皆楽しそうだなあ……あの店は、何を売っているのかな』などと口から漏らすときもある。だったら強がらずに俺の誘いに乗っておけばいいのに、ほんとうに真面目な『良い子ちゃん』だ。
 そういうところが、年上なのに放っておけない。融通が利かず損ばかりしているアイツを守ってやりたいと思わせる。
 あの男もそう思ったとしてもおかしくない。旅慣れていそうな冒険者だ、お忍びのためにライアンを連れて窓から出掛けるなど造作もないだろう。
 大きな危険がないのであれば、大袈裟に騒ぎ立てない方がいい。下手をするとライアンの立場が悪くなる。
 地方にばら撒かれているハズレ王族の扱いは、けして良いものではない。規律を守り、大人しく目立たずに騒ぎを起こさないことを強要され、その決まりを人一倍四角四面に守り続けてきたライアンが、たった一度の外出で咎められるなど可哀想だ。
 俺は大人しくライアンと親子の帰りを待つことにした。そして、ライアンを説得し、あの男とも話をつける。
 この国の王族に課せられた掟を知れば、旅の冒険者である男は手を引かざるを得ないだろう。


「しかし……遅すぎじゃないか!?」

 すっかり日も暮れてきて、いまだ帰らぬ待ち人に俺は苛立ちを募らせていた。
 女将の話では今日も夕飯は宿で摂ると言っていたようだから、もう戻ってきても良い頃だ。階下では宿泊客や食堂の利用客が喧騒とともに酒と食事を楽しんでいる。

 段々とイライラし始めた俺の目の前に、突然不思議な光が現れた。
 その光は徐々に大きくなり、そして唐突に部屋の中に人影が現れたのだ。
 俺は一瞬妖精の仕業かと思ったが、そういえば他国には転移魔法というものがあると聞いたことがあるのを思い出した。他国との国交を最低限としている我が国では現在禁術扱いとされているが、流れの冒険者であれば知らなくても無理はない。
 現れた人影の中にきちんとライアンの姿があるのを見つけて、俺は心底ホッとした。

「よう、遅かったじゃねぇか。…………どちらへお出掛けだ????」

 心配したぶんだけ、尖った声になってしまう。
 まさか自分の宿泊している部屋に他人がいるとは思わなかったようで、ライアンは俺をの姿に気付いて声を上げた。

「ラ……ライル!!!!」

 声を上げた後、恐らく何か疚しいことがあったのだろう。ライアンは気を取り直して俺を睨んでくる。
 ちっとも怖くなく、むしろ可愛いだけなのだが、散々心配を掛けさせておいてその態度は流石にちょっとイラッと来るぞ。

「お前に私の行動に口を挟む権利などないだろう」

「そういう訳に行くか。俺より賢いお前には、俺たち地方王族の立場はよくわかってるだろうが」

 真っ当にやり込めると、真面目なライアンは頷きこそしないものの、そっぽを向いて何も言わなくなった。一応悪いことをしたという自覚はあるらしい。

「おい、お前らコイツに何した?何処行ってたのか詳しく話せ」

 これ以上ライアンを責めても可哀想なだけだ。
 どうせライアンに悪事を働くことなどできないのはわかっているし、二度と同じことをしないでくれればそれでいい。
 俺はあの男と話をつけるべく話を振ったが、出てきたのはガキの方だった。こいつも侮れない力の持ち主だが、ただの子供ではないとわかっていればあそこまでの不覚を取ることはない。
 距離を詰めてきた子供に、俺は反射的に能力を発動した。俺の能力は透視能力で、暗殺などの防止として有用なため、どんな相手でもパーソナルスペースの中に入ったら能力を発動するよう訓練されている。
 特に武器などを隠し持っている様子はなかったが、ポンチョのポケットに一枚のカードが入っているのが見えた。恐らくこいつの冒険者カードに違いない。
 俺はこいつら親子のデータを何も持っていなかった。何処の国からやって来て、何ために動いているのか。それを知ることができれば、交渉も楽になるだろう。

「生憎俺たちにも話す義理なんかないんでね。人の借りてる部屋に勝手に居座っといてどういう神経してんだ?早く出ていけ」

「すっ、すみませんセンセイ……!!!お約束は絶対守りますから!!!!さっ、行くぞ!!!」

 俺を部屋からつまみだそうとガキがこっちの服を掴んできた瞬間に、カードを擦り取ろうと手を入れる。気付かれないかは賭けだったが、ポンチョが体に密着していなかったことと、それ以上の荒々しさでライアンが俺とガキの間に入って俺を引き剥がしたことが幸いして、見咎められずに目的を達成することができた。
 それならば後はこちらの意図に気付かれぬよう、ごく自然に、大人しくこの場を去ることが先決である。
 俺は抵抗せずにライアンに引きずられながら宿を後にし、ライアンと同じ馬車で宿屋を後にした。


 自分の城に帰り、ようやっと擦り取ったカードの内容を確認した俺は、声もなく固まった。
 俺がガキからゲットした冒険者カードは、あいつ本人のものではなくライアンのものだったからだ。
 一体どういうことなのか。ルジュナの王族と知って冒険者カードを発行してくれるなど、まともなギルドでは絶対にあり得ない。普通なら貴族だって断られる。
 
 ミシェルガンデという聞き覚えのない地名を書斎に戻って調べると、なんとシルターンの南部の街だった。
 転移魔法を使ったとはいえ、一瞬でこの距離を三人(と一匹)まとめて飛ぶなど、相当な魔力と能力がなければ不可能だろう。

「そんなバカな……あの男は、剣だけじゃないのか??まさかガキのほうが……???いや、まさかな」

 魔力は本人生きてきた年齢も大きく作用する。訓練次第で増やすことも可能だし、元々の資質で膨大な魔力を持つものもいるが、それでもあの小さな子どもではそんな魔法を行使するほどの魔力は賄えまい。

 そして何より、この称号だ。
 
「竜王妃の弟子って…………アイツ、一体何やってんだよ………………!!!!???」

 まさか転移先で竜王妃と出会ったとでもいうのか。あの親子は竜王妃と縁のある者たちなのだろうか。
 何にせよ、只者ではないに違いない。
 俺はどうやってライアンからあの男を引き剥がそうか、今日も眠らずに頭を悩ませるのだった。

 

 
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