その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~

のがみさんちのはろさん

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 少女は、死の間際に全てを知りました。
 それは彼女であって、彼女ではない者の記憶。そう、前世の記憶というものでした。
 そこでの少女は普通の女性として暮らしていました。ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に育ち、学業を励み、自立をしている。前世の彼女は毎日働き詰めで苦しんでいたけれど、今の少女にとってそれは、夢のような世界だったのです。

 だって少女は、生きてきてずっと不幸でした。
 とある貴族の令嬢として生まれた少女でしたが、顔に痣があったせいで父にも母にも疎まれていました。
 歳を重ねるとその痣は薄らいだけれど、気持ちが昂ったり体が熱を持つとその痣は浮かび上がったのです。
 両親は彼女を外に出すことはなく、数年後に生まれてきた妹を特に可愛がりました。
 彼女はとても綺麗で、痣などもなく、皆から愛されて育ちました。

 羨ましい。
 ただ、ただ羨ましい。

 少女はずっと顔を隠しながら、日陰で生きてきた。光を浴びることはなく、一生惨めに生きていくのだと思っていました。

 そして、ある日のこと。
 少女は何故かある貴族に嫁ぐことになりました。我が家と古くから交流のある伯爵家の方が彼女を求めたそうです。
 なぜ自分なのかと不思議でしたが、両親も妹も喜んでいました。
 理由はただ一つ、莫大なお金を貰えたから。

 皆が喜ぶなら、伯爵様が自分を気に入ってくださったのなら、それでいい。
 誰からも求められたことがない少女にとって、その縁談はほんの少し嬉しかったのです。

 だけど、そんな喜びも束の間。
 その伯爵は気味の悪い黒魔術の儀式のために少女を呼んだのでした。
 この顔の痣が悪魔のものだと、訳の分からないことを言って、彼女を餌に悪魔を召喚するのだと。

 何を馬鹿なことを。
 悪魔なんて架空の物語に出てくる存在を信じているなんて。

 少女は伯爵家の地下で、よく分からない陣の真ん中に置かれて、胸にナイフを突き立てられました。

 ああ。自分の最後はこんなものなのかと、少女は絶望しました。
 誰にも愛されず、初めて必要とされたのが生贄としてだなんて。
 なんて惨め。なんて不幸。
 薄れゆく意識の中で、彼女は遠い遠い世界の夢を見たのです。
 それが少女の前世。ごく普通の生活を送っていた、もう一人の自分の姿。

 その記憶の中で、彼女は自分自身を見つけました。
 それは前世の自分が遊んでいた、ゲームという不思議な遊具の中。そこに描かれていた自分の姿。
 そこで少女は悪逆非道を繰り返す令嬢でした。

 どうやら少女は、このあと悪魔に体を乗っ取られて、その物語の主人公である妹を苦しめるらしい。
 それは面白そうでしたが、残念ながら少女自身の意識は悪魔に消されていました。
 そんなの、あんまりじゃないか。結局その物語で最終的には妹と、彼女を愛する男性たちと共に少女は倒されてしまう。最後の最後まで、少女は報われない。

 だったら、そんな物語を変えてしまえばいい。少女は思いました。

 このまま死にたくない。
 死にたくはない。少女は強く心の中で願いました。

「ほう。まだ息があるのか、贄の娘よ」

 聞こえてきたのは見知らぬ声。それは伯爵のものではない、とても素敵な低い声。
 この声の主が少女を乗っ取ろうとする悪魔の声なのだろうか。少女はか細い声で名を呼びます。

「……あ、くま……さま」
「見上げた精神力だな。何がお前を生かしている?」
「……しに、たくない……ぜった、い、ゆる、さ、ない……」
「なるほど。良いな、お前のその目。負の感情に渦巻いている」

 悪魔が少女の胸のナイフを抜き取り、その血を舐めました。
 もう、気が遠くなる。このまま、何も出来ずに死んでいくのかと少女は涙を零します。

「まだ眠るな、娘。俺がお前に力をやろう」
「……?」
「お前のその目。内に秘めた闇。不幸。それはまだまだ大きくなる。深く、もっともっと深く堕ちていけば、お前の魂はさらに美味くなる。俺は、それが見たい。もっと不幸で熟した魂が食いたい」

 少女の体を抱き起こし、悪魔が少女に口付けました。
 何かが喉を通る。ゴクリとそれを飲み込むと、体の奥が急に熱くなるのを感じました。

「がはっ!」

 なに、これ。何が起きているのか。少女は血が沸騰するような感覚に声にならない悲鳴を上げます。
 苦しくて息が出来ない。必死に空気を吸い込もうと、喉が変な音を立てて鳴いていました。

「ゆっくり息を吸え。何、俺の血を分けただけだ。お前なら直ぐに馴染むだろう」

 悪魔の血。彼女がさっき飲み込んだものがそうなのでしょう。
 何でそんなものを彼女に与えるのか分かりません。だが少しずつ呼吸が落ち着いていき、気付けば胸の痛みもなくなっていきました。

「……あ、れ?」
「これでお前は俺と契約が結ばれた。貴様、名前はなんと言う」
「……ディ、ゼル……ディゼル・フロワーダ……」
「そうか。ではディゼル、お前はもう悪魔であるこの俺の所有物だ。その体は不幸を招き、お前にも、周りにも不幸を与える」
「……周り、にも?」
「そうだ。可哀想な可哀想なディゼル。お前はもう、幸せな人生は送れない。その魂がドロッドロに不幸で熟すまで、俺は待つ。俺に極上の魂を食わせておくれ。これは、そのための呪いだ」

 不幸に生まれたこの体は、悪魔の贄。
 だけど、死ぬはずだった少女、ディゼルは生かされました。もっと不幸になれと、悪魔に呪われて。
 そんな状況下で、ディゼルは子供のような表情で微笑みました。

「……悪魔様。私はいま、とても嬉しい。私の手で、私の意思で、私を蔑んでいた人達に、復讐ができる」
「ほう?」
「私は、今やっと生まれた気分です」
「そうか。それではディゼル、行こうか」
「はい、悪魔様」

 床で息絶えた伯爵の懐から鍵を奪い、ディゼルと悪魔は地下室を出たのでした。

「さぁ。世界を不幸で満たしましょう」


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