23 / 54
第二章
第20話 何よりも純粋な愛
しおりを挟む「トワ!」
「トワさん!」
クラウスとリュウガが必死に声をかけるが、トワは俯いたままピクリとも動かない。
いま彼女が何を思っているのか分からないが、漂う空気からトワが酷く落ち込んでいることは火を見るより明らか。
「くっ……何故、こんなことを……ディゼル、君はなんでこんなことをするんだ!」
リュウガが吠える。なぜ彼がトワと共に行動しているのかディゼルには分からないが、その問いに対する答えは簡単だ。
「何故? この子が憎いからよ。話を聞いてなかったの?」
「聞いていた。聞いていたが、悪いのは君たちのご両親だろ!? 子供が親の言うことを信じて行動してしまうのは仕方ないことだ! 君が家族を憎む気持ちも分からなくないが……」
「勝手なことを言わないで」
リュウガの言葉を遮り、ディゼルは無表情のまま彼の元へ歩み寄った。
彼女の頬には痣が浮かび上がり、その表情から何を考えてるのか読み取ることは出来ない。だが背筋が凍りつきそうなほど寒い。ディゼルが近付くたびに、体が冷えていくのが分かる。
「何が分かるの? 貴方は冷たい地下の物置で暮らしたことがある? 冷たい水を浴びせられたことがある? 残飯すらない日は何も食べられず、フラフラになりながら屋敷中の掃除をさせられたりしたことが、貴方にあるの?」
「そ、それは……ないけど、でも君のは八つ当たりだ! 自分が可哀想だから、不幸だからってそれを周りにぶつけるのは間違ってる!」
「……正論ね。でも、それは貴方が無関係だから言えることよ。幸せな暮らしをしていたからこそ吐けるとても残酷な綺麗事。そんなこと、分かってる。分かった上で私は選んだのよ」
リュウガの頬に手を添え、ディゼルは感情のない声で言う。
八つ当たりも嫉妬も、全て理解してる。その上でディゼルは悪魔の呪いを受け入れ、彼のために行動してる。
トワが苦しむのであれば、何でもいい。
あの両親が苦しむのであれば、何でもいい。
ただ、それだけなのだ。
「良いわね。綺麗事を並べるだけの人は。それで私が改心するとでも? トワの行いを子供のしたことだから許せと? 今反省しているのだから許せと? 貴方は私の痛みを知らないから平気でそう言えるのよ。痛みを知らない者が、痛みを受けた者の気持ちを語ろうとしないで」
リュウガは言葉を失った。
記憶にあるディゼルはいつも優しい笑顔だった。彼らと同行することにしたのも、裏切られた悔しさもあるが、もう一度会いたいという気持ちも少なからずあったから。
彼女への想いは偽り。悪魔の花のせいで惑わされただけ。そう分かっているのに、信じたくないと思う自分もいる。
しかし、もうあの時のディゼルはいない。
目の前にいるのが、本当のディゼル。悪魔の娘なのだ。
「……ディゼル嬢」
「何かしら、聖職者様」
ずっと黙って聞いていたクラウスが口を開いた。
この場で一番冷静なのは彼だろう。さっきまでトワのことを心配して声を荒らげていたが、今は落ち着いている。
「君は本当に、それでいいのか」
「貴方もお説教かしら?」
「いや……君に何を言っても無駄だろう。だから私は君に聞いておきたい。悪魔と共に行動して、君に後悔はないのか」
「ないわ。私はね、悪魔様を心から愛しているの」
その言葉、表情に、彼女が本気で悪魔を想っていることが伝わる。
さっきまでの冷たい表情が、一気に恋をする乙女のものへと変わった。こんな状況でなければ思わずドキッとしてしまうほどだ。
だからこそ、悪魔を愛してしまった哀れな少女に、クラウスは胸を傷める。
もっと早く、彼女の存在に気付いていれば。家族に虐げられていた彼女を救うことが出来ていたら、こんなことにはならなかったのに。
「……悪魔はにとって人間は餌でしかない。それでも?」
「ええ。私はいつか彼に食べてもらうの。そのために、私はもっともっと不幸になりたい。不幸で世界を満たしたい。この世の不幸が私の幸せなの。彼だけが、私を救ってくれた。私を求めてくれた。だから私は悪魔様を愛してる」
心からの言葉。
誰よりも、何よりも、純粋で嘘偽りのない想い。
クラウスは目を伏せた。
聖職者として悪魔を祓わなければいけない。彼女の悪魔に対する信仰心を否定しなければいけない。
だが、出来ない。
ディゼルの言葉を、心を、否定できなかった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる