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第三章
【不幸な娘を愛した無関係な男の話】
しおりを挟むディゼルが去ってから一晩。
トワは宿屋のベッドで膝を抱えたまま動かなかった。
リュウガが食事を持ってきても手を付けず、水すら飲もうとしない。
励まそうと声を掛けようにも、今の彼女に何を言っていいのかも分からない。ディゼルの言葉もずっと引っかかっていて、気休めにもならない言葉を言うことに意味があるのかと口を噤んでしまう。
どうしよう。一緒にいても何も出来ない。リュウガは一度外に出て空気を吸ってこようかと思い、立ち上がろうとした。
「……リュウガ様」
「え?」
椅子から僅かに体が離れた瞬間、トワが口を開いた。
驚いて思考が軽く一時停止したが、すぐに頭を振ってなるべく冷静を装った。
「どうしたんだ?」
「……リュウガ様から見たお姉様は、どんな方でした?」
まさかディゼルのことを聞かれるとは思わなかった。むしろ今は避けたい話題だと思っていた。
トワが何を思って聞いてきたのか分からない。しかしここで適当に誤魔化すのは良くないだろう。そう思い、リュウガは村で彼女と出会ったときのことを思い返す。
「……綺麗な人だと、思ったよ。優しい笑顔で花を売っていた」
「そう、ですか……」
「君にとっては、どんなお姉さんだったの?」
「……知りません。私は、姉のことを何一つ知りません……お顔をちゃんと見たことすら、ありませんでした……」
ずっと俯いていたトワが、顔を少し上げた。
いつもの穏やかな表情は完全に消え、今にも死んでしまいそうなほど暗い。
「……幼い頃からずっと姉は悪魔の子だからと親に言われてきました。小さい頃はそれを信じ、姉は怖い人なのだと思ってました……だけど……」
トワはドレスの裾を掴み、身体を震わせた。
「ハンカチを拾ってくれたあの時、初めてちゃんと姉を見ました。少しも怖い雰囲気はなくて、むしろ優しいお顔をしていて……それが何故か怖くて、私はあのような事をしてしまいました」
「ど、どうして?」
「自分たちがしてきたことが、間違いだと思いたくなかったんです。姉が悪魔ではない、普通の人だとしたら……悪いのは自分たち……それを、認めたくなくて……姉は悪なのだと、思い込みたかったんです……」
「……そんな」
「酷いと、思うでしょう? 私が姉にハンカチを盗まれたと両親に話した時、二人はとても笑顔でした。よく言ったねって褒められて、私は正しいことをしたのだと……思いました……」
リュウガは屋敷で会ったときのディゼルを思い出す。
トワを憎み、家族を恨み、悪魔に魂を売ってしまった。
それは、必然なのかもしれない。ディゼルからすれば、ようやく自由になれたのだ。あの家族から開放されたのだ。
復讐したくなる気持ちも、分からなくはない。リュウガは拳を握り締め、深く息を吐いた。
「……話を聞く限り、確かに君のしたこと、君たち家族がディゼルにしたことは酷い。こうなるのも、無理はないと思う……」
「ですよね……」
「責任を取る、なんて言うだけなら簡単だ。それこそ、償いたいなんて言葉も確かにディゼルが言ったように自分のためでしかないかもしれない……」
「はい……」
「だからこそ、君は逃げたら駄目だと思う。償うと言ったなら、その罪と向き合うべきだ」
無関係な立場だからこそ言える台詞なのかもしれない。こんな言葉は綺麗事かもしれない。
それでも、今は素直な気持ちをぶつけたいとリュウガは思った。
「俺は、ディゼルが悪魔に憑かれてると知ったときは騙されたと思ったよ。悔しかった。だけど、俺は確かに彼女が好きだった。あの笑顔が偽りであったとしても……彼女に会いに行くときはドキドキしたし、話をしてる時は幸せだと思った……」
「……リュウガ様」
「だからもう一度会いたいと思った。自分の気持ちを、彼女への思いを終わらせたくて……」
リュウガは悲しそうに笑った。
悪魔を愛してると言ったときのディゼルを思い出したのだ。あの表情を見て、確信した。勝てない、と。自分では彼女の心を奪うことは出来ないと思った。一度もディゼルの表情を崩すことが出来なかった自分には、何も出来ないと。
「……トワ。君も、自分の気持ちに向き合うといい」
「私の、気持ち……」
「聖女だからではなく、君自身がディゼルに何も思うのか、これからどうしたいのか、考えよう」
「……私自身が、お姉様に……」
トワは膝を抱え、目を閉じた。
今、自分が何をしたいのか。素直に、心と向き合うために。
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