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第35話「掌」
しおりを挟む寮の部屋に戻り、アンジュは制服を着替えて一息つく。
今日は心休まる瞬間がほぼなかった。さすがに寮で何かが落ちてきたりすることはないと思いたいが、イディックの言うようにどこかに足をぶつけたりと小さな不運があるかもしれない。
まだまだ気が抜けないのかと思うと、精神的に参ってしまう。
「おい」
「……あ、フローガさん。おかえりなさい」
今日はいつもより戻るのが早いなと思いながら、窓から入るフローガの元へ歩み寄った。
「そんなことより、平気か」
「え? あ、ああ……大丈夫ですよ、ありがとうございます」
アンジュは頭を下げて感謝したが、フローガは約束したからとだけ言って、ベッドへ腰を下ろした。
「どうやら、向こうも動き出したみたいだな」
「向こう?」
「ああ、俺のターゲットだ。遅かれ早かれこうなるとは思ったが……随分と回りくどいことをする……」
大きく溜息を吐き、「くそっ」と苛立った声を上げながらベッドに横たわるフローガ。珍しく感情が粗ぶった様子の彼に、アンジュは少し心配になった。
「……あの、もしかして私のせいですか?」
「なんでそうなる」
「いえ、その……私、今日は物凄く運が悪くて……怪我しそうになったのを助けてくれていましたよね」
「…………そこまで気付いていて、肝心なところは分かっていないんだな……」
フローガは呆れた表情を浮かべながら、頭をガシガシと掻いた。
「お前のそれは運とかじゃない。わざとお前を怪我させようとしていたんだよ」
「わざと?」
「そうだ。俺の追っている奴……まぁ動いているのは本人ではないが、そいつの指示だろうな。お前に怪我させて、血を流させようとしてる。運よく聖女の力も見れたらいいと思っているんだろう」
「……気付かれているんですか、私のこと」
「そのまま攫いに来ないってことは、まだ確証はないんだろう。だから確かめようとしてる。本当にお前が聖女なのかどうか。向こうはお前のこと男に見えているはずだし、俺ですらお前から特殊な魔力を感じられていないんだ。だから今は確証を得てから動き出したいんだろう」
「…………でも、私が疑われていることに変わりないんですね」
アンジュは自分の両手をギュッと握り締めた。
今まで注意をされるだけで、自分の身に直接何かが起きることはなかったせいで危機感を抱きずらかった。だけど、こうして自身が狙われている事実を目の当たりにしてしまい、一気に恐怖が湧いてきてしまった。
「……明日も、こういう感じなんでしょうか……」
「そう、だろうな。俺たちもお前を狙ったやつを捕まえて、アイツの居場所を聞き出そうとしているんだが……もう少し、時間がかかるかもしれない」
フローガは上半身を起こし、アンジュへ頭を下げた。まさかそんなことをされるとは思わず、アンジュは驚いてフローガの足元へと座って彼よりも頭を低くさせた。
「あ、謝らないでください。私、フローガさんのせいなんて少しも思っていないですし、フローガさんは何も悪くないんですから……」
アンジュの慌てて取った行動に、フローガは目を丸くした。
自分の足元で背中を丸くしてるアンジュの姿に、さっきまでの荒んだ心が落ち着いていくのが分かる。
フローガは自然とアンジュの頭に手が伸び、彼女の柔らかな髪をそっと撫でていた。
「フローガ、さん……?」
「すまない……ありがとう……」
優しく触れる彼の手に、アンジュは胸の奥がほんのりと温かくなっていくのを感じた。
他にも優しい人はたくさんいるのに、フローガにだけ感じるこの感情は何だろう。アンジュは名前の付けられない感情を胸に抱きながら、目を閉じて彼の手の温もりに身を委ねた。
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