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第41話「涙」
しおりを挟むフローガは自分を守るという決意を、この形見を渡すことで証明してくれた。
これは絶対に守り抜くという意志だ。
「わかりました……私も、大切にします。兄のことや、フローガさんの問題が終わったら、必ずお返しします」
「ああ……」
フローガは顔を上げ、アンジュのことを見つめた。
その顔はまるで泣き出しそうな子供のようで、赤い瞳が涙で揺れている。
「……フローガさん、手……離してもらってもいいですか?」
「あ、ああ……すまない、痛かっただろう」
フローガが慌てて手を離すと、アンジュは腕を伸ばして彼の頭を抱え込むようにギュッと抱きしめた。
一瞬、何が起きたのか理解できなかったフローガは、アンジュの胸に顔を埋めたまま思考が一時停止した。
「……な、にを……?」
「ごめんなさい……でも、今はこうしていたくて……」
以前、アンジュが両親のことを知って泣いた時のように、自分も彼のことを抱きしめてあげたいと強く思った。
自分がしてもらったことを、少しでも返したい。助けになりたい。その気持ちを込めて、フローガの髪をそっと撫でた。
少し硬くて、だけどふわふわとしていて、まるで獣のような毛並みを彷彿とさせる。目を閉じると、本当に狼を撫でているんじゃないかと思ってしまう。
「……嫌ですか?」
「…………いや。もう少し、このままでいいか」
「はい……」
フローガはなるべくアンジュに体重を掛けないように気を付けながら、彼女の体を抱きしめた。
こんな風に誰かに抱きしめられるのは、一体どれくらい前だろうか。だけど母の温もりとはまた違う、安心するのにどこか落ち着かない。だけど離したくはない。このまま、抱きしめていたい。
「……フローガさん?」
「なんだ……」
「…………無理、しないでくださいね」
「……それは、難しいな」
「はい。でも、フローガさんに何かあったら、ピアス返せないです」
「そう、だな……善処する」
「駄目です、絶対です」
声が僅かに震えていることに気付き、フローガはゆっくりと体を起こした。
見下ろす彼女の顔は、青い瞳から零れた涙に濡れていた。潤んだ瞳は月明かりに照らされて、息を飲むほど輝いて見えた。
「…………泣くな」
「勝手に出てくるんです……」
フローガはアンジュの頬を両手で包み込み、目元に口付けて流れる涙を舐め取った。
くすぐったいのと恥ずかしさで、アンジュはキュッと目を閉じる。食べられてしまいそうだと、頭の片隅でそう思った。それでもいいと、少しだけ考えた。
でも、きっとそうはならないんだろうとも、冷静な自分が頭の中で言う。
きっと叶わない願い。
このまま涙と一緒に、彼の中に全て飲み込んでもらえたら。
だけど、自分にはまだ為すべきことがある。逃げ出すなんてことはしたくない。
アンジュは頬に触れるフローガの手に自分の手を重ね、彼の目をジッと見つめた。
お互いに黙ったまま、ただ見つめ合う。
呼吸音だけが、部屋の中に響く。
こんなにも惹かれ合うのは、何故だろう。お互いが、まだ自分の心に生まれた感情に名前が付けることが出来ていない。
まだ、この心に向き合う覚悟が出来ていない。
フローガはそっとアンジュの額に唇を落とした。今出来るのは、これだけ。
二人はもう一切言葉を交わすことなく、ただ抱きしめ合いながら眠りについた。
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