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第42話「思い」
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「顔色、良くなったな」
「そうですか?」
フローガと夜一緒に寝るようになって数日が経った頃、いつものように寮まで迎えに来てくれたイディックがアンジュの顔を見ながらそう言った。
ここ最近、ずっと元気もなかったので心配していたが、気を遣わせると思って口にはしてこなかったが、段々と元の調子に戻ってきたのが分かり、イディックはホッとしていた。
「そんなに、顔に出てましたか?」
「出てたよ。でもクロードはいつも通りにしようと頑張ってたっぽいからさ、オレもそうしようと思って」
それはアンジュ自身も感じていた。
イディックはアンジュを心配する素振りや表情も特に変わりなく、本当にいつも通りだった。出会ったときから面倒見の良い彼が何も気付いていないはずがない。だから、あえてそうしてくれているんだと、イディックの優しさに感謝をしていた。
その彼がこうしてアンジュの様子を気遣う言葉を掛けたということは、本当に体調が回復した証拠なのだろう。アンジュはずっと傍にいてくれていたフローガにも心の中で感謝する。
「なんか、前より表情も柔らかくなった気がする」
「え、わ、僕の?」
「うん。なんか気を張ってるような……ちょっとなんて表現していいのか分からないけど、まぁちょい硬い感じ? でも、それがなくなった気がする」
「…………あまり意識したことはなかったです……」
アンジュは自分の顔を触りながら、首を傾げた。心境の変化は確かにあったかもしれないが、顔に出したつもりはなかった。
イディックはそういったことをよく気付くなと、彼の観察眼と洞察力にアンジュは感心する。
「なんか良いことでもあった?」
「いいこと……むしろ、最近は運が悪かったとしか」
「それは確かに……でも怪我一つしてないのは逆に運が良いんじゃない?」
「それ、は……」
フローガが守ってくれているから、とはここで言えない。
とっさに運が悪いと言ってしまったが、アンジュの今の状況は運の良し悪しで起きているわけでもない。良いことが何かあったかどうか、アンジュはフローガのことを思い浮かべたがこれも口に出せることじゃない。
「……そう、かもしれない、ですね」
「んー? なんか歯切れ悪いな。他にも何かあるんかぁ?」
「い、いえ、そういう訳じゃないですよ。えっと、運が良いとも悪いとも言い難い状況だなぁと……」
「それはそうだな。そういえば、お前は未だに部屋変わったりしてないな」
「え?」
急に話が変わり、アンジュは何のことか分からなかった。
「部屋だよ、寮の。運が悪いで思い出したんだけど、前にも言ったじゃん。あのフローガ・アインザムカイトと同室で部屋変わらなかったの、お前だけだぜ?」
「あ、ああ……そういえば、そんな話もしてましたね」
アンジュはこの学園に来た初日のことを思い出した。
フローガが怖くて、同室になった人はすぐに部屋替えを申し出ていたこと。今のアンジュにとって彼の存在は必要不可欠で、むしろ他の人では困る。しかしそんなことも当然言えない。
「えーっと……話せば普通に良い人ですよ」
「それが想像できないんだよなぁ。他の奴らとも話してたけどさ、アイツのこと試験のときくらいしか見ないけど、メチャクチャおっかないじゃん」
「確かに僕も第一印象はそうでしたけど……でも、本当に優しい人ですよ。彼に助けられてばかりですから……」
アンジュのはにかむような笑みに、イディックは驚いた。
悪い印象しかなかった相手に対して、こんな顔を浮かべる人がいるなんて、と。
「……え、もしかして好きなの?」
「え?」
「フローガのこと」
「………………え?」
「いや、だからクロードが、フローガのこと好きなのかって」
「い、いや! そんなんじゃないです! た、ただ本当に助けてもらってて、感謝をしてて、だから、そのっ」
アンジュはこれ以上は余計なことを言ってしまいそうで両手で口を押さえた。
そんなはずはない。そんな感情を、抱いていい相手ではない。アンジュは頭の中でイディックの言葉を否定する。
「ふーん? 別にいいんじゃねーの? うち、恋愛禁止なわけでもないし」
「だ、だから本当に違うんです……そんなんじゃ、ないです……」
この気持ちに名前を付けてはいけない。アンジュは頭の中で何度も何度も違うと繰り返した。
名前を付けてしまったら、もう引き返すことが出来ないから。
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