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第53話「油断」
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――
「…………ん」
いつの間に寝ていたのか、窓の外はもう暗くなっていた。
部屋は暗いまま。フローガは帰ってこないのだろうか。
いっそ、このまま顔を合わせない方がいいのかもしれない。会ったところで何を話していいのか分からないのだから。
そんなことを思いながら、アンジュはゆっくりと体を起こし、軽く目を擦る。
「……?」
ふと、浴室の方で物音が聞こえ、アンジュは恐る恐る近付いた。フローガやクルクスであれば隠れる必要がない。だとすると、もしかしたら誰かが侵入してきたのかもしれない。
もしそうであれば迂闊に近付くべきではないのかもしれないが、確認しないまま部屋の隅で怯えるのは嫌だった。
「…………っ!」
意を決して浴室を覗き込むと、そこには腹部から血を流すフローガがいた。
何故こんな大怪我をしているのか分からない。だが彼が怪我をするということは、おそらく自分を守って負った傷だ。
「フ、フローガさん! 何があったんですか!?」
「っ、起こしたか……起きる前に去るつもりだったんだが……」
「ねぇ、何があったんですか!? どうして、こんな……」
フローガは口を噤んだ。
時を遡ること数時間前、この部屋に近付く人物を捕まえようとしたフローガとザジ。
その人物は操られた男子生徒だった。その生徒は明らかにアンジュを殺す気で、手には食堂から盗んできたと思われる包丁を持っていた。
この生徒にかけられた暗示はアンジュを殺すこと。彼から感じる魔力の濃度からして、きっと目的を果たすまで、アンジュを追い続けるはず。暗示を解くにも時間が掛かる。学園内で余計な揉め事は避けたい。
相手は操られているとはいえ、ただの一般生徒。追い詰めてしまえば容易く殺せる。
この生徒に罪は無いが、ここで始末するしかない。そう思い、フローガは魔力を込めたナイフを振りかざし、彼の心臓へ突き刺そうとした。
「……っ」
だがその瞬間、脳裏に怯えるアンジュの顔が過ぎった。その僅かな迷いが、彼の動きを鈍らせてしまった。
「若!!!」
そしてその隙をつかれ、彼の腹部に包丁が突き刺さった。
再びアンジュの元へと向かおうとする生徒をザジが捕まえ、フローガは彼に後のことを任せて部屋へと戻った。
自室なら自分が張った結界もあり、安全だったから。アンジュが寝ていることを確認し、応急処置を済ませてさっさとこの場を去るつもりだった。
だが、思いのほか傷が深く、すぐに動き出すことが出来ず、今に至るのだった。
「……血、血が止まらない……」
アンジュはフローガの腹部を抑えるが、流れ出る血は止まらない。
おそらく、あの包丁にも何かしらの魔法が掛かっていたのだろう。そのせいで止血剤を塗っても効かなかった。
「…………っ、少し、我慢してください」
アンジュは震える手でフローガの服を捲り、顔を近付けた。
「待て!」
さすがに何をしようとしてるのか気付いたフローガは慌ててアンジュの肩を掴んで引き離した。
驚いて目を丸くするアンジュは、なぜ自分の行動を止められたのか全く理解出来ていなかった。
「お前……俺が言ったこと忘れたのか!? 狼族の血は毒なんだぞ!」
「え、あ……でも、前に傷を治したときは平気でした!」
「そうだが……あれは少量だっただろ。こんなに大量の血を口にして平気でいられるとは限らない!」
「でも、このままだとフローガさんが死んじゃう……!」
「っ」
涙ぐむアンジュに、一瞬フローガの手から力が抜けた。
その僅かな緩みに気付いたアンジュは、即座に彼の腹部にしがみついて傷口に唇を這わせた。
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