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第54話「吐露」
しおりを挟む口の中に広がる鉄の味。
舌にに触れる生温かい感触。
これは彼の血に含まれる毒のせいなのか、少しだけピリピリと痺れるような感覚がある。
「……っぐ」
痛みに耐えているのか、フローガの呻き声が聞こえてくる。
だけど、止める訳にはいかない。
このままだとフローガは本当に死んでしまう。そんなのは絶対に嫌だった。
アンジュは必死に彼の傷を舐めていく。
「っお、い……もう、やめ……」
アンジュは首を振り、動きを止めようとはしない。フローガは彼女を止めようと肩を掴むが、痛みで力が上手く入らない。
それから数十分が経った頃、段々と傷口から淡い光が放たれ、ゆっくりと傷が塞がっていった。
「っ、はぁ……はぁ……」
「フ、ローガ、さん……大丈夫、ですか……?」
腹部の痛みも消え、出血も無くなった。あれだけ大量の血を流したのに、体に気だるさ等は一切ない。聖女の力はただ傷を治すだけではないらしい。
フローガは改めて、その力の凄さを感じた。
だが今は、それどころではない。
「お前、体は平気なのか!?」
「は、はい。大丈夫、です……」
「……そうか……だが、なんで俺なんかを……」
フローガはアンジュの肩を掴み、自分から離す。
もう目に入るのも嫌だと思った。人殺しの自分なんかとはもう、関わりたくないと思っていた。
いや、違う。フローガは頭の中でそれを否定した。アンジュの性格からして、それはない。目の前で困ってる人を放っておけないだけ。たとえ、相手が誰であっても。
それに、フローガとアンジュが協力関係にあることに変わりはない。
自分が死んだら、彼女を守る者がいなくなる。そうなればアンジュも兄のことを探せなくなる。
自分を治すのなんて、それだけの理由だ。
「…………悪かったな、手間取らせて……色々とゴチャついたが、ちゃんと約束は守るから……」
そう言って立ち上がろうとしたフローガの手を、アンジュが掴む。
弱々しく、軽く振れば解けるその手を、フローガは払うことが出来なかった。
「……こわ、かった」
顔を伏せたまま、アンジュは震えた声でそう言った。
「ふ、フローガさんが、死んじゃうかも、って……そう思ったら、体が、動いて、ました……」
「……俺が死んだら約束を果たせないから、だろう……兄のことも、あるし」
「違う……ちがい、ます」
フローガの言葉を遮るように、アンジュは力強く否定した。
兄のことなんて考えて頭になかった。ただ早く治さないとフローガが消えてしまう。それが何より怖かった。
もう誰もいなくなってほしくない。両親も兄も消え、一人残されたアンジュにとって、フローガは失いたくない人になっていた。
「もう、なにも、分からないんです。誰を、何を信じればいいのか……」
「……」
「だって、みんな勝手に私のこと巻き込んで、勝手なことばかり言って、国のことも親のことも、狼族のことだって私は何も分からないのに! 私はお兄ちゃんに会いたいだけなのに!」
声を張り上げるアンジュに、フローガは何も言わない。
アンジュはただ泣き喚くことしか出来なかった。一度たかが外れると、もう止められない。
「私は、お兄ちゃんと帰りたいだけなのに……聖女の力なんていらない。アルクス国なんて知らない。もういっそ、死んじゃえば誰かに狙われることもないし、聖女の力が誰かに奪われるなんてこともなくなるし、全部捨てて逃げちゃいたいって、私は、もうなにも、いらないって……」
「…………」
「思って、たのに……いらなかった、のに……」
泣きながら、アンジュは顔を上げてフローガのことを見た。
真っ直ぐ、こちらを見つめる赤い瞳。きっとこの場にいたくないはずなのに、手を振り払わずに黙って話を聞いててくれている。
もっと冷たい人だったら、こんなに悩むことはなかった。嫌いにもなれたはずなのに。
「どこにも、いかないで」
その言葉に、フローガは気付いたらアンジュのことを抱き締め、噛み付くように唇を重ねていた。
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