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幕間
幕間~勇者になった男~【中】
しおりを挟む訓練を始めて一週間が経つ、最初は真剣で訓練するつもりだったのだが、ジャックに『それでは訓練になりません』と言われ、俺はそれをしぶしぶ了承し、お互い訓練用の刃を潰した剣を使うことになった。
だが、そうして訓練を始めてみるとジャックの言っていたことがよくわかった。否、わからざるを得なかった。
俺はジャックの動きに対応できないどころか、動きをしっかりとみることすらできなかったのだ。
最初の訓練で、俺はジャックにされるがままで、刃を潰している訓練用の剣だったのにもかかわらず、結構な怪我を負ってしまった。
しかし、この世界において、怪我などは魔法ですぐ治すことができる。
俺は次の日には全快し、同じように訓練を開始し、またボコボコにされ、魔法で治してもらう……そんな日々の繰り返し……。
すでに俺はボロボロだった。体ではなく、精神が、だ。
だが、すべてはあの男への復讐のためだと思えば耐えることができた。
そうして繰り返しているうちに、少しずつジャックの動きが見えるようになり、少しは攻撃を受けられるようになった。
そして、今日も俺はジャックとの戦闘訓練を行っていた。
「―――目に頼り過ぎだっ、もっと全体を把握しろ!」
そう俺に叫びながらジャックは高速の斬撃をあらゆる方向から繰り出してくる。
「―――くっ」
俺はそれらの斬撃をかろうじで防いでいくが、いくら修行しているとはいえ、それらは勇者装備ではない今の藤堂結城に防ぎきれるような代物ではない。
当然、全てを防ぐことなどできず、いくつか斬撃をくらってしまう。
鎧を着ているにもかかわらず、体を芯から揺らすような衝撃が走る。
もし、ジャックの剣が訓練用の剣ではなく、真剣であったならこの体はすでに真っ二つになっていたことだろう。
「どうします、もうおしまいにしますか、勇者様?」
痛みで膝をつく俺に、ジャックは笑顔で挑発をかけて来る。
こっちはすでに息が切れ、肩で息をしているというのに奴はあれだけの動きをしてもなお、息一つ切らしていない。
全くなんて奴だ、あれはもう人間をやめているとしか思えない。
体が悲鳴を上げている。手足はもう上がらないと主張し、内臓もこれ以上は動けないと音を上げていた。
だが、それでも俺にはここで無様に倒れて、修業を放棄するという選択肢は存在しない。
何としても俺はあの男に復讐すると誓ったのだ。
こんなとこで倒れてしまうようではあの男に追いつくことなど夢のまた夢、だから俺はここで倒れるわけにはいかない。
俺は全身の主張を一蹴し、立ち上がると剣を構える。
「……何言ってる…まだまだ、これから、だろ?」
ジャックは体に鞭を打って立ち上がった俺を見て、不敵に笑った。
「よろしい、では行かせてもらうよ!」
そう言って再びジャックはこちらに物凄い速さで向かってくる。
このままいけば俺はまたこれまでと同じようにボコボコにされてしまうだろう。
だから、俺は集中し、自意識の中に自己を埋没させる。
――――――落ち着け、落ち着け、落ち着け
俺はこの一週間、この訓練を続けて来たんだ、自信を持て、今さっきジャックに言われたことを思い出せ、目だけで追うな、全体を把握しろ、奴の動きをこの一週間の経験、そして勇者の剣を振るっていた時に流れて来た感覚、知識、俺の中にある全てに照らし合わせろ、大丈夫、俺には見える。いや―――わかる。
そして、次の瞬間、俺の中で何かがかみ合った。
「そうか―――わかったぞ」
「―――何がわかったんだ?」
だが、ジャックは俺の思考が完了するのを待たず、斬撃を繰り出してくる。
その動きは最早人に為せるレベルの物ではなく、彼の腕の動きすら見ることは難しい。
そう、確かに動きは見えない、しかし―――わかるのだ。
俺は俺の中の何かが導くままに剣を動かし、剣が振られるであろう場所にただ剣を持っていく。
そして俺の剣は見事にジャックの剣筋を捕えていた。
「―――なっ」
今までと違う洗練された動きに驚愕を隠せないジャック、だが、まだだ。
俺は剣を弾くのではなく、受け流すように剣を滑らせ、攻撃を受け流すと、そのまま剣を横に薙ぎ、ジャックの胴を狙う。
「―――うっ」
完璧なタイミングだった。文句のつけようのない、俺史上最強の一撃、しかしジャックはそれを無理やり上体を反らして紙一重で避けきってしまった。
「くそ、あれでも当たらないか……」
「いやいや、驚いたよ、今のはかなり危なかった。危うく一撃貰っちゃうところだったよ」
そう言ってあっさりと距離をとって体勢を立て直すジャック。
だが、感覚は掴んだ。今日はもっと戦える。
「まだまだ、これからだ。その余裕の面、崩してやるよ」
「―――面白い、やってみるといいさ、やれるものならね」
そうして俺とジャックは訓練を続けた。
****
「くっ……ここは……?」
「あっ、勇者様、お気づきになられたのですね」
俺が目を覚ますと、すぐに傍らにいた女が声をかけて来た。
それと同時に俺の頭も覚醒してきて、だんだんと状況を把握していく。
そうだ、俺は結局またジャックにボコボコにされてしまったのだ。
俺はあの後、ああやって息巻いてジャックに挑んだものの、あの状態を再現できたのは数回の短い間だけで、上手くものにすることができなかったのである。
「そうか……俺は今日も勝てなかったのか……」
まったく……あれだけ威勢を張って挑んでおきながら今日もボコボコとは……カッコ悪いにも程があるな。
だが、糸口は掴めた、次こそは……倒す。
「あの……勇者様、お体の方の具合はどうですか? 一応怪我はあらかた治しておきましたが……」
と、俺が明日に向け、決意を固めていると、女が再び話しかけて来た。
背中の中ほどまである長く、そして美しい銀色の髪、整った顔にスラリと伸びた手足、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる体形、そして、その美しき全身優しく包む荘厳なドレス……どこをとっても美しいと言って差し支えは無いだろう。
せいぜい欠点を上げるとすればその蒼き双眸には光が宿らないことくらいだろうか、いや、それすらももしかするとこの女の美しさを引き立てているのかもしれない。
この女の名前はナタリー=エドワード、要するにこの国の姫様である。
ではなぜ、姫様がこんなところで俺の看病などしているのかと言うと、それは単純にこの女が最高レベルの治癒魔法の使い手だからだ。
そもそも俺は最初、この女の存在すら知らなかった。
それには王が隠していたというのもあるが、それとは別に、この女は生まれつき目が見えず、体が弱いのである。
そのため、外に出ることも殆どなく、部屋に引きこもっていたらしい。
だが、この女が引きこもっていた理由は他にもあるのだが、それはまた後にしよう。
まあ、簡単に言ってしまえば、訓練の怪我を治せる人材にあの女が適任だった……それだけの事である。
と言うのも、治癒の魔法が使える人材と言うのはどうやらあまりいないらしいのだ。
何でも、治癒の魔法が使えるのはかなり上位の水系統の魔法使いか、無系統の中で、治癒魔法の才能を持つ者だけだとか、なんとか。
因みにあの女は後者の方らしい。ま、そんなことは正直どうでもいい、俺は怪我さえ治してくれればそれでいいのだ。
「ああ、体調は問題ない、もういいよ、下がってくれ」
「そんな……もう少しここに居てはだめですか? ずっと自室にいては気がまいってしまいそうで……」
ずっと引きこもりをしていた女が一体何を言っているのだろうか? ……めんどくさい奴だ。
「あら酷いです、勇者様、私めんどくさくなんてないですよ?」
「……読んだのか?」
「違います、自然に聞こえてきてしまうのですよ、ふふ」
そう、これがこの女が引きこもりをしていたもう一つの理由だ。
生まれつき目が見えなかったナタリーを神が哀れにでも思ったのだろうか? 彼女は目が見えない代わりに他人の心の声が聞こえるのである。
おかげでナタリーはその目で相手の表情を確認できなくとも、相手の感情を知ることができる。だが、それは良くも悪くもである。
どういうことかと言うと、相手の心の声が聞こえてくるということは、負の感情を持っている相手の心の声も自然に聞こえてきてしまうということだ。
人には相手の本当の感情を知らないからこそ円満に続けられる関係と言うのも存在する。だが、それ以外でも、人はいい人ばかりではなく、当然邪な心を持っている者も存在するのだ。
それらが全て否が応にも聞えてしまう……想像しただけでぞっとする。
が、今はそれも切り替えができるらしく、常に聞え続けてしまうという訳ではなくなっているらしい。
「全く……気味の悪い女だな」
「本当に失礼な方ですね、勇者様は、一応私この国のお姫様なんですよ?」
「そんなもん知るか、俺には関係ない」
「十分関係あると思いますけど……」
知らん、この女が姫であるとか、そんなことは関係ない、少し前までの俺なら関係あったかもしれないが、今の俺にはそんなことよりもやらねばならないことがあるのだ。
「復讐……ですよね?」
「また読んだのか……」
「違いますよ、自然に聞こえちゃうんです、でも、それは本当に復讐なんですか?」
「当たり前だ、俺はあいつに受けた分の屈辱をあいつにも味あわせてやるために修業をしているんだ」
そう、今は他のことなどどうでもいい、ただ俺は強くならなければいけない、全てはあいつと対等に渡り合うために、そして、あいつに勝つために……。
「本当に難儀な人……本当はわかっているのでしょう? あなたは彼に……」
「―――黙れ」
「……もう、仕方のない人ですね、まったく」
そう言って呆れた顔をする姫。だが、
「―――ッ!!」
その表情が突然驚きに染まる、そしてその直後、勢いよく部屋の扉が開け放たれ、伝令役の兵士が入って来た。
「勇者様、姫様、ここに居らっしゃいましたか!」
「どうかしたのか?」
「はい、一大事です、この王都が狂暴化したバンデットオーガの襲撃を受けています、今はまだ王都の壁の外で持ちこたえてますが、突破されるのは時間の問題かと……」
「やはりですか……かなりまずいですね」
姫の顔がバンデットオーガと聞いた瞬間に暗いものに変わる。
「その……バンデットオーガってやつそんなにまずいのか?」
「はい、正直かなりまずいですね、あの魔物は暴れ出したが最後、周囲を破壊し尽すまで止まることはありません、特に狂暴化していた場合は手のつけようがない……災害みたいなものです」
「災害ねぇー」
「しかし、妙ですね、バンデットオーガは基本的には自分から手を加えない限り狂暴化することは無いはずなのですが……」
と、何やら考え込み始める姫様、だが、俺にはそんなことはどうでもいい、そこに倒すべき敵がいる……それだけで十分だ。
そいつには俺が強くなるための踏み台になってもらおう。
しかし、俺がそうして戦いに行く決意を固めると、
「そんな! 勇者様、いけません! あなたの体の傷は一応治っていますがそれでも本調子ではないはず、そんな状態でバンデットオーガに挑むなんて危険すぎます!」
と、またもや俺の心を勝手に読んだナタリーがおせっかいをかけて来る。
全く、一々鬱陶しい奴だ。
「なっ!? 勇者様、私はあなたのためを思って―――」
「―――ならここで指をくわえて見ていろと? だがその間にもたくさんの兵士が死ぬぞ?
お前は自分の国の兵士を見殺しにしたいのか?」
「それは……でも!」
「でももくそもない! それに何より、こんな絶好の修業の成果を試せる相手……そうは現れまい、試さないでいられるか!
おい、兵士、すぐに準備して俺が向かうからもう少し持ちこたえろと伝えろ」
「はッ! 了解しました!」
そう言って兵士は部屋を後にする。そして、俺も早速装備を練習用のものから勇者装備に変え、現場に向かおうとする。
「お待ちください!」
「……なんだ?」
「やはり行かれるのですか?」
「ああ、当然だ」
「そうですか……死なないで下さいね?」
「心配するな、俺はあいつに復讐するまでは死なん、絶対にな……」
俺はそれだけ言うと、俺はドアを開き、現場に向かう。
「本当に……難儀な人ですね……」
ナタリーのそんなつぶやきを背に、俺は部屋を後にした。
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