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魔人襲来編
vs魔人決着
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「―――いやあぁぁぁぁッ!!」
「あ、あぁ、アキラ……なんてこと……」
「……くッ……アキラ君でも……」
眼前の絶望を前に、悲嘆に明け暮れる三人。その姿を横目に魔人は一人、顔を歪めて嘲笑を上げる。
それは彼が自身の技に手ごたえを感じていたが故のもの。
それはつまり、彰にアドラメレクの渾身の一撃が直撃したことを意味していた。
「フヒッ! フハッ! フハハハハハハハッ!! やった! やってやったぞッ!!
矮小な人間どもの希望の象徴である勇者を我は殺ったのだ!!
これで最早我ら魔族を阻むものは居ない!
後はただ、無力な人間どもを滅ぼすだけ、それだけで魔族がこの世界の頂点に君臨することができる!!」
立ち上る粉塵は今も尚晴れることなく、その場にいる者の視界を阻み続ける。
しかし、その未だ晴れぬ粉塵それそのものが、先に放たれた一撃の凄まじさを物語っていた。
それほどの破壊をもたらす一撃、それをその一身に受ければどうなるかなど、最早考えるまでもない。
「さて、これで邪魔者はもういない。
そうだな……まずは手始めに先の二人に死と絶望を与えるか?
否、されよりも先に女のガキに凌辱の限りを尽くし、ボロ雑巾の如く壊し尽してから、ゆっくりと、嬲る様に死を与える方がより刺激的かッ!
まぁ仔細はこれから決めればいい。
とにもかくにも今だ。
今この時を持って、魔族が頂点に君臨した。
我々に逆らえる者は最早無い。
さぁ―――蹂躙を始めよう」
アドラメレクの意識がエマ達三人へと向けられる。
「……あ…ッ……」
アドラメレクが行ったのは意識を向けるというただその気持ちの切り替えのみ。
彰にのみ注がれていた関心を事切れた彰から残されたエマ達へと向けた、ただそれだけの事。
だが、それだけでエマの喉は干上がったかのように乾燥し、掠れ、一言すらもまともに発することが出来なくなる。
体は震えが止まらなくなり、汗、涙、尿、体中の液体という液体が溢れ出す。
それは共に対象として認識されたマリナとエリックも例外ではない。
エリックとマリナ、二人は認識した。
例え自分達の状態が万全であったとしても、今のアドラメレクには相対することすら叶わない。
否、それどころか、視界に入るよりも前、その時点で自身の全力を持って逃げだしていただろうと。
―――それほどに、アドラメレクは変わり果てていた。
あれは二人が戦ったアドラメレクとは別物だ。
そう、あれは化物、否。化物ですらない“ナニカ”だ。
あんなものと、戦おうとすることすら自分達にはおこがましい。
今ならわかる。あれと、相対し、あまつさえ圧倒すらしていた彰がどれほど凄まじかったのかが。
あの恐怖を一身に背負い、戦った彼がどれほど勇敢出会ったのかが。
そんな勇敢に死力を尽くした彼に、もう一度あれと戦ってくれ、立ち上がって自分を守ってくれなどと、口が裂けても言えるはずがない。
それは今ここで惨たらしく殺されること、それよりも恐ろしいことだ。
それをしてしまえば最後、例え生き残ったとしても、自分は二度と自分ではいられなくなるという確信がある。
三人は奇しくも言葉を交わさずとも同じ思いを抱き、同時にせめてもの抵抗として、その視線だけは逸らすまいと、震える身体を抑えながら気丈にアドラメレクを睨みつけていた。
―――だからこそ、彼らはアドラメレクよりもいち早くその事実に気づいた。
三人は数瞬、感動、驚愕すらも通り越し、ただ茫然とその光景を目を見開いて見つめる。
次に訪れたのは驚愕だった。
次に訪れたのは安堵だった。
次に訪れたのは喜びだった。
気がつけば、三人は揃いも揃って目元に涙を浮かべていた。
理由はただ一つ。
死をもたらす一撃が直撃したはずにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべながら立つ少年の姿が、こちらを向いたアドラメレクの背後にあったからだ。
そして、その段階でようやくアドラメレクも異変に気付く。
(ばかな……まさか、まさか、そんなことがあるはずがないッ
あれは、あの魔法は今の我の全力といっても相違ない一撃だった。
あれをまともに受けて消し飛ばない人間などいない、いや、いるはずがない!
それは相手が勇者であろうとも例外ではないはず、なら、あの一撃をその身に受けて尚立ち上がった奴はいったい何者だ!?)
「さぁ、始めようぜ。ここからが最終ラウンドだ。
これから先に遊びはない、油断もない、容赦もしない。
俺は俺の大切な人々をもてあそんだおまえを、鬼道彰の持てる全力をもって叩き潰す」
「ぬかすなよ、この下等生物がぁぁあぁァア―――ッ!!」
瞬間、アドラメレクは弾丸の如く飛び出す。
その速度は正しく神速。常人ではその動きに反応することはおろか、視界に収めることすらかなわない。
さらに、アドラメレクはその速度での特攻を試みながら同時に魔法の詠唱もこなしている。
それはつまり、対するものが常人であれば、アドラメレクの移動を視界に収めたその瞬間、魔法を撃ち込まれて屠られるということだ。
まぎれもない化物。その動きは既に魔族の限界を超越していた。
だが、しかし、種の限界を超越したのはアドラメレク一人ではない。
彰はアドラメレクの化物じみた動きを視界に収める。
直後、彼の類稀なる戦闘センスが考えるという工程を排除して反射的に反応。最適解を導き出す。
(空間特性付与―――≪壁≫)
眼前から弾け飛ぶように移動し、その直後に背後に現れるというアドラメレクの常軌を逸した動きを見せるアドラメレクに対し、彰は視線のみで対応。空気そのものに≪壁≫の特性を付与することで空力の壁を生成する。
これは本来であればあまりの消費体力大きさにまともに発動することなど現実的ではない付与だ。
形を持たないものに形を与える。
それは世界に対する冒涜に他ならない。
己が意思一つであるべきものをそれと異なる姿に変貌させる。
そんな神にしか許されない暴挙。
それ故にその行為を人の身で行おうとすれば、その代償はそれ相応のものとなる。
―――だが、今の彰にはそんなことは関係ない。
【限界抹消】を発動した彼の体力に限界など存在しない。
【限界抹消】は彰の魔力が続く限り彰に無尽蔵の体力を授ける。
それはつまり、魔力が続く限り彼の力は神にすら匹敵するということに他ならない。
背後から視覚を突くようにアドラメレク黒炎の魔法が彰へと放たれるがしかし、それは彰との間に存在する見えない壁に軌道を逸らされる。
ならばとアドラメレクは神速の拳を放つが、それはいともたやすく彰に受け止められた。
だが、彰は受け止めるだけでは終わらず、即座に迎撃に移る。
(多重空間特性付与―――≪槍状化≫)
直後、アドラメレクの背筋に悪寒が走った。
それは彼の生存本能がもたらした警鐘。
だが、最も怖ろしいのは何より、現時点において、魔人という種の限界点すらも凌駕したはずの自分に死を予感させる攻撃が存在するということ。
「あ、がアッ―――」
アドラメレクは蹴れないはずの空間を、強引に神速を超える脚撃を放つことで無理矢理その場から離脱する。
その数瞬後、先程までアドラメレクの居た空間を不可視の“ナニカ”が蹂躙した。
例え視認できずともアドラメレクにはわかる、わかってしまう。
(もしも、もしも今離脱の判断が僅かでも遅ければ殺られていた……だとッ!?
いくら勇者といえど、今の我がこうも容易く殺されかけるなどあり得ない、あり得る筈がない!
なら、ならば―――奴はいったい何者だ!?)
―――判断が遅ければ、殺されていた。
その事実を前にアドラメレクは戦慄する。
そして、その隙は彰の前では言うまでもなく致命的だ。
アドラメレクが自身の埒外の事態を前に硬直したその一瞬。
その間に彼は既に《雷化》により懐へと入り込んでいる。
「おい、隙だらけだぞ」
「なッ……!?」
(特性付与・二重―――≪怪力化≫)
不意を突かれ、驚愕するアドラメレクの目の前、そこから付与術により超人的な力を手に入れた彰の拳がアドラメレクの腹部目がけて放たれる。
なるほど確かに、現在のアドラメレクの体は禍々しい魔力の鎧を纏っている。
迂闊に攻撃しようものなら、被害を受けるのは確実に攻撃を加えた方となるであろう。
ましてや素手で攻撃しようものなら、その腕は二度と使い物にならなくなるに違いない。
だが、にもかかわらず、彰の拳はそんな現実など容易く打ち破る。
僅かな溜めの後、砲弾の如く打ち出された彰の拳は漆黒の鎧を貫くと、アドラメレクの腹部へと吸い込まれるように突き刺さり、爆発的な衝撃を与える。
「かぁ、はッ―――」
気が付けばアドラメレクの体は後方へと吹き飛ばされていた。
だが、アドラメレクが気を休める隙は与えられない。
またもやアドラメレクを戦慄が襲う。
正体不明の戦慄を前に、アドラメレクは吹き飛ばされながらも強引に身を捻り、最早本能のみで“ナニカ”を回避する。
しかし、それでも完全には回避しきれず不可視の攻撃にアドラメレクの魔装、そのヘルムが刈り取られ、アドラメレクの額に僅かな傷が刻まれた。
アドラメレクは驚愕しながらもなんとか重心を操り、着地することに成功する。
だが、その体は最早無事とは言い難く、その姿に先程までの余裕は一欠片も感じられなかった。
「お前は、お前は一体何者なのだ……!?
この力は明らかに歴代の勇者のそれを逸脱している!
こんなものが勇者の力であるはずがない!!」
「うーん、そんなこと言われてもな……。
俺のことを勝手に勇者だと勘違いしたのはお前の方だし、んなことは俺の知ったことじゃない。
でもそうだな、あえて言うなら、異世界からの部外者ってとこか?」
「異世界……馬鹿な、勇者以外に異世界人がこの世界に召喚されているだと!?
そんなことがあり得るはずがないッ!!」
「いや、そんなこと言ったって俺は実際ここにいるんだからしょうがないだろ?
まぁ俺の場合は召喚っていうよりも飛ばされたって方が正しい気がしなくもないけどさ」
「ばかな……そんな馬鹿なことが……我はアドラメレク、偉大なる魔族の将だぞ、この我が、こんな、こんなところで……」
困惑するアドラメレクを前に、彰は告げる。
「悪いがこっちも時間が惜しい。次の一撃で決めさせてもらう。
覚悟しろよアドラメレク―――ここがお前の死に場所だ」
「頭に……乗るなぁあああぁぁああアああ―――ッ!!」
アドラメレクの咆哮を合図として、両者は長い戦いに終止符を打つべく動き出す。
アドラメレクは自身の魔力を総動員し、理性的にそれを操作。
直後、まともな詠唱を殆どしていないのにも関わらず、瞬く間に生み出された幾多の黒炎の球が彰を襲う。
それは一撃一撃が死を内包した爆弾と同義だ。
アドラメレクの魔力が濃密に練りこまれたそれは、迂闊に触れればその存在を燃やし尽くすほどの威力を持つ。
当たれば死。例え奇跡的に生き残ったとしても、残るものは鬼道彰という人間の残りカスだ。
それは最早死んでいるのと同義であろう。
だが、そんな絶望を前にして尚、彰の顔に悲壮は無い。
例えその一撃一撃がいかなる力を内包していると言えど―――当たらなければ意味などないッ!!
(特性付与・三重―――≪感覚強化≫)
瞬間、世界が止まる。
あまりに強化された彰の感覚は世界を、時間を切り刻み、果てやそれらを停止させた。
既に彰は自分がどう動けばアドラメレクの攻撃、そのすべてを回避できるのかを知っている
だが、これは長くはもたない。
ここまでの異常な感覚の強化は彰自身を大きく擦り減らす。
故に、勝負は次の一撃で決せられる。
彰は自身のみが加速した世界の中でアドラメレクの攻撃、その全てを完璧に回避しながら、その一撃のための準備を行う。
すべての色は混ぜるとその黒に変わるという。
以前は五つを重ね掛けをした。
結果生まれたのは鮮やかな輝きだった。
ならもし、もしも、その属性をすべて混ぜたとしたら、その先には果たして何が生まれるのだろうか?
それはやってみなければわからない。
だが、ただ一つ言えることは、それは間違いなく何物をも飲み込み、食らい尽くす“ナニカ”になるであろうということ!
故に、彰は自らの右腕にそれを宿す。
(多重特性付与―――≪雷化≫≪炎化≫≪風化≫≪水化≫≪土化≫)
直後、彰の右腕が漆黒の“ナニカ”へと変貌していく。
かくして、それは彰の右腕へと宿った。
それは全ての属性、それが混在する拳。
彰は避ける。避け続ける。
アドラメレクにより次々と生み出される火球、その悉くを回避し、彰はいとも容易くアドラメレクへと接近していく。
「あ、ああ、ああああああああ、来るな、来るな来るな来るな来るな来るなアアアァァァ嗚あああ――――!!!」
「終わりだ、アドラメレク。
多くの非道を他者に与え続けたお前の罪は、お前自身が喰らい尽くされる事で償え。
何より、俺の大切を傷つけたお前を、俺は死んでも許さない!
喰らいやがれッ!! 鬼道流付与術奥儀―――≪混沌≫」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁああぁ―――助けろ、やめて、たす、け……―――――」
彰の漆黒を纏った右腕は、一片の容赦もなく、アドラメレクの腹部を貫き、アドラメレクという存在そのものを食らい尽くした。
長き戦いの決着は今ここに……。
彰の右腕はアドラメレクの存在そのものを食らい尽くし、後に残るは静寂のみ。
後に残ったその静寂が彰の激闘の勝利を祝福していた。
「あ、あぁ、アキラ……なんてこと……」
「……くッ……アキラ君でも……」
眼前の絶望を前に、悲嘆に明け暮れる三人。その姿を横目に魔人は一人、顔を歪めて嘲笑を上げる。
それは彼が自身の技に手ごたえを感じていたが故のもの。
それはつまり、彰にアドラメレクの渾身の一撃が直撃したことを意味していた。
「フヒッ! フハッ! フハハハハハハハッ!! やった! やってやったぞッ!!
矮小な人間どもの希望の象徴である勇者を我は殺ったのだ!!
これで最早我ら魔族を阻むものは居ない!
後はただ、無力な人間どもを滅ぼすだけ、それだけで魔族がこの世界の頂点に君臨することができる!!」
立ち上る粉塵は今も尚晴れることなく、その場にいる者の視界を阻み続ける。
しかし、その未だ晴れぬ粉塵それそのものが、先に放たれた一撃の凄まじさを物語っていた。
それほどの破壊をもたらす一撃、それをその一身に受ければどうなるかなど、最早考えるまでもない。
「さて、これで邪魔者はもういない。
そうだな……まずは手始めに先の二人に死と絶望を与えるか?
否、されよりも先に女のガキに凌辱の限りを尽くし、ボロ雑巾の如く壊し尽してから、ゆっくりと、嬲る様に死を与える方がより刺激的かッ!
まぁ仔細はこれから決めればいい。
とにもかくにも今だ。
今この時を持って、魔族が頂点に君臨した。
我々に逆らえる者は最早無い。
さぁ―――蹂躙を始めよう」
アドラメレクの意識がエマ達三人へと向けられる。
「……あ…ッ……」
アドラメレクが行ったのは意識を向けるというただその気持ちの切り替えのみ。
彰にのみ注がれていた関心を事切れた彰から残されたエマ達へと向けた、ただそれだけの事。
だが、それだけでエマの喉は干上がったかのように乾燥し、掠れ、一言すらもまともに発することが出来なくなる。
体は震えが止まらなくなり、汗、涙、尿、体中の液体という液体が溢れ出す。
それは共に対象として認識されたマリナとエリックも例外ではない。
エリックとマリナ、二人は認識した。
例え自分達の状態が万全であったとしても、今のアドラメレクには相対することすら叶わない。
否、それどころか、視界に入るよりも前、その時点で自身の全力を持って逃げだしていただろうと。
―――それほどに、アドラメレクは変わり果てていた。
あれは二人が戦ったアドラメレクとは別物だ。
そう、あれは化物、否。化物ですらない“ナニカ”だ。
あんなものと、戦おうとすることすら自分達にはおこがましい。
今ならわかる。あれと、相対し、あまつさえ圧倒すらしていた彰がどれほど凄まじかったのかが。
あの恐怖を一身に背負い、戦った彼がどれほど勇敢出会ったのかが。
そんな勇敢に死力を尽くした彼に、もう一度あれと戦ってくれ、立ち上がって自分を守ってくれなどと、口が裂けても言えるはずがない。
それは今ここで惨たらしく殺されること、それよりも恐ろしいことだ。
それをしてしまえば最後、例え生き残ったとしても、自分は二度と自分ではいられなくなるという確信がある。
三人は奇しくも言葉を交わさずとも同じ思いを抱き、同時にせめてもの抵抗として、その視線だけは逸らすまいと、震える身体を抑えながら気丈にアドラメレクを睨みつけていた。
―――だからこそ、彼らはアドラメレクよりもいち早くその事実に気づいた。
三人は数瞬、感動、驚愕すらも通り越し、ただ茫然とその光景を目を見開いて見つめる。
次に訪れたのは驚愕だった。
次に訪れたのは安堵だった。
次に訪れたのは喜びだった。
気がつけば、三人は揃いも揃って目元に涙を浮かべていた。
理由はただ一つ。
死をもたらす一撃が直撃したはずにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべながら立つ少年の姿が、こちらを向いたアドラメレクの背後にあったからだ。
そして、その段階でようやくアドラメレクも異変に気付く。
(ばかな……まさか、まさか、そんなことがあるはずがないッ
あれは、あの魔法は今の我の全力といっても相違ない一撃だった。
あれをまともに受けて消し飛ばない人間などいない、いや、いるはずがない!
それは相手が勇者であろうとも例外ではないはず、なら、あの一撃をその身に受けて尚立ち上がった奴はいったい何者だ!?)
「さぁ、始めようぜ。ここからが最終ラウンドだ。
これから先に遊びはない、油断もない、容赦もしない。
俺は俺の大切な人々をもてあそんだおまえを、鬼道彰の持てる全力をもって叩き潰す」
「ぬかすなよ、この下等生物がぁぁあぁァア―――ッ!!」
瞬間、アドラメレクは弾丸の如く飛び出す。
その速度は正しく神速。常人ではその動きに反応することはおろか、視界に収めることすらかなわない。
さらに、アドラメレクはその速度での特攻を試みながら同時に魔法の詠唱もこなしている。
それはつまり、対するものが常人であれば、アドラメレクの移動を視界に収めたその瞬間、魔法を撃ち込まれて屠られるということだ。
まぎれもない化物。その動きは既に魔族の限界を超越していた。
だが、しかし、種の限界を超越したのはアドラメレク一人ではない。
彰はアドラメレクの化物じみた動きを視界に収める。
直後、彼の類稀なる戦闘センスが考えるという工程を排除して反射的に反応。最適解を導き出す。
(空間特性付与―――≪壁≫)
眼前から弾け飛ぶように移動し、その直後に背後に現れるというアドラメレクの常軌を逸した動きを見せるアドラメレクに対し、彰は視線のみで対応。空気そのものに≪壁≫の特性を付与することで空力の壁を生成する。
これは本来であればあまりの消費体力大きさにまともに発動することなど現実的ではない付与だ。
形を持たないものに形を与える。
それは世界に対する冒涜に他ならない。
己が意思一つであるべきものをそれと異なる姿に変貌させる。
そんな神にしか許されない暴挙。
それ故にその行為を人の身で行おうとすれば、その代償はそれ相応のものとなる。
―――だが、今の彰にはそんなことは関係ない。
【限界抹消】を発動した彼の体力に限界など存在しない。
【限界抹消】は彰の魔力が続く限り彰に無尽蔵の体力を授ける。
それはつまり、魔力が続く限り彼の力は神にすら匹敵するということに他ならない。
背後から視覚を突くようにアドラメレク黒炎の魔法が彰へと放たれるがしかし、それは彰との間に存在する見えない壁に軌道を逸らされる。
ならばとアドラメレクは神速の拳を放つが、それはいともたやすく彰に受け止められた。
だが、彰は受け止めるだけでは終わらず、即座に迎撃に移る。
(多重空間特性付与―――≪槍状化≫)
直後、アドラメレクの背筋に悪寒が走った。
それは彼の生存本能がもたらした警鐘。
だが、最も怖ろしいのは何より、現時点において、魔人という種の限界点すらも凌駕したはずの自分に死を予感させる攻撃が存在するということ。
「あ、がアッ―――」
アドラメレクは蹴れないはずの空間を、強引に神速を超える脚撃を放つことで無理矢理その場から離脱する。
その数瞬後、先程までアドラメレクの居た空間を不可視の“ナニカ”が蹂躙した。
例え視認できずともアドラメレクにはわかる、わかってしまう。
(もしも、もしも今離脱の判断が僅かでも遅ければ殺られていた……だとッ!?
いくら勇者といえど、今の我がこうも容易く殺されかけるなどあり得ない、あり得る筈がない!
なら、ならば―――奴はいったい何者だ!?)
―――判断が遅ければ、殺されていた。
その事実を前にアドラメレクは戦慄する。
そして、その隙は彰の前では言うまでもなく致命的だ。
アドラメレクが自身の埒外の事態を前に硬直したその一瞬。
その間に彼は既に《雷化》により懐へと入り込んでいる。
「おい、隙だらけだぞ」
「なッ……!?」
(特性付与・二重―――≪怪力化≫)
不意を突かれ、驚愕するアドラメレクの目の前、そこから付与術により超人的な力を手に入れた彰の拳がアドラメレクの腹部目がけて放たれる。
なるほど確かに、現在のアドラメレクの体は禍々しい魔力の鎧を纏っている。
迂闊に攻撃しようものなら、被害を受けるのは確実に攻撃を加えた方となるであろう。
ましてや素手で攻撃しようものなら、その腕は二度と使い物にならなくなるに違いない。
だが、にもかかわらず、彰の拳はそんな現実など容易く打ち破る。
僅かな溜めの後、砲弾の如く打ち出された彰の拳は漆黒の鎧を貫くと、アドラメレクの腹部へと吸い込まれるように突き刺さり、爆発的な衝撃を与える。
「かぁ、はッ―――」
気が付けばアドラメレクの体は後方へと吹き飛ばされていた。
だが、アドラメレクが気を休める隙は与えられない。
またもやアドラメレクを戦慄が襲う。
正体不明の戦慄を前に、アドラメレクは吹き飛ばされながらも強引に身を捻り、最早本能のみで“ナニカ”を回避する。
しかし、それでも完全には回避しきれず不可視の攻撃にアドラメレクの魔装、そのヘルムが刈り取られ、アドラメレクの額に僅かな傷が刻まれた。
アドラメレクは驚愕しながらもなんとか重心を操り、着地することに成功する。
だが、その体は最早無事とは言い難く、その姿に先程までの余裕は一欠片も感じられなかった。
「お前は、お前は一体何者なのだ……!?
この力は明らかに歴代の勇者のそれを逸脱している!
こんなものが勇者の力であるはずがない!!」
「うーん、そんなこと言われてもな……。
俺のことを勝手に勇者だと勘違いしたのはお前の方だし、んなことは俺の知ったことじゃない。
でもそうだな、あえて言うなら、異世界からの部外者ってとこか?」
「異世界……馬鹿な、勇者以外に異世界人がこの世界に召喚されているだと!?
そんなことがあり得るはずがないッ!!」
「いや、そんなこと言ったって俺は実際ここにいるんだからしょうがないだろ?
まぁ俺の場合は召喚っていうよりも飛ばされたって方が正しい気がしなくもないけどさ」
「ばかな……そんな馬鹿なことが……我はアドラメレク、偉大なる魔族の将だぞ、この我が、こんな、こんなところで……」
困惑するアドラメレクを前に、彰は告げる。
「悪いがこっちも時間が惜しい。次の一撃で決めさせてもらう。
覚悟しろよアドラメレク―――ここがお前の死に場所だ」
「頭に……乗るなぁあああぁぁああアああ―――ッ!!」
アドラメレクの咆哮を合図として、両者は長い戦いに終止符を打つべく動き出す。
アドラメレクは自身の魔力を総動員し、理性的にそれを操作。
直後、まともな詠唱を殆どしていないのにも関わらず、瞬く間に生み出された幾多の黒炎の球が彰を襲う。
それは一撃一撃が死を内包した爆弾と同義だ。
アドラメレクの魔力が濃密に練りこまれたそれは、迂闊に触れればその存在を燃やし尽くすほどの威力を持つ。
当たれば死。例え奇跡的に生き残ったとしても、残るものは鬼道彰という人間の残りカスだ。
それは最早死んでいるのと同義であろう。
だが、そんな絶望を前にして尚、彰の顔に悲壮は無い。
例えその一撃一撃がいかなる力を内包していると言えど―――当たらなければ意味などないッ!!
(特性付与・三重―――≪感覚強化≫)
瞬間、世界が止まる。
あまりに強化された彰の感覚は世界を、時間を切り刻み、果てやそれらを停止させた。
既に彰は自分がどう動けばアドラメレクの攻撃、そのすべてを回避できるのかを知っている
だが、これは長くはもたない。
ここまでの異常な感覚の強化は彰自身を大きく擦り減らす。
故に、勝負は次の一撃で決せられる。
彰は自身のみが加速した世界の中でアドラメレクの攻撃、その全てを完璧に回避しながら、その一撃のための準備を行う。
すべての色は混ぜるとその黒に変わるという。
以前は五つを重ね掛けをした。
結果生まれたのは鮮やかな輝きだった。
ならもし、もしも、その属性をすべて混ぜたとしたら、その先には果たして何が生まれるのだろうか?
それはやってみなければわからない。
だが、ただ一つ言えることは、それは間違いなく何物をも飲み込み、食らい尽くす“ナニカ”になるであろうということ!
故に、彰は自らの右腕にそれを宿す。
(多重特性付与―――≪雷化≫≪炎化≫≪風化≫≪水化≫≪土化≫)
直後、彰の右腕が漆黒の“ナニカ”へと変貌していく。
かくして、それは彰の右腕へと宿った。
それは全ての属性、それが混在する拳。
彰は避ける。避け続ける。
アドラメレクにより次々と生み出される火球、その悉くを回避し、彰はいとも容易くアドラメレクへと接近していく。
「あ、ああ、ああああああああ、来るな、来るな来るな来るな来るな来るなアアアァァァ嗚あああ――――!!!」
「終わりだ、アドラメレク。
多くの非道を他者に与え続けたお前の罪は、お前自身が喰らい尽くされる事で償え。
何より、俺の大切を傷つけたお前を、俺は死んでも許さない!
喰らいやがれッ!! 鬼道流付与術奥儀―――≪混沌≫」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁああぁ―――助けろ、やめて、たす、け……―――――」
彰の漆黒を纏った右腕は、一片の容赦もなく、アドラメレクの腹部を貫き、アドラメレクという存在そのものを食らい尽くした。
長き戦いの決着は今ここに……。
彰の右腕はアドラメレクの存在そのものを食らい尽くし、後に残るは静寂のみ。
後に残ったその静寂が彰の激闘の勝利を祝福していた。
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――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
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神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
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簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
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【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】
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