人参のグラッセを一個

かかし

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「お前ふざけんなよ!」

いつものように荷物を置く為にひっそりと帰り部屋に入った瞬間、何故か待ち伏せされていた弟に何故か殴られた。
なんでとかどうしてとか痛いとか、そんな感情よりも今母親が不在で良かったと真っ先に思ってしまった。
もしも俺が無様に転んだ音が聞かれたら、また弟に危害を加えたのかと怒鳴られて折檻されてしまう。
殴られたのは俺でも、俺は一度も弟に危害を加えたことがなくとも。
あの人達にとってあの人達が信じたいものが真実だから。

「あの人に優しくされたからって付け上がんな!」

あの人?
はて、誰だろうかと考える。
俺に優しくしてくれるのは、二人だけ。
オーナーか渡邊さん。
つまり、俺がどこで何をしているのかがバレたという事か?
バレないようにしていたつもりだったけれど、やはりこの間のイケメンくんに後をつけられたのかもしれない。
渡邊さんも、後から事情を聞いて渡邊さん並に心配して怒ってくれたオーナーも尾行されたりはしてないと言ってくれたけど、それは就業後の話だし、追いかけられてた当初は分からない。
そもそも見るからにスポーツマン的好青年なイケメンくんに体力も運動神経も勝てる筈もなく、当然見付かってしまっては撒ける筈もないのだ。

「分かってないの?あの人は僕が好きだから、お前に近寄っただけ。あの人が好きなのは僕。お前は身代わり以下なんだから調子に乗らないでよね!」

弟のキャンキャンと吠える声が聞こえる。
渡邊さんとオーナーの優しさも、言葉も、本来は弟のモノ。
それは俺にとって納得できる言葉ではあったけれども、でも受け入れたくない言葉だった。
俺に馬乗りになる弟をなんとか振り払って、鞄を掴んだまま家を飛び出す。
弟の指す【あの人】が渡邊さんなのかオーナーなのかは分からない。
けれども俺にとっては、どちらも弟にだけは絶対に奪われたくない存在だった。

「あの人のこと好きかもしれないけど、あの人が好きなのは僕だから!指くわえて見てろ!」

逃げ出した俺の背中に、弟が言葉の刃を突き立てる。
聞きたくなんてない。
でも俺は、もしも渡邊さんが弟を選んだ時に受け入れるなんてそんなこと出来るはずもなかった。
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