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「おつかれさま、です………」
「おつかれー。あ、ちぃあのねー、まぁがねー………ってどうしたのそれ!?」
結局逃げ場は職場しかなくて、俺はそろそろと裏口を開けた。
誰も居なければ良いなと思ったのに珍しくオーナーが居て、慌てた様子で俺の所に駆け寄ってくれる。
誰にも迷惑かけたくないから誰も居なければ良いと思ったのに、綺麗に整えられた眉毛を八の字に歪めて心配そうな表情を浮かべてくれるオーナーが嬉しくて、オーナーが居てよかったと矛盾した事を思ってしまった。
「殴られた跡だねー。誰にされたのー。」
いつもの優しい、度を越した間延びした喋り方だけど声が硬い。
なんで殴られたってすぐ分かったのかは分からないけれど、俺が殴られたと言う事実に怒ってくれてるのは本当に嬉しかった。
「殴られて、っ、ないよ。」
だから俺は嘘を吐く。
弟に殴られたと告げ口したくなかった。
弟はそんな奴だから弟の所に行かないでと縋りたくなかった。
ただ、こうして俺の為に怒ってくれたという事実だけで、俺は幸せだった。
「ちぃ、俺やまぁは信用出来ない?」
オーナーの言葉に、首を横に振る。
オーナーと渡邊さんが、一番信用できる人。
一番大好きな人。
「オーナーと渡邊さんになら、だまっ、騙されても良いよ。」
「そういう事言ってるんじゃないのー。もー、おいでー。どうせちぃの事だから冷やしてないんでしょー?」
俺の言葉に呆れてしまったのか、オーナーは俺の手を引いて俺のデスクに無理矢理座らせた。
呆れさせるつもりで言った訳じゃないのにな………。
事務所にある冷蔵庫から氷を取り出してビニールに詰めていくオーナーの背中を見ながら、失敗したかとしゅんとする。
「そんな顔しないでー。ちぃらしいなーって思っただけだからー。」
クスクスとオーナーは笑って、タオルで包んだ氷入りビニールを俺の腫れてしまった頬に当てた。
思った以上に熱を持っていたらしい。
タオルとビニール越しの氷の冷たさが心地好くて、思わずホッと息を吐いた。
「ありがとうござ、ございます。」
「いいえー。でも俺は誤魔化されてあげるけどー、まぁはそうもいかないよー?」
オーナーの言葉に、俺は思わず首を傾げる。
そうなのだろうか。
渡邊さんは誤魔化されてくれそうな気がするんだけどな………だって初めて会った時も、誤魔化されてくれたから。
「あの時と今とじゃ、ちぃの立場が違うでしょー?」
グルグルと椅子に座ったまま回転させながら、オーナーはそう言った。
目障りだし、それ渡邊さんの椅子だし、この間それで渡邊さんの椅子壊して怒られたばかりで懲りない人だなと思いながら、オーナーの言葉を考える。
俺の、立場。
渡邊さんにとって俺って何なんだろう。
俺にとっての渡邊さんはかけがえのない大切な人だけど、渡邊さんにとっては?
お気に入りの【飼い犬】?
「まぁがどう思ってるかはー、まぁ本人がちぃに言う事だから俺は何も言わないけどさー、少なくともちぃはもう俺にとっては家族よー。」
嬉しいでしょーと笑うオーナーに、素直に嬉しいですと笑う。
殴られた頬が痛くて歪んだ笑顔になったけれども、嬉しいんだよって言う事をアピールしたくて無理をした。
そんな不細工な笑顔に、オーナーは可愛いとお世辞をくれる。
「そう言えばオーナー、渡邊さんがどうしたんです?」
「まぁがどうしたのー?」
「いや、俺が入ってきた時、ですけど、あの、渡邊さんの話しようとしてませんでした?」
「ああー!アレねー!」
未だクルクルと回転しながら、オーナーは笑う。
目が回らないのだろうかと心配になるし、ただ回るだけは飽きたのか、回りながら器用に椅子の高さを上げたり下げたりしてますます目障りだ。
「まぁがねー、俺のおつかいで今日はちょっと此処には来れないんだよーって言おうと思ってー。」
「そうなんですね。」
「そー!だからちぃはー、お仕事終わったらまぁの家に直帰ねー。」
俺の家は渡邊さんの家じゃないから直帰じゃないんだけどなと思いながらも素直に頷く。
オーナーはこのホテル以外に色々と経営に手を出しているから忙しく、ちょくちょく渡邊さんも手伝いに駆り出されてる。
何をしているのかは知らないけれど、ぐったりとして帰って来るからきっと大変なんだろうなって言うのはなんとなく分かる。
でも渡邊さんには申し訳ないけど、オーナーのおつかいを頼まれた日の渡邊さんはいつも以上に甘えんぼで可愛いから、俺は密かな楽しみだった。
「あとさー、ちぃ。」
「はい?」
「暫く家に帰らないで、まぁの家から学校とここに通いなさい。」
ピタリと椅子を止めて、オーナーは俺を見つめた。
いつぞやの渡邊さんを思い起こすようなその瞳は、流石親戚なだけあるなと場違いなことを思ってしまう。
でも、俺は未成年で、渡邊さんは他人で、だから―――
「いいね、千草。」
「は………い………」
いつもとは全然違う口調に、拒否権は無いのだと察する。
金髪でピアスジャラジャラ開けてて、シャツからタトゥーがチラ見えしてる渡邊さんはカタギじゃない人みたいで第一印象怖いよねとよく他の社員から冗談めかして言われているけれど、俺はピアスホールが一つも無くて、染めたことが一度もなさそうな艶々の黒髪で一見真面目な好青年みたいに見えるオーナーの方が第一印象が怖かったし、いまでもカタギに見えない時がある。
「ちぃは良い子。大丈夫だよー、俺はちぃやまぁを犯罪者にしたり不幸にするような事は絶対にしないからねー。」
約束、とオーナーは俺の髪を掻き混ぜるように撫でながら笑う。
オーナーは優しいけど、カタギに見えない人だ。
だからこそ、俺はオーナーを渡邊さんの次に信用していた。
オーナーが大丈夫だというのならば、絶対に大丈夫だ。
「おつかれー。あ、ちぃあのねー、まぁがねー………ってどうしたのそれ!?」
結局逃げ場は職場しかなくて、俺はそろそろと裏口を開けた。
誰も居なければ良いなと思ったのに珍しくオーナーが居て、慌てた様子で俺の所に駆け寄ってくれる。
誰にも迷惑かけたくないから誰も居なければ良いと思ったのに、綺麗に整えられた眉毛を八の字に歪めて心配そうな表情を浮かべてくれるオーナーが嬉しくて、オーナーが居てよかったと矛盾した事を思ってしまった。
「殴られた跡だねー。誰にされたのー。」
いつもの優しい、度を越した間延びした喋り方だけど声が硬い。
なんで殴られたってすぐ分かったのかは分からないけれど、俺が殴られたと言う事実に怒ってくれてるのは本当に嬉しかった。
「殴られて、っ、ないよ。」
だから俺は嘘を吐く。
弟に殴られたと告げ口したくなかった。
弟はそんな奴だから弟の所に行かないでと縋りたくなかった。
ただ、こうして俺の為に怒ってくれたという事実だけで、俺は幸せだった。
「ちぃ、俺やまぁは信用出来ない?」
オーナーの言葉に、首を横に振る。
オーナーと渡邊さんが、一番信用できる人。
一番大好きな人。
「オーナーと渡邊さんになら、だまっ、騙されても良いよ。」
「そういう事言ってるんじゃないのー。もー、おいでー。どうせちぃの事だから冷やしてないんでしょー?」
俺の言葉に呆れてしまったのか、オーナーは俺の手を引いて俺のデスクに無理矢理座らせた。
呆れさせるつもりで言った訳じゃないのにな………。
事務所にある冷蔵庫から氷を取り出してビニールに詰めていくオーナーの背中を見ながら、失敗したかとしゅんとする。
「そんな顔しないでー。ちぃらしいなーって思っただけだからー。」
クスクスとオーナーは笑って、タオルで包んだ氷入りビニールを俺の腫れてしまった頬に当てた。
思った以上に熱を持っていたらしい。
タオルとビニール越しの氷の冷たさが心地好くて、思わずホッと息を吐いた。
「ありがとうござ、ございます。」
「いいえー。でも俺は誤魔化されてあげるけどー、まぁはそうもいかないよー?」
オーナーの言葉に、俺は思わず首を傾げる。
そうなのだろうか。
渡邊さんは誤魔化されてくれそうな気がするんだけどな………だって初めて会った時も、誤魔化されてくれたから。
「あの時と今とじゃ、ちぃの立場が違うでしょー?」
グルグルと椅子に座ったまま回転させながら、オーナーはそう言った。
目障りだし、それ渡邊さんの椅子だし、この間それで渡邊さんの椅子壊して怒られたばかりで懲りない人だなと思いながら、オーナーの言葉を考える。
俺の、立場。
渡邊さんにとって俺って何なんだろう。
俺にとっての渡邊さんはかけがえのない大切な人だけど、渡邊さんにとっては?
お気に入りの【飼い犬】?
「まぁがどう思ってるかはー、まぁ本人がちぃに言う事だから俺は何も言わないけどさー、少なくともちぃはもう俺にとっては家族よー。」
嬉しいでしょーと笑うオーナーに、素直に嬉しいですと笑う。
殴られた頬が痛くて歪んだ笑顔になったけれども、嬉しいんだよって言う事をアピールしたくて無理をした。
そんな不細工な笑顔に、オーナーは可愛いとお世辞をくれる。
「そう言えばオーナー、渡邊さんがどうしたんです?」
「まぁがどうしたのー?」
「いや、俺が入ってきた時、ですけど、あの、渡邊さんの話しようとしてませんでした?」
「ああー!アレねー!」
未だクルクルと回転しながら、オーナーは笑う。
目が回らないのだろうかと心配になるし、ただ回るだけは飽きたのか、回りながら器用に椅子の高さを上げたり下げたりしてますます目障りだ。
「まぁがねー、俺のおつかいで今日はちょっと此処には来れないんだよーって言おうと思ってー。」
「そうなんですね。」
「そー!だからちぃはー、お仕事終わったらまぁの家に直帰ねー。」
俺の家は渡邊さんの家じゃないから直帰じゃないんだけどなと思いながらも素直に頷く。
オーナーはこのホテル以外に色々と経営に手を出しているから忙しく、ちょくちょく渡邊さんも手伝いに駆り出されてる。
何をしているのかは知らないけれど、ぐったりとして帰って来るからきっと大変なんだろうなって言うのはなんとなく分かる。
でも渡邊さんには申し訳ないけど、オーナーのおつかいを頼まれた日の渡邊さんはいつも以上に甘えんぼで可愛いから、俺は密かな楽しみだった。
「あとさー、ちぃ。」
「はい?」
「暫く家に帰らないで、まぁの家から学校とここに通いなさい。」
ピタリと椅子を止めて、オーナーは俺を見つめた。
いつぞやの渡邊さんを思い起こすようなその瞳は、流石親戚なだけあるなと場違いなことを思ってしまう。
でも、俺は未成年で、渡邊さんは他人で、だから―――
「いいね、千草。」
「は………い………」
いつもとは全然違う口調に、拒否権は無いのだと察する。
金髪でピアスジャラジャラ開けてて、シャツからタトゥーがチラ見えしてる渡邊さんはカタギじゃない人みたいで第一印象怖いよねとよく他の社員から冗談めかして言われているけれど、俺はピアスホールが一つも無くて、染めたことが一度もなさそうな艶々の黒髪で一見真面目な好青年みたいに見えるオーナーの方が第一印象が怖かったし、いまでもカタギに見えない時がある。
「ちぃは良い子。大丈夫だよー、俺はちぃやまぁを犯罪者にしたり不幸にするような事は絶対にしないからねー。」
約束、とオーナーは俺の髪を掻き混ぜるように撫でながら笑う。
オーナーは優しいけど、カタギに見えない人だ。
だからこそ、俺はオーナーを渡邊さんの次に信用していた。
オーナーが大丈夫だというのならば、絶対に大丈夫だ。
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