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―――突然だが、この世には合計で8つの性がある。

まずはメールとフィメール。
これは大まかな分類。
メールは孕ませやすい性で、フィメールは孕みやすい性。
そしてメールとフィメール共に3つ………合計で6つの性に分かれる。

人口の多さをピラミッド型で考えると一番下、縁の下の力持ち的な性がメールβとフィメールβだ。
性の人口の中では一番多くて、βはβ同士でしか子供を成すことが出来ない。
次に多いのがメールαとフィメールα。
とても身目が良くて他の性を支配できる程のチカラがあるらしく、会社の社長だったりセレブだったりは大体がαだ。
そしてαは能力値が高く、力が強く頭が良いという特徴もある。
更に言うならば【孕ませる】ことに特化した性で、【孕む性】であるフィメールですら後述する【Ω】達を孕ませることが出来る。
そして最後にメールΩとフィメールΩ。
こちらはαとは逆の【孕む性】に特化した性だ。
本来【孕ませる性】であるメールですらαから孕まされることが可能で、メールフィメール共にαにうなじを噛まれることで【番】という絶対的な繋がりを得ることができる。

しかし、三ヶ月に一度のペースで一週間も続く【発情期】と呼ばれる生理現象の所為で、Ωは完全に社会的弱者だ。

何故そんなものがΩにあるのか。
それは【確実にαの子を孕む為】によるものだった。
αはβ以外だったら孕ませることができるし、Ωもまた、β以外だったら孕むこともできる。
つまりα同士やΩ同士も孕むことが可能ってことだ。
けれども、αとΩの組み合わせこそが、人間としてより完成された遺伝子になるらしい。
だからこそ、Ωはαにセックスアピールをする為に【発情期】や番を確実に得る為にフェロモンと、優秀なαのフェロモンを嗅ぎ分ける為の嗅覚を得たのだとか。
この辺になると眉唾もんだけど。

まあ、そんな動物的な本能を持っているΩを理性的なαやβは当然嫌悪するし、三ヶ月に一度とかいう高頻度で一週間も使い物にならなくなるんだから、社会的弱者になるのも当然だ。
役立たずの淫売。
それが大袈裟じゃなく世界的な認識だ。

更に言うならば最初に述べた番に関してもαの方から一方的に解除することができるし、また、複数人持つこともできる。
Ωの方からしてみれば番になれるαは生涯でたった一人なのに。
更に言うなら、番を解消されたら発狂して死ぬしかないのに。
ただ、Ωはそんなリスクから自分の身を守れるようにか、メールもフィメールも可愛らしく庇護欲を唆る容姿をしている者が多いので、保護されるべきだと主張するαやβも一定数以上存在するのもまた事実だ。
でもね、それはあくまでも【割合的に多い】って話なんだよ。

なんでΩに対してだけこんなにつらつらと言ってるかというとね、俺自身もメールΩだからだよ。
でも俺は他の大多数のΩ達と違い、庇護欲を唆る容姿なんて一切してない。
目は一重だし大きくも小さくもないし、鼻はぺったんこだし、顔だって別に小顔じゃなければデカい訳でもない。
つまり特徴のない顔。
他にも成績は中の下だし………俺の特徴なんて平均以下の身長とちょっと色が白い位だ。
そしてΩにとっては一番大事な【発情期】が生まれてきて二十年一度も来たことがないし、どうやらβ並みにフェロモンも薄いらしい。
一応、万が一外で発情期になってしまっては大変なのでうなじを守る首輪はしているが、年々薄く細くなりもはやただのチョーカーだ。
ΩらしくないΩ。
Ωの恥晒しとも言う。

俺の家は由緒正しいαの家系で、メールにしてもフィメールにしても美しいΩを娶り、そして有能なαを数多く輩出しているような家だ。
Ωが生まれても、見目麗しく引く手数多で優秀なΩばかり。
そんな家で何故か俺は、Ωとしてもポンコツな存在として生を受けてしまった。
おんぎゃあ。
発情期も無くフェロモンも出せない感知できないようなΩは政略結婚の道具にも出来ない。

ただ俺は、運が良かった。
他のΩ達よりも、ずっとずっと幸運だと思う。

ともすれば不貞の子と疑われてもおかしくない醜い俺を、両親はたぬきのようで愛らしいとたいそう可愛がった。
可愛がりすぎで離乳してからあれもこれもと食べさせる所為で、どっちかといえば俺が嫌いだった筈の祖母がそれはいっそ虐待だと両親を叱り飛ばすくらいには可愛がっていた。

そしてそれは、αの兄も同じだった。

両親の愛(物理)を一身に受けてぷちぷちまるまるになった俺を、これまたたぬきのようだと兄はたいそう可愛がった。
………勿論、親子なので両親と同じ可愛がり方で可愛がってくれた。
祖母以上に俺反対派だった祖父が焦って俺を取り上げ、兄が泣いてしまう程に叱り飛ばしてしまう程の可愛がりよう。
祖父と祖母の早め早めの健康的なダイエットと食育のおかげで俺はデブというマイナス属性が付かずに済んだのだから、あの二人には本当に頭が上がらない。
こうして祖父と祖母の真っ当な愛と、両親と兄の過剰なまでの愛を受けながら育つことができた俺は嘘みたいに幸運なΩである。

「おい、ちょっと来い。」

そんなことを考えながら庭師の人達に混じって庭の草を毟っていたら、祖父が手招きをして俺を呼んだ。
なんだろうか。
取り敢えず抜いた草をまとめていたビニールにさっき毟ったばかりの草を入れ、軍手を外しながら駆け足で祖父のもとへ向かう。

「どうしました?」
「うーん………」

自分で呼んでおきながら、人の顔をまじまじ見て腕組んで悩んでんじゃないよ。
流石に失礼だろ。
口には出さずそう思いながら、軍手を丸めて取り敢えずポケットに入れておく。
後で庭師の人達の用具入れにちゃんと返しておこう。

「お前は出かけることはあるか?」
「ありますけど………たまにコンビニに行く位ですよ?」

そう。
実は俺、引きこもりニートだったりする。
マイルドな言い方をすれば家事手伝いってやつだ。
お手伝いしたら、お駄賃貰えるという無様さ。
尚、草むしりはただの趣味だからどれだけやっても一銭も出ない。
それにはそれなりの事情があるのだが、まぁ割愛。

お駄賃だって俺以外の人達が一生懸命働いて得た収入から貰っている状態だ。
なのに俺は子供のお手伝い以下のようなことで普通のサラリーマンの月給くらいを貰ってる。
どう考えてもおかしい。
しかしだからといって貰ったものを返すと怒られてしまうのでありがたく受け取らせて頂くのだが、これ税金とかどうなるの?
怖いから無駄遣いなんてそうそう出来ないし、精々月に一回コンビニスイーツを買いに行く位しかやったことない。
貰ったらネットバンキングに入れにコンビニに行って、そしてそのままコンビニスイーツを買う。
その位。

「だよな………」

しかし祖父は何故か納得いかないのか、ますます眉根を寄せた。
なんでだよ。
ニートはニートらしく、日々敷地内に篭ってるよ。
だって俺ん家、下手な公園より広いし手入れさてんだもん。
お外出なくても一日に必要な運動ができてしまう。

「どうしました?」
「いや、うむ、そう、だな………」

いつもハキハキとモノを言う祖父が、珍しく歯に物が挟まったような物言いをしているので俺はますます首を傾げてしまう。
さっきからなんなんだ。
俺、何かしたのだろうか?
でもなー、願望かもしれないけど、何かしたの俺じゃない気がするんだよなー。

「ちょっとした話だけどな。」
「はい。」

ガシッと肩を掴まれる。
勢いはあるが痛くない。
それでも祖父がこんなことをするなんて初めてだったから、俺はびっくりして思わず固まってしまった。
だって、祖父はメールαだ。
フィメールαはしなやかな人が多いが、メールαは体躯が大きくがっしりとした人が多い。
それは祖父だって例外ではない。
そんな祖父に詰められたら、流石に怖いよ。

「あのな。」
「はい。」
「お前に、見合いの話が来てる。」
「見合い………」

お見合い?
俺に?
それって何の罰ゲームだ?
俺にとっても、相手の人………αかΩか知らんが。
もしかしたらβかもしれないけど、何れにしても相手の人が可哀想だ。
見目が良い訳でもない、能力だって平均以下なヒキニートのお世話係なんて。
でも現在当主である祖父が言い出したってことは、多分家の為になる政略結婚なのだろう。
だとしたら俺に拒否権は―――

「だがこの見合いに我が家は関係が無い。」
「へ?」

関係無いって、どういうことだ?
政略的なのは無いって意味?
だとしたら俺と見合いとかますます罰ゲーム以外の何者でも無いけど?
なんなの?
怖いもの見たさ?
廃墟に肝試しに行っちゃう気持ち的な?

「嫌なら見合い自体断って良いんだ。見合いはしても、相手を断って良いんだ。」

えらい真剣に、祖父はそう言った。
え?何?つまり、見合いごと断れってこと?
お見合いを言い出しておいて?

「どういうこっちゃ。」
「向こうがしつこく言ってくるもんだから、仕方なく設けてやらんこともないと思ってな。」

祖父が折れる位だから相手もそれなりの名家なんじゃないかと思うけど、なんとなく口に出さずに聞くに徹しようと真剣な雰囲気だけ作っとく。
流されるままの人生だから、そういうの得意よ。
そんな俺の態度に安心したのかなんなのか、祖父にしては珍しく愚痴とも文句ともとれないような説明をしてきた。

なんでも、お相手の人は最近台頭してきたαの家の次男坊らしい。
わりと新世代のαって色々あるからどこだよって思って聞いたら、うちみたいに由緒正しい家柄のαじゃないけれど今や名前を知らない人なんて居ないんじゃないかって位には有名な家だった。
そんな家が何故俺に?という疑問半分。
でもそんな家なら次男坊とはいえ関わりを持った方が良いのになんで断らせようとしてんだ?という疑問も半分。

「その人、お幾つなんです?」
「25だ。この歳まで独身だなんぞ、ろくでもないメールαに決まっておる!」

25歳………。
兄や兄の奥さん(フィメールΩ)と同じ歳か。
まあ確かにその歳まで独身のαは珍しいけど、でも仕事に集中したいとかで結婚もお付き合いもしないで仕事に打ち込むαだって居るから、必ずしも問題があるって訳じゃないけど………なんなら二十歳になっても結婚しないヒキニートΩな俺の方が超が付く程の大問題だと思うけど。
まあ、そんなことは興奮しきった祖父という炎にガソリンをぶち撒けるような行為だから口には出さないが。

「うーん。仮にそうだとして、お見合い自体をお断りしてしまうとお相手の方もますますムキになられるかもしれません。お会いするだけ、しましょう。」

どうせハズレブスのクセに恵まれた環境に居るメールΩをただ見たいだけだろうと思うし。
勝ち組ブスΩだと、社交界でかなり有名になってるのは俺だって知ってる。
その度に、兄や兄の奥さんが怒ってくれてることも。
ただそこにマイナスな意味でも過度な期待があるのも知ってるから、多分、一回会って少し話せば思ったよりも面白くなかったと飽きてくれるだろうとは思う。
勿論、より噂は広がるだろうけど。

「うむ、そうだな!勿論、断るんだぞ!」

カラカラと笑った祖父は漸く俺の肩から手を離し、ついでとばかりにぐしゃぐしゃと乱暴に若干埃のついた俺の頭を撫でて満足そうに去っていった。
うん。
よく分からんがご機嫌になってもらって何よりだ。

「あ。日取り聞いてない。」

なかなかに重要なことを思い出したが、とはいえルンルンになっている祖父に水を差すのは気が引ける。
俺は仕方ないとひとつだけため息を吐いて、借りっ放しの軍手を戻すために納屋へと向かった。
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