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「「は………はい?」」

だが状況が変わったのは、その三日後。
俺は坊ちゃんと共に大旦那様に呼び出されたかと思えば、予想外の命令を受けたのだ。

「だから、別宅を片付けたからお前らはそこに住むようにと言ってるんだ。」

二度も言わせるなと、大旦那様はふんぞり返った。
別宅とは敷地内にある空き家のことだ。
元は若様ご夫婦が住まわれる予定だったが、若奥様と奥様が悲しがり結局使われなかったものだ。
そこに坊ちゃんと住めるというのは、正直嬉しい話ではある。
だが何で急にそんな話が?

「………ワシらも、馬鹿ではない。」

そんな疑問が表情に出ていたのだろう。
大旦那様は苦虫を嚙み潰したような表情で話し始めた。
何でもこの三日間、坊ちゃんのお見合いで起こったことをネタにずっと若様が説得をされたらしい。
俺と坊ちゃんを、ずっと傍に居させるようにと。

「性に拘るよりも、お前の幸せをまず第一に考えるべきだった。許せ。」

大旦那様は、そう言って坊ちゃんに頭を下げた。
若様と若奥様が、坊ちゃんの幸せを俺の傍に居ることだと思っていてくれたことが嬉しかった。
そして何より、本当に運命の番と坊ちゃんが出会ったことに驚いたが、俺を選んでくれたということが嬉しくて仕方ない。
感極まって涙を流した俺に、坊ちゃんもまた涙を流しながら俺の手を握ってくれた。

「ねえ、俺、彼と結婚して良いの?」

ぽつりと、坊ちゃんが涙声で大旦那様と旦那様にそう聞いた。
大旦那様は一瞬複雑そうな顔を見せたが、旦那様は少しだけ寂しそうに微笑んでくれた。

「良いも何も、お前の番なのだろう?」

幸せになりなさいと、旦那様は穏やかにそう仰ってくれた。
本当は二人共、嫌なのだろうとは思う。
理解出来ない話だろうとは思う。
それでも頷いてくれたのは、他ならない坊ちゃんの幸せを思ってのことだ。

「大旦那様、旦那様。」

俺も泣いてばかりではいられない。
無理矢理に涙を堰き止め、大旦那様と旦那様に向き合う。
二人は真摯な表情で、俺と目を合わせて敢えて威圧してくれた。
最上位αの威圧。
恐ろしくて逃げ出したいと本能は騒ぐが、俺はそんなひ弱な感情を覚悟で抑え込んだ。

「ありがとうございます。坊ちゃんと共に幸せになりますので、どうか見守っていてください。」

ただ坊ちゃんだけを幸せにするんじゃない。
俺はβだから力は弱いけれど、だからこそ坊ちゃんと共に助け合って幸せになりたいと思う。
この優しい家族に見守られて。

「私達の大事な息子だ。不幸にすることだけは、許さないよ。」

旦那様の厳しくも優しい言葉で、この場は解散となった。
それでも威圧の余韻で動けないままでいると、坊ちゃんが楽しそうにその胸に俺を抱き寄せてくれた。
坊ちゃんの生きてる音がする。

「結婚、出来ますね。」
「ええ。若様にお礼申し上げねば。」
「そうですね。ねぇ。」
「はい?」

甘えるようにそのままずるずると身体を落とし膝の上に頭を乗せれば、坊ちゃんが幸せそうに微笑んでくれた。
その笑顔が嬉しくて手を伸ばす。
そして愛しそうに、俺の手を引き寄せて頬に寄せて坊ちゃんは言うのだ。

「とっても、格好良かったですよ。」

聞き慣れたし聞き流していた賛辞も、坊ちゃんから賜るだけでこうも嬉しくなるものなのかと驚いてしまう。
多分、これから先も俺は坊ちゃんの言動に一喜一憂して生きていくのだろう。
今までは坊ちゃんの忠実な部下として。



そしてこれからは、坊ちゃんの運命の番として。
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