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坊ちゃんはただ繊細な人という訳ではない。
かといって図太い訳でもなく、良くも悪くも【普通】なのだ。
悪口を言われれば傷付くし、褒められると素直に嬉しいと笑う。
けれどもよくある【コミュ障】で、その上【αトップの家】のメールΩという珍しさ。
美しい容姿かと思えばβのような特に特徴らしい特徴もない容姿で、それなのに物語でよくあるような生家から蔑まられる不幸なΩではなく、寧ろ愛された恵まれたΩであることが、常に周りからの羨望と嫉妬の目を買っていた。

―――勝ち組ブスオメガ

それが坊ちゃんのことを何も知らない、周りが勝手に振り撒いた坊ちゃんのイメージだ。
それに傷つかない坊ちゃんじゃない。
それでも、恵まれているのは事実だからといつもいつも口を閉ざして全てを許してきたのだ。

「………なんで俺、Ωなんだろう………」

吐瀉物で汚れた坊ちゃんをゆっくり洗い上げ、少しでも落ち着けばと俺のルームウェア代わりのスウェットを着せ、俺のベッドに寝かしつけていると、坊ちゃんのそんな虚ろな呟きが俺の部屋に響いた。
そっと背中を撫でながら、俺もゆっくりと布団に入る。
どうやら坊ちゃんは俺の匂いに落ち着きを覚えてくれているらしい。
ひくひくと可愛らしく鼻を鳴らしながら、ギュッと俺に抱き着いてくれた。

「坊ちゃんが愛される為ですよ。」
「見ず知らずのαに?」
「いいえ。この家に、です。」

もしも彼がβならば、そもそもこの家に生まれなかっただろう。
もしも彼がαならば、過度な期待で早々に潰れていたのかもしれない。
Ωだったからこそ、彼はこの家に生まれ愛された。
それは命の危機を何度も迎える程に運が悪い坊ちゃんの、唯一の幸運だろう。
そしてそれは、俺にとっても唯一の幸運だった。

「坊ちゃんがΩだったからこの家に生まれ愛され、そして俺は坊ちゃんにお会いすることが出来たのです。」

子供のように抱き着いてくる坊ちゃんを抱き締めながら、俺はそう告げた。
何か一つでも違っていたら、俺と坊っちゃんは出会えなかった。
俺冥利の考えになってしまうけれど、けれども坊ちゃんに出会えたことは運命だと思うから。

「………俺がΩじゃなかったら、君は嬉しかった?」
「さぁ?Ω以外の坊ちゃんを存じないので、分かりません。」

βの坊ちゃんも、αの坊ちゃんも、全く以て想像がつかない。
否、多分どんな坊ちゃんも変わらないとは思う。
良い意味でも、悪い意味でも。
それでも―――

「俺は、今目の前に居るΩの坊ちゃんを愛してますので。」

俺の言葉に坊ちゃんはゆっくりと顔を上げ、至って普通のアーモンドアイで俺を見つめた。
少しだけ、坊ちゃんの虚だった瞳に光が戻って来たように見える。
あの見合いの場所で何があったのかは知らない。
辛いことがあったのは間違いないけれど、俺には抱き締めることしか出来なくて、その役立たずさに歯噛みする。

「ねぇ………もうちょっと、ここに居て良いですか?」
「勿論ですよ。ずっと、ここに居てください。」

貴方が俺を望む限り俺は貴方の傍に居る。
否、不要になったとしても俺はみっともなく縋っても傍に居るつもりだ。
嗚呼、どうして俺はαじゃないんだろうか。
でも仮にαだとしたら、坊ちゃんの傍には居られなかったのかもしれない。
俺はβだから坊ちゃんの傍に居られる。
それだけで、十分だった。

「ずっとっていつまで?」
「いつまでも、ですよ。もうこの部屋を坊ちゃんの部屋にします?」

どうせ坊ちゃんは時々こうして俺と一緒に寝てるんだ。
そう思いながら坊ちゃんの首筋に顔を埋めれば、擽ったいのかくすくすと笑い声が聞こえた。
良かった、笑ってくれた。
ちょっとだけ抱き締める力を強めれば、坊ちゃんは恐る恐るといった感じで力を込め返してくれた。

「彼女、出来なくなっちゃうよ?」
「要りませんよ、そんなもの。坊ちゃん以外だーれも要りません。」

彼女とかパートナーとか、そんなのは不要だ。
俺にとって必要なのは坊ちゃんただ一人で、俺にとって必要な場所は坊ちゃんの隣だ。
たかだがαだというだけでその場所に立てる人間が居るというのは腹が立つので、俺が認めた奴しか立たせないつもりだ。

「じゃあ、じゃあ、例えば、ですね………」
「はい?」

俺に頬に頬を寄せながら、坊ちゃんが真っ赤な顔で言い淀む。
可愛い。
坊ちゃんがブスなど言う奴らは見る目が無さすぎる。
中学の頃、一人だけ坊ちゃんの良さを分かっていた奴が居たが、分かり過ぎて傷付けた愚かなαが居たが。

「俺が結婚して欲しいと言ったら、してくれますか?」

一瞬、嬉しすぎて意識が飛ぶかと思った。
何だこれ、俺の都合の良い幻聴か?
坊ちゃんと結婚?
え?
坊ちゃんと結婚?????

「そんなの、したいに決まってるじゃないですか。え?ご褒美?冗談とかだったら俺泣きますよ?」

思わず起き上がり、坊ちゃんに覆いかぶさる。
何か嬉しすぎて段々混乱してきた。
真剣な目をして詰めてるのだけは自覚が出来るが、何言ってるのか自分でも理解出来ない。
そんな俺に、坊ちゃんがうっすら涙を浮かべながら手を伸ばして俺の頬を撫でた。

「俺は、君と番になりたいって、本当はずっと思ってた。無理なら結婚出来たらって本当に………」

あ、涙が落ちると思った瞬間、俺は自然に坊ちゃんにキスをしていた。
拒まれたら、とも思ったけれど、坊ちゃんは寧ろ俺の背中に手を回して俺を受け入れてくれる。
だから調子に乗って何度も何度も軽く繰り返せば、寧ろ俺を引き寄せてくれる。
嗚呼、好き。好きだ。

「好きです、坊ちゃん。愛してます。」
「俺も、俺も好きです。愛してます。」

ほろほろと、坊ちゃんが静かに涙を流す。
綺麗だ。綺麗だ。
この世の何よりも美しい。
本当に結婚出来るなんて、俺も坊ちゃんも思ってはいない。
だって俺は庭師の息子で、坊ちゃんは名家の息子だ。
Ωやβとかそんな問題以前の話だ。

「結婚したぃ………」

俺に抱き着きながら、坊ちゃんは小さく呟く。
俺もしたい。
ずっとずっと傍に居れる権利が欲しい。
どうして俺達は普通の家庭に生まれなかったのだろうか。
でもそれも運命なんだろう。
だってきっと普通の家庭だったら、俺達は出会うことすらなかったのだろうから。
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