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番外編

運命違いのα

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順風満帆な人生だと、思っていた。
俺の家は元々はαの中では下位だったが、父がとても優れたαだったので実力主義のα社会でぐんぐんと頭角を現していった。
俺も次男とはいえそんな父に負けないようにと努力したし、実際父の後を継ぐに相応しいαだと評判を得ることも出来たし、今や日本でも………否、世界でも上位に君臨する篠宮と取引が出来る程には大きくなった父の会社でトップの営業成績を叩き出せる程になった。

そんな時、俺は篠宮の会社の一つとの商談を任されることになった。
なんて名誉なことか。
俺は意気揚々とその商談を請け負い、そして見事契約を勝ち取ることが出来た。
だが、大事なのは継続をしてもらうこと。
つまりここからがスタートだと再度認識して、しっかりと気合を入れる。
ここで調子に乗って取引が停止になれば、水の泡どころの話ではない。
担当の方に見送られながらマナー良く帰ろうとした瞬間、ふわりと鼻腔を擽る香り。
脳天から爪先まで痺れたような感覚に思わずその香りがする方を見れば、丁度風上の方向に居たのは遠目から見ても高級そうだと分かる綺麗に磨かれた車から降りている篠宮の当主。
とても有名なαだったから、遠目でもはっきり分かる。

だが何故、何故彼からこんなにも甘く美しい香りがするのだろうか。
これは明らかにΩの香りだ。
しかも俺にとって、とても相性が良いと感じる香り。

「………あの、どうかされましたか?」
「あ、いえ、失礼致しました。」

担当者の声にハッと我に返り、俺は慌ててもう一度彼と向き直ると深々と頭を下げる。
だが頭の中はあの匂いでいっぱいだった。

甘い甘い、ベリー系の香り。
美味しそう。
食べたい。
俺は食べれる、食べる権利があるんだ!

俺の頭の中はそれでいっぱいになり、帰宅してすぐ篠宮のことを調べた。
そうすると、一人のメールΩの存在に行きついた。
当主の孫、社交界に滅多に出て来ない上にΩらしくない平凡な容姿から【勝ち組ブスオメガ】と呼ばれている彼。
なんとかして手に入れた写真を見てみたが、別にブスではない。
確かに特別美しいとも可愛いとも言えないが、俺的には可愛い顔立ちに見える。
あの時香ったのは間違いなく彼の匂いだろう、間違いない。

俺は父に頼み込み、篠宮当主にも頼み込み、そうして漸く見合いの場を設けてもらった。

俺は見る前から彼の愛しさに気付いた。
だからきっと彼も、俺と会うと俺のことを愛してくれる筈。
そう思いながら挑んだ見合いだったが、結果は散々だった。

端的に言えば、俺は拒絶されたのだ。

でもどうして、何故?
納得が出来ない。
俺はそこから何度も何度も、あの時付添人として来ていた彼の兄である篠宮の若君に問い合わせたが、弟には会わせられないと切り捨てられる。
挙句の果てに、そもそもこの見合いには反対だったし弟には弟自身が決めた存在が居ると言われてしまった。

「―――は?」

決めた存在?
どういうことだ?
彼に俺以上に相応しいαなんて居ない筈だ。
俺はそう強く思っていたが、その更に一週間後に篠宮は驚愕としか言い表せないことを発表したのだ。

『篠宮和麻の伴侶として、メールβである内村淳也を篠宮の養子とする。』

上位αが、自分の直系のΩにβを宛がう。
前代未聞の事態に、中位以下のαやΩの家はざわついた。
そんなに優秀なβなのか、それとも遂に末息子は捨てられたのか。
そんな好き勝手な噂が流れる中、何故か上位αや上位Ωの家は納得をしていた。
何なら一部の上位Ωは羨ましがっても居た。

何故、どうして。
βなんかを宛がわれて、そんな雑な扱いをされているのに何を羨ましいことがあるか。
俺はそう思いながら、とある社交の場で上位Ω達の噂に聞き耳を立てることにした。

「ねぇ、聞いた?和麻さま、とうとう淳也さまとご結婚されたそうよ!」
「あの二人、昔から仲睦まじい様子でしたものね!」
「でもまさか篠宮が許可をされるなんて思わなかった。」

きゃいきゃいと、他人の進退に乙女のような声ではしゃぐメールΩとフィメールΩの集団。
【昔から】、だと?
俺は内心の動揺を悟られないように平然とした表情で、盗み聞きを続けた。

「きっと運命なのよ。」
「そうね。なんて言ったってあの篠宮の若君が頼る程に、和麻さまと淳也さまは想い合っていらっしゃったもの!」
「事実は小説より奇なりって言うけど、あの二人は本当に物語みたいな二人ですよね!」

ある意味運命の番だと、Ω達ははしゃぎ喜ぶ。
運命だなんて、そんなの。
だってメールΩとメールβだぞ?
そんなのあり得る訳ないじゃないか!
βよりもαの方が、Ωには相応しい!
否、αしかΩには相応しくないのに!!
そう思いながら聞いていると、また別のメールΩが話に加わった。

「この間別のパーティーで篠宮の方々とお会いしたのですが、淳也さま相変わらずでしたよ。最近有名になってきてるあの【至高のΩ】が淳也さまに挨拶もなく付き纏っていたのですが、冷たくあしらった後に和麻さまと落ち合って仲睦まじく若君の所に戻ってました。」
「まあ!学生の頃を思い出しますわ!」

きゃいきゃいとΩ達が姦しく騒ぐ。
【至高のΩ】のことは俺も噂で知っている。
下位の家で生まれた、奇跡の上位Ωだと。
だがその美しさで明らかに玉の輿を狙おうとしている品の無い言動で、上位αは全く相手にしておらず愛人にすら考えてないαが殆どだとか。

「でも、お二人共本当にお幸せそうでしたよ。」

メールΩが幸せそうにそう言った。
何だよ、何だよそれ。
幸せな筈が無い、Ωはαしか幸せにしか出来ないのに。


でも何故だろうか、足元からぐらぐらと、落ちていく気がして
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